静かだと、次々と流れていく薄い雲をドフラミンゴは見上げた。
この分じゃここから離れるのは随分と先になりそうだ、とも。
ファミリーを先に帰したのは正解だったのか、はたまた不正解だったのか、判断を下すのは少々躊躇われた。
帰さなければここを早々に立ち去っていただろうが、その時ファミリー全員が自分の足で立てていたかと考えると難しいし、そのファミリーをそのまま連れ帰っていたかと聞かれると答えにつまる。
自らの船よりも格段に腕の良い船医がこの場に二人いるのは、疑いようもない事実だった。
風で煽られたコートの下、二の腕に巻かれた包帯が目に入り、つい先ほどまで交わしていた会話を思い出した。
「何故余計なことをした?!」
その迫力に周りが気圧されてるのをどこか他人事のようにドフラミンゴは見つめていた。
恐らく、普段彼を抑える役目であるはずのクルーたちがその場にいたとて手出しができないであろうほどに目の前の男、ローは荒れに荒れていた。
しかしながら、包帯を巻く手つきは繊細だったものだからドフラミンゴは笑みをかみ殺すことで必死だった。
口元に勝手に浮かんでくるそれの方が、先の戦闘のどんな相手よりもよっぽど厄介だった。
「何笑ってんだ!」
努力も空しく、上がった口角に気づいたローが再び声をはる。
依然として、手つきは穏やかだ。
それがドフラミンゴの変なツボに入った。
そもそも随分と前から堪えていたのだ。無理もない。
それだけ、前に立ちふさがったときのローの表情は見物だった。
唖然。そんな言葉がべったりと顔に張り付いて。
嗚呼、その顔は昔見たな、とドフラミンゴは笑った。
違いなど、珀鉛病の痕があるかないか、その程度だ。
その時点で、本当だったらドフラミンゴは腹を抱えて笑っているところだった。
しかしながら、ローめがけて振り下ろされた馬鹿にでかい棍棒のようなものは、ドフラミンゴへと迫っていたのでとりあえず腹を抱えるというのはお預けになった次第だ。
さてどうしてやろうかと考えて、『ローの友達』が突っ込んでくるのが見えたものだから、避けるよりもこちらの方が楽そうだと、そのままローの代わりに棍棒で殴り飛ばされ、その拍子に瓦礫で切った腕から血が噴き出したのが巻かれた包帯の正体だ。
低い舌打ちと共に感謝しろ、とまるで自分が王だとでも言うような横柄な振る舞い。
それは一体誰に似たんだかと問えば、今度はファミリーが一人を除いて苦く笑うのだろう。
感謝しろも何も。
ドフラミンゴは足元に転がる伸びた輩たちを見ながら、本来受けるはずのない攻撃で破れたシャツを、どう言い訳しようか考えていた。
監獄を吹雪の渦に巻き込みながらドフラミンゴを迎えに来た彼の相棒は、電話越しで別れた時よりも輪をかけて過保護になっていたから。
今回だってドフラミンゴだけが残ることにあまりいい顔をしなかった。
これで傷を受けた原因が知れればそれこそ骨が折れる事態になる。
しかし、妙なところで鋭い相棒に嘘を吐き通せる自信はいかにドフラミンゴと言えども持ち合わせておらず、さっさと船へ帰って知らぬふりをするのが賢明だろうと雲に糸をひっかけた。
それを身の丈ほどもある刀で断ち切って、ドフラミンゴよりもよっぽど重傷であろう身体を引きずって、『友達』に船室まで借りて、眉間に青筋を浮かべながらも先の通り丁寧に包帯を巻くのだから、笑うなという方が無理な話だ。
しかしながら、笑ってんじゃねぇとすごむ男も馴染みのトナカイの船医に絶対安静と言われれば逆らえないようで、船医室に連行される小さな背中とそれを引きずる豆粒のような背中を見送りここまで出てきた。
甲板から見上げた雲は薄く、糸をひっかけるにはどこか心もとない。
やはり、あの雲に糸を伸ばした時が最適のタイミングだったのだ。
そうは思えど、ついたため息はそこまで重くもなかった。
電伝虫を取り出そうとして、探ったポケットからコインが転がり出る。
なるほど、抜け目も可愛げもねえやつだ。
ドフラミンゴが指でコインを弾きあげると頭上でくるくると回り、午後二時の太陽に反射し光る。
重力に従って、周り飽きたコインはドフラミンゴの手の中に戻ってくる。
「…あ?」
「なんだ、これ。コインか?」
下降を始めたコインが、規格外に伸びた腕に捕まってしまわなれば、そうなっていただろう。
やはり、どうしようもないほど熱い男になっちまったもんだと思う。
昔、まだ未熟だったころに己の視界を覆った薄紅色のコートが目に焼き付いて離れない。
「助けたんだろ?トラ男のこと。」
「助けた?馬鹿を言うな。邪魔な場所にあいつがいたんでどけてやったまでさ。」
「おれ、ミンゴのこと嫌いじゃねぇなぁっ!」
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初公開日: 2020年05月09日
最終更新日: 2020年05月09日
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コメント
実はギリギリであるという事実が受け入れられない。