血の滲む羽をバタバタと大きな音を立ててはばたかせながらふらふらと空を飛ぶ茶色い影が見える。その影は地面へと緩やかに降下してゆく。甲高い声を上げてその鳥の頭上をぐるりぐるりと何度も回る黒い鳥…隼がいた。羽を一度折りたたむと急降下して弱り切った獲物を狙いに行く。
 茶色い鳥はキョッキョッキョッと鳴き声を上げて威嚇をしているがそんな声も気にしないと言わんばかりにトドメを刺そうとしている。
「…!」
 しかし茶色い鳥に近づく人影が見えた隼は一度折りたたんだ羽を広げてバサバサと何度も羽ばたいて空へと再度舞い上がった。悔しそうな鳴き声を上げ、高い木の上でじっとその状況を見ている。
「…狩られる前だったか。おい今のうちに逃げ――」
 男性がその鳥に声をかけて追い払おうとする。…しかしその鳥は身体を動かさずじっとその場で固まったままだった。男性が手が届きそうなほど近づいても微動だにせず、嘴を大きく開けて威嚇はしている様子だ。少しの間、一人と二羽はそのままだった。
 男性は頭上で狙い続ける隼。そして地面にぐったりとしたまま動かない鳥を見て…仕方なく自身が羽織っているものを被せてその鳥を持ち上げた。なんの抵抗もしないその鳥を抱え、バタバタと先を走ってゆく。
 獲物を逃した隼は悔しそうに大きな声で一声を上げるとその場を立った。
 男性…伊達政宗はその鳥を抱えたまま城まで帰っていた。みずぼらしく、弱いその鳥を助けるつもりはなかったはずだが、気が付くと己の足はその鳥の方へ向かっていたことに自分自身も驚いている様子だった。自身の腕の中でまったく動かない鳥に少しばかり嫌な予感はするがそれでも温もりは保ったままで、何度も低く唸るような声がするのでその声で時折一息ついている自分がいた。
 城に帰るとすぐにとある部屋へと足を向けた。
「小十郎!」
 襖を強い力で開ける。大きな音を立てて開けられた襖に中にいた小十郎は驚いている様子だったが先に政宗が口を開いていた。
「こいつをどうにかできないか?」
 腕の中から弱っている鳥を見せる。小十郎は状況が理解できないままだったがその言葉に咄嗟に鳥に手が伸びていた。嘴は小さいが翼は大きなその鳥は山の方に住むものだとすぐに気づく。
「…この鳥は……鷲…いや鷹?…それにしては小さく見えるな。嘴ももう少し鷹は鋭いが…」
「無理そうか?」
「…軍医に聞いてみよう。そこには鷹の手当てをしているものもいるはずだ。傷自体は浅く見えるが…この鳥はどこで?」
「近くで他の鳥に襲われていた。…そこを助けただけだ。早く手当してやれ」
 小十郎は頷き、政宗の手からその鳥を受け取って部屋から出ていった。静まり返った部屋の中で、床に落ちた羽を拾い上げた。茶色いその羽はまるで鷹のように見えたが、鷹なら隼に襲われるわけはない。ならあの鳥は一体。と考えたが今は軍医に診てもらっているため、先にやるべきことは山積みだった。少し気になり足を止めたがすぐに首を振って小十郎の部屋から出て自身の部屋まで戻った。
 長い時間がたち、夕暮れ時が近づくにつれて大きな鳥の鳴く声が城の中に響いた。キョキョキョという特徴的な声に聞き覚えのあった政宗はいてもたってもいられずその声のするほうへと歩みを向ける。
 視線を動かして声の主を探す。すると軍医が政宗が来たことに気づき深く一礼をすると小さな檻を静かに指さした。
「…あの中に?」
「えぇ。…あの鳥はヨタカでしょう。休んでいる昼の間に隼に襲われてすぐに反応ができなかったんだと思います。それであのような怪我を負ったのだと。しかしもう大丈夫です。怪我の手当ては終わりましたよ」
「…ヨタカ?鷹の仲間なのか?」
「いえ。鷹とは少しだけ外れるかと。食べるものなどが違ったと思います」
「そうか。助かった」
 政宗は礼を言うと檻に近づく。のぞき込むと檻の奥に自分が抱え込んだその影が見えた。身体を地面に平行にさせて、褐色の瞳で政宗を見据えている。その体勢は他の鳥がしているものとは少しばかり違う。
「…ヨタカは昼間の間は木々の枝で身体を休める習性があります。この翼や背中はそれらと似ていまして。空から見るといないと思われるのでしょう。なのでなるべく体勢をこの状態で保っています。これが彼らの在り方です」
「そうか」
 その言葉に納得し、再度中を覗き込んだ。
「キョキョキョ!!」
 大きな声を上げてヨタカは政宗に翼を大きく広げた。自身の身を大きく見せ、口を大きく開けることで自分を強く見せる虚勢に…今まで弱い部分しか見ていなかった政宗は驚いてさし伸ばした手を引っ込める。
「…なんだ。そんなに元気そうで何よりだ」
 動かなかった原因も判明し怪我の手当ても終わっていることに対して政宗は胸をなでおろして一度深く息を吐く。ヨタカは翼を広げたまま政宗を睨むように見つめていたが…それ以上威嚇するような声を上げることはなかった。
 その後ヨタカは怪我が治るまで城で面倒を見ることが決まった。夕方から夜に食事を行うこと、鷹とは違い虫を食べるということ、何より雛のころから育てた鷹とは違い野生の残っているヨタカはかなり人を警戒している様子で虫を受け付けなかった。それでも根気強く面倒を見続けていると四日立つと警戒をすることはなくなった。虫もすぐに飛びついて食べれるほどまで身体の傷も回復し、檻から出しても逃げ出すことはなかった。
 特に政宗に対しては警戒心がないようで檻の中からでもさえずり声をあげながら近づくほどだった。
「政宗のことを恩人だってわかってるんだろうな~!お前本当に物覚えがいいんだなぁ~」
「…だが、このまま人に慣れてしまったら困るだろう。こいつにはこいつの世界があるはずだ。山へ返すことになれば…自分の力で餌を狩り、寝床を探す。それができるだろうか?」
「心配するなって。野生の勘は忘れるものでもないだろ!…それにしても政宗がそんなに弱気だなんて意外だな!」
「…どんくさい飛び方をしていたからだ!」
 ヨタカは政宗の声に気づくと身体を起こしてキョキョと小さく鳴く。政宗はその身体に対して手を差し出すとすぐに足を乗せて安定させるようにしっかりと指を足で握った。
「こいつ可愛い顔してるよなぁ~!」
「……ふん。野生に返す時に文句を言わないように嫌っていたほうがいいんじゃないか?」
「そんなこと言ってやるなよ!かわいそうだろ?!」
 成実の不満そうな声がする。政宗はその声を聞かずにヨタカを指に乗せたまますたすたと庭から出て行く。この時間になると空を思い出させるためにも捕食をさせていることをしっている成実は一人と一羽の後ろ姿を見送った。
 少し城から離れたあたりで政宗は手に止まるヨタカを眺めみる。ヨタカは昼間とは違い身体をしっかりと起こして遠くを見上げていた。その姿は普段から感じられるような弱さは見えない。背を正して夕闇に染まる空を見上げる瞳は鋭く…小さいながらもその姿は鷹に似ているように思えた。
 政宗がヨタカを放つとばさりと大きく翼を広げて空へと舞い上がる。小さな嘴からは考えられないほど大きく口を開いて草原を飛ぶ羽虫を捕食する。傷ついてから僅かな間とはいえ空を飛ばない生活を送っていたというのにもう自由に飛び回って飯にありついているその姿を見つめて政宗はそろそろ野生に逃がすべきではないのか。そう考える。もとよりヨタカは自然と共に生きていた。怪我で誤って人間の世界へと引っ張ってしまったが雛の間から人に育てられた鷹とは境遇が違う。このままこちらの世界で生かすというのは酷であろう。
 自由になっているにも関わらずヨタカは逃げ出さずに政宗の元へと戻ってくる。捕食が終わり身体を休ませるらしく、羽を膨らませている。
 …こいつは自分たちの世界で生かしてはいけない。もう傷も回復した。ここにいる必要はないだろう。政宗はヨタカと共にスタスタと森へと足を向けた。
「…お前は。俺たちの世界で生きるべきではない」
 静かにヨタカに対してそう呟く。ヨタカは言葉がわかってかわからずか、鳴かずに政宗をじっと見上げていた。
 同族であるはずの鳥に襲われているほど弱い鳥にこのように愛着が湧くのはなぜだろうか?鷹と名付けられた、その名前だけ虚勢な哀れな鳥であるはずなのに。そんなことを考えていたが……結局それは自分たちが勝手にそう言っているだけであることに対しても気づくのは遅くなかった。
「…哀れだと思って悪かったな。せいぜい元の世界で強く生きてくれ」
 強くヨタカを放つ。ばさりと大きな翼を広げて何度も何度もその場を旋回したヨタカだったが…その姿を見ようとはせず政宗はその場を足早に去った。
 その日その山に響く鳴き声は…まるで夜の訪れを告げる妖のようだと人は口々に語った。
 その日以来。伊達領にはとある噂が流れた。伊達の領地に夜の間に忍び込もうとすると何者かに襲われるということだった。低くキョッキョッと鳴く声から人間のものではないとされるが、人を恐れず大きな翼で見えない場所から襲い掛かるためになすすべがなく、そのまま敗走するしかないとさえ言われる。
 その勇ましさと強さから夜の伊達領では鷹が出る、と言われ語られ続けた。
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鷹は夜を翔ける
初公開日: 2020年05月09日
最終更新日: 2020年05月10日
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戦ブラの鳥の企画のSSです