へしつるorつるへしの予定だよ!
は、と男は目を開いた。男の雇い主、契約者の意向で作られた日本家屋の窓から深く西日が射し込んでいた。いつの間にかうたた寝をしていたようだ。気が弛んでいる証拠。しっかりせねば。しぱしぱする目を擦り、文机の上に乗せていた懐中時計を確認する。・・・十八時。記憶のある時刻からそんなに寝てはいないようだ。主から頼まれた書類はもう少しで完成するだろう。夕食までには間に合わせたいものだ。いや、間に合わせる。
「おおい、誰かいないか?」
思わず、取ろうとした筆から傍らに置く刀に手が伸びる。まさか曲者。侵入者か。
息を潜めた男はそっと障子に近付いた。西日に照らされて不審者の影が色濃く揺れている。
「なぁ、邪魔する、ぞ」
障子が開けられた瞬間、腕を取り床に押し付け、体重をかける。男は刀を振るうのが専門とはいえ、刀を取られたときの為体術もある程度心得はある。そのまま鞘のついたままの刀を侵入者の横に突き立てて鋭く問い掛けた。
「誰だ。」
地に伏せた者を眺めて、男は少し目を見開く。己と同じ、刀を依代とするつくも神だ。だが主に仕える者に、このような真っ白な者はいただろうか。主の側仕えとして様々な書類に目を通す男は記憶の引き出しを引っくり返して該当者の名前を探す。いや、吐かせた方が早い。
「鶴丸国永だ。ちょっと話を聞いてほしいんだが。」
問う前に名乗った。どうやら少しは話の通じる相手ではあるようだ。
「何用だ。」
「拘束は解いちゃくれないのか。」
「事前に連絡は寄越して然るべきだろう。」
「刃生には驚きが必要だろう?」
「知らん。俺には必要ない。」
ばっさり切り捨てる男に、鶴丸と名乗った刀は気を悪くすることもなくからりと笑った。
「わかったわかった。次からはそうしよう。」
だからそろそろ解放してくれないか。
鶴丸の金の瞳が男を射抜くが負けじと男は問う。
「貴様は何の用でここに来た。」
それを聞くまで解放する気はない、と言外に含ませる。
「俺はここに来たばかりでね、ここでは近侍の者に挨拶しておくのは礼儀ではないのか?」
「ふん。」
ゆっくりと鶴丸から離れて、踵をかえす。・・・今ので時間を消費してしまった、急いで書類を完成させなければ。
「君、興味をなくすのが早いな。」
「主命が最優先だ。」
「つれないねぇ。」
呆れたように肩をすくめて、鶴丸は立ち上がった。
「だが、退屈することはなさそうだ。」
鶴丸も部屋を出ようと障子に手を掛ける。
「そうだ、君の名前。まだ聞いてなかった。」
「へし切長谷部。」
「そうか、へし切か。」
「次その名で呼べばたたっ切る。」
「おお、おっかない。なら長谷部か?」
「分かったら行け。」
この間、長谷部は鶴丸に目を向けることなく、筆を走らせていた。そんな態度は露程も気にせず鶴丸は淡く笑った。
「また来るとしよう。」
「今度は退屈せずにすみそうだ。」
夕日に照らされて赤く染まる男は金の瞳を輝かせて呟いた。
その愉快な声は誰に聞かれることもなく、とけて消えた。
ありがとうございました。終了します。