独歩は照れるとリンゴみたいに耳まで真っ赤になる。
小さい頃の独歩はすごく照れ屋で、教室の中で立ち上がって発表、なんて時はよく真っ赤になって震えてた。俺はそんな独歩が当時から可愛くて仕方なくて、そんな彼のことをこっそり覗き見ていた。
だってすごく可愛いんだ。口をきゅうって結んでちょっと汗をかきながら震える独歩ちん。そんな照れ屋も大きくなるにつれてだんだんと治ってきて、二十代も半ばにさしかかってくるとリンゴな独歩はあんまり見られなくなった。なんだったら最近は青い時の方が多いかもしれない。働きすぎなんだよな。
でも最近、独歩はやっぱり恥ずかしがり屋なんだなって改めて思うことが多くなった。俺と独歩が恋人同士になって、えっちの時にものすごく照れるから。電気は真っ暗じゃないとだめ、声も恥ずかしいからあんまり出したくない、顔もできるだけ見られたくないって枕とかで隠しちゃう。だから俺はえっちの度に闇に目を慣らしてなんとか独歩の顔とか体を見ようと必死だ。この歳になって暗闇の中でこんなに必死になることがあるとは思わなかった。
独歩とそういう関係になって半年くらいが経った日の朝。
いつものように俺が朝食を用意していると、昨日俺に抱かれてちょっとよろよろになった独歩がおはよう、と寝室から出てきた。
それにおはようと返事をして、独歩が身支度をして朝食を摂るのを見守って玄関までついて行ってお見送りをする。ここまではいつも通りだった。問題はここからだ。いつもよりものろのろと靴を履いていた独歩が立ち上がった瞬間、ちょっと寂しくなって独歩に抱き着いた。それでついでに胸を揉んだ。揉みたかったから。
独歩の体がびくりと揺れて、ううう~と唸りながら胸に置かれた俺の手をゴリラみたいな力で掴んだ。これは蛇足なんだけど、体全体の筋肉量でいったら俺が圧勝なんだけど、握力だけは独歩の方が強い。なんでだろうね。
胸の上から俺の手を引きはがして、真っ赤な顔で独歩がこちらを振り返った。俺の大好きなリンゴの独歩だったけど、今回はちょっと訳が違った。
「この…デリカシーナシ男!!!!」
威嚇する犬みたいに大きく口を開いて独歩が吠える。馬鹿! と子供みたいな罵倒を付け足して、ぷりぷりなんて可愛い効果音じゃ追い付かないくらい怒った独歩が扉の向こうに消えた。
こんなに怒られると思っていなかった俺は、ゴリラの腕力に力いっぱい掴まれてじんじんと痛む手をぷらぷらと振りながらしばらく突っ立ったままだった。
「そ…そんなに怒らなくてもいーじゃん!!」
負け惜しみみたいに扉に向かって空しく一人で叫ぶ。独歩なんであんなに怒ったの!? おっぱい鷲掴み位ならいつも笑って許してくれるじゃん!
「…生理二日目だったのかな…」
うーん、とそんな訳ないことを呟いて、まあいいかと家事をするためにリビングへと戻った。このときはそんな感じで結構軽く考えてたんだけど、三日位経ってやっと俺は事の重大性に気が付いた。
独歩に送ったラインが全く既読にならない…。
三日顔を合わせない、とかなら職業がホストの俺と会社員の独歩にはよくあることだったけど、ラインが三日既読にならないは相当まずい。
独歩の為に用意した食事はきちんと毎日なくなっているし、食器も洗われてるし洗濯物入れる用のカゴの中には独歩のにおいのするシャツが入っているから生きてるとは思うけど…生きてるけど、すごい怒ってる。
怒ってるなあ、どうしようかなあと家事を終えて冷蔵庫を開けて、中に仕舞っていたピクルス入りの瓶を取り出す。蓋を掴んで軽く捻る。開かない。更に力を込めるけど全然開かない。頭の血管がブチ切れそうな位力を入れても開かなくて、こんなことする犯人なんてこの家に一人しかいない。
「怒ってんのはいいけど、いじわるはよくない!」
いや怒ってんのも困るけど! もしやと思い他の瓶たちを確認すると総じて開かない。これは…独歩がこんなに意地悪をするなんてこれはいよいよ大事になってきた。
ぜえぜえと肩で息をしながら調理台に並べられた瓶たちを睨みつけながら考える。独歩まじでなんでこんなに怒ってるんだろう。朝いきなりおっぱい揉んだのがそんなに気に食わなかったのかな。
独歩ぶち切れ事件の前日は、普通にらぶらぶでえっちをしていた。その時に何かしてしまったのだろうか。そこでのイライラが朝まで持ち越していておっぱいを揉んだ瞬間に爆発したのだろうか。
えっち、なにしたっけ。普通にちゅーして体中触って、あ、しつこく乳首触ってそこだけで独歩のことイかせちゃったのはあの日が初めてだったかもしれない。あとあれだ、やだやだって涙声だったのに我慢できなくてお尻舐めた。しかもなんだろ、独歩の足をバーン、て開かせて顔にふくらはぎがくっつく感じにして舐めた。俗に言う、まん…ちんぐりかえ…うん。
どっちかだな、怒ってる原因。
名探偵俺っちは並ぶ瓶を楽器みたいに爪で弾いて鳴らしながら確信した。やだって言ってるのに無理やりしちゃったのは申し訳ないと思う。でもベッドの上でのいやは本当のやつかどうか判断難しいよ。うーん、と悩んで、でも独歩はこんなに怒るくらい嫌だったんだもんな、と反省する。いっぱい触って喜んで欲しいのに、嫌な気持ちにさせちゃったら意味ないじゃん。
なんとかして時間作って、ちゃんと謝ろう。
そう決めながら保存食から楽器になってしまった瓶たちを冷蔵庫へと戻す。首をかしげながら冷蔵庫の中身とにらめっこをしながら呟く。
「料理の幅が狭まった…」
俺の休みと独歩の休みが重なる日の夜、事前に独歩に送っていた謝りたいから待ってるね、というラインが既読になって、ソファに身を預けながら安心する。クッションを抱えてソファの上で膝を抱えて垂れ流しにしたテレビを睨みつけて独歩の帰りをひたすらに待つ。そして二十二時を少し過ぎた頃に玄関の方からがちゃりと音がした。
緊張しながらそちらに視線を向けて、リビングの扉が開く。
「…ただいま」
少しぶっきらぼうだったけれど、いつものようにきちんとただいまを言ってくれたことに安心する。おかえり、飯と風呂どっち先にする? とできるだけいつも通りのトーンで話しかけると、はなし、と返事をされた。
「先に、話ききたい」
「は、い」
いきなり本題を要求されて思わず床に正座になる。そんな俺の目の前になぜかスーツ姿の独歩も正座になったので、なんかちょっと変な絵面になったけど今謝罪をする立場の俺からそれを指摘できそうもなかったら気が付かなかったことにした。
正座で床に手をついて、土下座の一歩手前位に頭を下げる。
「独歩、あの、…ごめんなさい」
「うん」
「今から会社に行こうってときにいきなりおっぱい触ったことと、その前の夜にやだって泣きそうな独歩のこと無視して乳首だけでいかせたのとあと足ぐいーんってしておしりを」
「とまれとまれとまれ。分かった。一旦止まれ」
「…ウン…」
っが、と肩を掴まれて焦ったように止められて口を閉じる。本当に反省してるんだよ、という気持ちが少しでも多く独歩に伝わる様にじっと前髪に隠れた目元を見つめる。少しの沈黙があって、俺も、と独歩が平坦な声で言った。
「俺も、ごめん」
「いや独歩は謝んなくていいよ。今回俺が全面的に悪いし」
「俺も怒りすぎた。朝、も…デリカシーナシ男とか…言って…」
「…ふ…デリカシーナシ男…」
「……、……」
デリカシーナシ男については正直ここ数日思い出しては笑っていたので、いきなりその単語が出てきてちょっと笑ってしまう。ていうか独歩の肩もちょっと震えてるし。絶対笑ってるじゃん。なんだよデリカシーナシ男って。シンジュクナンバーワンホストにそんなの言えるの独歩だけだよ。
二人して笑うのを我慢して、場を持ち直すためか独歩がこほん、とひとつ咳ばらいをした。
「えっと、本当にお前がデリカシーないと思ってる訳じゃなくて、あの日はちょっとキャパオーバーして恥ずかしいのと怒りがぐちゃぐちゃになって…俺も悪い。だから謝らせてほしい」
「…どっぽ、怒鳴っちゃうくらい恥ずかしかったの」
俺の問いかけに独歩が口を閉ざす。前髪の隙間からちろりと覗いた瞳が俺に向けられる。それもまたすぐに俺の膝あたりへと移動して、薄い唇がきゅう、と結ばれる。形のいい耳がじわじわと赤く染まって、その色は筋張った首元まで伝染した。
「はずかし、かった」
泣いているようにも聞こえる声で独歩が呟く。
本人は自覚なくやっているのかもしれないけれど、その姿が、本当に可愛すぎた。勢いに任せて可愛い! って抱き着かなかった自分を褒めてやりたい。落ち着け俺。今俺は反省してるんだから興奮したら駄目だ。独歩がやだったことをしたんだからちゃんと反省して、たたないで。
主に下半身に念を送りながらなんとか平静を装ってそうだよね、なんてちょっとホストモードの入った感じで返事をした。
「ごめんね、あの日したみたいなことはしないようにする」
「しないようにしなくていい」
俺の言葉を遮るみたいに独歩が言って、予想外の展開に戸惑う。え、だって独歩乳首だけされたりぐいーんってお尻されたのが恥ずかしくて嫌だったから怒ってたんだよね。また同じことして怒られるって馬鹿まるだしになるのはちょっと遠慮したい。
「一個一個は…別に、いい。恋人なんだし。だけど一気に色々すると恥ずかしいから、あの…ちょっとずつ」
「ちょっとずつ」
「すごく恥ずかしいのは、一回につき一度にしてくれ」
「………一回につき一度なら恥ずかしいことをしてもいいと…」
こくこく、とあかべこみたいに頷いた独歩の頭のてっぺんとリンゴの耳元を見つめながら思う。あー、もうちょっと、そろそろ我慢できない。
「あの~…」
「なんだ」
「抱きしめていいですか…」
また沈黙があった後に独歩が正座から四つん這いになってこっちにのそのそと近づいてくる。俺の首元に手が伸ばされて、そのままぎゅう、と抱きしめられて嬉しいのが我慢できなくてすぐに力いっぱい抱き返した。頬に触れた耳がホッカイロみたいに温かくて、それが自分の体温に馴染んでいくのがどうしようもなく嬉しかった。あー、久しぶりの独歩ちんだ。許してくれてよかった。また俺のこと抱きしめてくれてよかった。だいすきだいすきってたくさん伝わる様に目一杯抱きしめた。
「んじゃ、恥ずかしいことは一回ずつにする」
「ん」
「もし二回しちゃってたらちゃんと教えて」
「うん」
「あと、冷蔵庫の瓶の蓋開けてもらっていい?」
「申し訳ない。むしゃくしゃした俺が粗相をした。今すぐ開ける」
「んー、今すぐじゃなくてもいーけどお」
慌てて冷蔵庫に向かおうとする独歩を逃がさないように腕に力をこめる。俺の意図をくみ取ってくれた独歩がすぐに体の力を抜いて腕の中におさまる。こっそり独歩の耳元を盗み見て、大好きな色に嬉しくなって胸がいっぱいになる。やっぱり独歩は恥ずかしがり屋だ。きっとこれから俺と色んな経験を重ねるにつれてそれも治っていくだろうから、今のうちにこっそりリンゴの独歩を目に焼き付けておこう。
子供のころから変わらない可愛い独歩。もしも友達のままだったらこんな風な喧嘩をすることもなかったのだろうけれど。
こんなに可愛い独歩は独り占めにしたいから、俺はやっぱり君の恋人になれて良かったな、って心底思ってるよ。
おわり
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ひふどのみじかいはなしかくよ
初公開日: 2020年05月07日
最終更新日: 2020年05月07日
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