※なにかYouTubeで無料配信してるアニメがあったら教えてください。私のおすすめはカードファイト!!ヴァンガードGです
公園の中は平日の昼間だというのに、たくさんの人でごったがえしている。
それには正当な理由があった。ちょうど見頃を迎えている桜の見物に、花見場所として名高いこの公園へ足を運んでいるのだ。
降谷は人混みの流れる早さに合わせて、周囲と同じく桜を見上げながら待ち合わせの場所へ歩く。公園内には屋台やキッチンカーも出ていて、いい匂いが昼食を取り忘れていた降谷の腹に響いた。
待ち合わせに指定した銅像が見える。待ち合わせの10分前だが新一も来ていた。降谷は体が軽くなったように心が浮き立ち、すぐにでも新一のもとへ駆け寄りたかった。しかしながらこの銅像はよく待ち合わせに使われる場所であるため、新一の他にも10人はいて、みな静かにスマートフォンの画面や時計を見ていた。ここで話せば彼らの耳にも会話は聞こえてしまうだろう。
降谷は新一のスマートフォンを短く鳴らす。
それに気がついた新一は、降谷の姿を確かめようともせずに公園の中へ。
降谷は新一の後を追い、人混みの中へ入ったところでようやく新一に声をかけた。
「やあ、久しぶり」
降谷は声をかけてから新一の肩に軽く触れた。
「わー、お久しぶりですね!」
二週間前にも一緒に食事をしたが、なんとなくふたりが会うときはいつもこうしている。
スーツに小さなボディバッグというラフな通勤スタイルのサラリーマンといった装いの降谷に対して、今日の新一は濃い茶色のレンズの入った顔を覆うようなサングラスにハンチング帽、そして頬に絆創膏というスタイルだ。
このごろは新一もメディアの露出はないが、工藤新一はすでに顔が知られ過ぎていた。新一は普段からあまり周囲に騒がれないようにと気をつけてはいるが、こうして仕事モードの降谷と会うときはより一層、気にしてくれている。絆創膏も、ケガをしているから貼っているのではなくて素顔から印象をぼやかすためだろう。
なぜ新一がそこまで気を使ってくれているのかといえば、降谷が公安警察として得た情報を探偵工藤新一へ流すからに他ならない。情報は降谷の裁量の内であり、とがめられることはないだろうがよく思わない者はいる。そういった面倒ごとを回避するため、工藤新一とガタイのいいスーツの金髪男が一緒に歩いていた、だなんて噂を広められるわけにはいかなかった。
「工藤くんは桜を見に?」
「一時間ほど空いたものですから。きっとあなたと同じことをしようと思っていたところです。よかったらご一緒しませんか」
「よろこんで」
降谷と新一はしばらくそのまま他愛のない話しながら桜の咲き誇る公園の中を歩く。
データの受け渡しのために降谷がこの場所を指定したのは、人混みに紛れることができるからというだけではない。降谷は新一と一緒に桜を見たかった。
降谷は新一が桜に幼い頃から思い入れがあることを知っている。それでも昨年の桜が散り始めた桜吹雪の中で新一に最初の告白をしたものだから、この満開の桜の下でももういちど告白しておきたかったのだ。今日を逃せばまた1年待つか、北上するかの選択肢しかない。どちらもごめんだった。
そんな下心はおくびにも出さず、降谷は新一と話しながら桜の下を歩く。
誰に会話を聞かれてもいいように、話す内容は新一の実際の大学生活のことや、降谷の仕事上の上司の愚痴だ。楽しく話しながら10分ほど歩いて様子を見る。変な尾行もついていないようだ。
降谷はボディバッグの中から一冊の文庫本を取り出す。
「ほらこれ、前に話した本」
「ありがとうございます!」
新一の声色がパッと明るくなった。サングラス越しで表情は読みづらいが、さっきまでの落ち着いた雰囲気がガラリと変わったことはその声だけでわかる。新一の受け取った本の間に新一の求める情報の入ったメモリーカードが挟まれている。
ーー現金な子だ。
新一が今日こうして会ってくれたのはこのデータを受け取ることが目的であり、降谷もそれを承知で会っている。しかしながらこうもあからさまにデータが目的ですという態度を見せられると胸にチクリととげが刺さるような心地がするのは仕方がないことだった。新一と歩いているだけで降谷がどれだけ嬉しいのか知らないのだろう。
しかし降谷はそれでもよかった。同性に告白されて、一切の関係を絶とうとしてもおかしくないのに、新一はこうして以前と変わらない関係を続けてくれている。会うたびに「好きだよ」と告げているにも関わらずだ。
ふたりはそれからまた他愛のない話を続けた。目的は達成したのだが、万が一のときを考えて本の受け渡しが目的と思われないためのカモフラージュということにしている。降谷が新一といる時間を増やしたいというだけの必要のない工作だ。
さきほど降谷が通りがかった屋台の並びが見えた。風に乗ってきた匂いに我慢できず、降谷の腹が鳴った。そしてタイミングよくベンチが空く。
「お昼まだなんだった。ちょうどいいし焼きそばでも買ってこようかな。工藤くんもなにか食べるかい?」
「じゃあ俺は焼き鳥で」
こういった飲食物に関して降谷がおごるときに遠慮しないでおごられるようになってくれたのは、この1年の進歩だった。
さほど待たずに食料を調達し、降谷は新一の待っているベンチへ戻る。
新一はサングラスを下にずらして桜を見上げていた。
なにを考えているのか。依頼を受けて捜査している件についてか。いや、きっと桜に強い思い出の残る幼馴染みの女性のことだろうと降谷は知っていた。
自分が声をかけていいものか。降谷は悩みながらも買ってきた温かい料理を理由に前へ足を進めた。
「お待たせ」
焼き鳥とお茶のペットボトルを差し出す。しかし新一は受けとることを忘れているかのように降谷の顔を見たまま何度か瞬いた。
「工藤くんどうしたの、僕に見とれた?」
「え、いや……」
「冗談だよ。蘭さんのこと思い出していたんだろう」
「いやそんなっ、違います!」
大きく声を張って否定してくるものだから、今度は降谷が驚いて動きを止めた。歩く人もこちらに注意を寄越していて、新一はサングラスを押し上げて顔を隠す。
「すみません。でも違いますからね」
新一がそこまで言うのなら降谷にはなにも言えなかった。ベンチの新一の隣に座り、あらためて焼き鳥とお茶を手渡した。
降谷も自分の焼きそばのパックの輪ゴムを外す。
「いただきます」
出来立ての屋台の焼きそばってのは、独特の味がする。降谷が自分で作るより割高で、しかし広い鉄板で調理するからか屋台でしか出せない香ばしさがある。
「降谷さんって、いつも美味しそうに食べますよね」
意識していない顔を見られているとは思わず、降谷は気恥ずかしくて口の中の焼きそばをお茶で流し込んだ。
「だってほら、美味しいからね。工藤くんも食べてみる?」
降谷は焼きそばと、自分が使っていた割り箸を差し出す。すると今度は新一があたふたと視線を泳がせて焼き鳥にかぶりついた。
「お、俺はこれで充分ですから!」
「……そう?」
どこかいつもと様子の違う新一を横目に焼きそばを食べようとした降谷は、箸で麺をつかんだままぴたりと動きを止めた。新一の耳が赤くなっているのに気がついたからだ。新一は桜を見上げているのか、顔を降谷から背けながら焼き鳥を食べていて表情が見えない。
降谷はゆっくりと深呼吸してから、平静を装って焼きそばを食べ進めつつ考える。
先ほどのやりとりで新一が顔を赤らめる要素が少しでもあったか。それも赤面するのを隠すようなもの。
やり取りを頭の中で反芻して、降谷は自分が使っている割り箸の先を咥える。
原因がこれだとしたら。もしかすると、もしかするのではないか。
降谷は今すぐにでもたしかめてやりたくて、急いで焼きそばを掻き込んだ。新一は焼き鳥を食べ終えたようで、串だけが入った透明なパックを両手で包むように持って桜を見上げている。降谷の側の方が大きな桜があるというのに見ようとしないところがいかにも分かりやすかった。
「ねえ工藤くん、」
降谷は隣の新一にだけ聞こえる声で話しかける。
新一の肩が跳ねる。顔はかたくなにそっぽ向いたまま。
「僕は工藤くんのことが好きだよ」
新一は動かない。
「知ってますよ。会うたびに聞いてますから。あの、……あ、ありがとうございます、その……焼き鳥!」
新一は立ち上がると、そのまま人混みをかきわけて走り去った。新一の消えた向こう側から春の暖かい風が吹き、桜の花びらがふわりと舞い上がっていた。
降谷は信じられないものを見た気分だった。
「今のってチャンスが来たってことだよなあ……1年、粘ってみるもんだ」
思いもよらないタイミングで降ってきた勝算に、降谷は顔がにやけるのを隠せなかった。
ベンチから見上げた青空には満開の桜が縁取っている。
「もう少し頑張って押してみるか」
降谷は次に新一に会う予定を差し込む時間を脳内で管理している予定から探す。
●水族館
「降谷さんバックヤードツアーがあるみたいですよ」
「んー、それは気になるね」
降谷と新一はリニューアルオープンしたばかりの水族館に来ていた。
新一に取り付けた約束は「新しくなった館内を見るのに付き合ってほしい」というものだ。
東京近郊で新たな商業施設などの人が集まるスポットができるたびにこうして新一を誘って下見をしていた。施設を隅々まで歩き回り、その後に食事をしながらあれこれ話し合う。それがお決まりの流れだとふたりの間で当然のように共有する程度には何度も繰り返してきた。
実のところ降谷は昨夜に急の呼び出しがあり、あまり寝れていない。下見のような不急の仕事であれば断って家で寝ているところだが、新一との約束であれば話は別である。特に前回会ったときに手応えを感じていたのだから、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
ふたりは入り口のすぐ横に掲示された予定表を見る。そこにはバックヤードツアーやイルカショー、ペンギンの館内散歩の予定時間が書かれていた。
「バックヤードはおもしろそうだね。今度あの子を連れてくるときの参考に見ておくかい?」
降谷はからかうように新一に言う。
これも下見ではいつものことだった。水族館のように成人男性二人で行くには理由が必要そうな場所へ行くときは、新一がデートの下見をするために友人の降谷を付き合わせた。そう装って施設をくまなく歩き回るのだ。
「付き合わせてすみません」
「気にしないでよ。きみたちには上手くいってほしいんだ」
降谷はいつものように後輩を気遣っているかのように言葉をかける。こんなものは表面だけの演技で、新一が自分以外のだれかと上手くいくなんて望んではいなかった。それでも新一と出掛けるために身に付けるアクセサリーのようなものだからと割りきって演技をしてきた。この日もいつも通りの演技を続ける。
「でも今からだともうバックヤードツアーとペンギンの散歩は時間が被ってて無理か。どちらかはあの子と来たときの新鮮な楽しみになるね」
「まずは順番に見て、時間が近くなったら考えましょう」
新一は時間の書かれたボードをスマートフォンで撮り、きびきびと矢印の示す方向へ歩いていく。話題を切られた。
存在しないあの子の話をされるのが嫌になった、というのは希望的観測か。
ずんずん進んでゆく新一を見失わないように、降谷は追いかける。
最初のフロアは近海に棲む魚たちを展示していた。食用として耳馴染んだ魚や貝、温暖化や水質の環境の変化で追い出されたもの、新たに定着したもの。
強く興味を引かれることもなくみな歩きながら眺めて抜けるようで、人はまばらだった。
春休みの親子連れもいるが、平日なこともあり学生同士のカップルが多いようだ。
薄暗く涼しい水槽の並びの中で手を繋いでいたり、繋げていなかったり。仲が良さそうに顔を寄せて水槽を覗き込んでいたり、初々しく緊張したままだったり。
水族館を楽しむ客たちを横目に、ふたりは先へ進む。
事前に聞いていた情報の通り、改装で変わったのは壁の色や照明など のようで、構造は大きく変わっていない。しかしそれだけでも水族館全体の印象は変わった。改装前はもう少しファミリー向けな雰囲気だったと降谷は記憶しているが、デートスポットとしてもふさわしいようにデザインされたらしい。
順路を半分ほど過ぎたエリアでそれは顕著だった。
他も落ち着いた照明になっていたが、ここはロマンチックを演出するための色になっている。そして展示水槽も小さな丸窓の中を覗き込む形で、おそらくカップルが同時に見るためには自然と顔が近づく。
しかしカップル向けといってもそちらへ行きすぎていないのがいい塩梅だ。小さな窓の向こうに魚たちが泳いでいるのを覗き込むのは、小さな子供だって好奇心にかられることだろう。
入り口に近い水槽の前から高校生くらいのカップルがいなくなり、降谷の足は自然とそこへ向かう。降谷は水槽の中を覗き込ん。
「ああすごい、よく見ると小さくて透明なエビがたくさんいるよ。ほら」
降谷は新一を手招いた。ふたりはカップルでもないので、降谷は覗き窓から一歩離れる。
「ああヌマエビですか」
新一もいつもの様子で降谷の隣から水槽を覗き込む。
水槽の中のエビを眺める新一の横顔はこの世の何よりも美しく降谷の目に映った。
降谷も離れた位地から顔だけ寄せて再度水槽を覗き込む。目を凝らせば、水草の間にいる透明で小さなエビも見えた。こういった擬態のうまい生物というのは一匹見えるととたんにたくさん見えてくる。新一もあちこちにいるエビを探すように楽しんでいた。
しばらくして不意に新一が水槽から後ずさった。視線があちこち、このフロアにいるカップルたちをとらえていた。
「工藤くん?」
「いや、なんかこれ俺たちまでーー」
新一はそこで言葉を切った。相手は自分に好きだと言ってくる降谷であることを思い出したのだろう。
ーーデートしているみたい?
そう新一にだけ聴こえるようにささやけば、きっとさらに意識してくれるのだろう。しかし降谷は新一が飲み込んで隠そうとした言葉を暴いてやるようなことはしない。
「隣も空いたね」
この新一の様子なら降谷のことを好きだと意識する段階にまで来ているから押せばいけると確信しているが、この工藤新一という男は行動力の塊であるから不用意につついて暴走されたら手に負えない事態になるかもしれない。
たとえば、俺は女の子が好きなんですよほら彼女できたんです、とか。
たとえば、急な渡米とか。
そうなったところで降谷が新一への恋心を無くすことはありえないし新一の恋心が簡単に失われることもないだろうが、この上なく面倒なことになることは目に見えている。
新一がそう簡単に降谷に靡こうとしないと降谷には確信があった。なにせ「俺が降谷さんを好きになることはないと思いますけど、降谷さんとは友達ではいたいです」と言いながら公安警察とのツテを維持してきたような男だ。そう簡単に「俺も降谷さんのことを好きになっちゃいました」なんて言ってくれるわけがない。
降谷が一年前にはじめて告白したときは、新一とどうにかなろうなんて強く願ってはいなかった。公安警察に属する降谷を情報へのパイプとしてしか見てもらえないのならそれはそれでよいと割り切った恋心だった。
しかしここまできたら話は別だ。お互いが好意を持っているところまで来れたのだからなんとしても新一と付き合いたい。そのためには新一へのアピールはこれまで通り続けながらも、新一が恋心を認めて受け入れてくれるまでは逃げ道も用意しながら距離を詰めていくのがよいか。
ここからが本当の持久戦だと降谷は決意を改める。
エビの隣のシロウオの水槽を見終えた新一は、このロマンティックな空間で立場を持て余している様子だ。まだ見ていない水槽もあるが、空きそうにない。
降谷は順路の矢印の示す方へ進む。
「むこうが大水槽だって。イワシの大群が見れるようになったらしいよ」
新一も足早に降谷についてくる。
その後はいつものようにデートの下見をする友人同士を装いながら水族館の構造を確かめて歩いた。
水族館内の食堂で遅めの昼食も取り、バックヤードツアーで紙の資料だけではわからないような裏も見学し、タイミングよくペンギンの散歩にも遭遇した。
いつもの視察と同じことをした。カップルの多い場所へ二人で来たことも初めてではないが、しかし今回は睦まじい姿を目の当たりにしての新一の動揺があまりにもわかりやすい。
降谷は徹底して新一の反応に対して鈍感に振る舞い、なににも気がついていないと装い続けた。
そうしてたどりついた順路の最後。
薄暗いフロアにぼんやりと浮かび上がるのは、見上げるほど大きな水槽のクラゲたち。今回のリニューアルで新たに目玉のひとつとなった展示だ。
中で循環する水流に流されるままに、あるいは淡く光るかさでふわふわと泳ぎながら漂っていた。
「すごい。綺麗ですね」
「うん。ずっと見ていられそう」
「座りながら見ません? あとはだいたい見ましたし、最後のイルカショーまでまだ20分はあります」
新一は水槽と向かい合わせに設置された階段を示す。座ってクラゲを鑑賞するために設置されたもので、3メートルほどの幅で5段。下の段には家族連れが座り、上の方にはそれぞれほどよい間隔を空けてカップルたちが座っていた。
「いいね。そうしよう」
降谷らは誰も座っていない最上段に腰かけた。どのカップルよりも二人の間には空間が空いている。カップルと友人を同じ尺度で計るものでもないかと、降谷は水槽のクラゲへ視線を移した。
深い青の水槽のなかで、たくさんのクラゲたちはぼんやりとした光に照らされている。ふわふわ、ふよふよ、ゆらゆら。あのクラゲのように水のなかを漂っていられたらどんなに気持ちがいいだろう。
降谷は水槽を見上げるために上体を後ろに倒して、両手を体の両脇につく。
すると、先ほどまでその体勢をしていた新一が急に手を膝の上へ退避させた。
その反応の理由は降谷たちの前に座っているカップルたち。クラゲを見上げながら手を重ねたり、指を絡めたりしているから、降谷の手が近くに置かれたことで意識してしまったようだ。近いといっても降谷と新一の間には、友人らしく半人分の空間があるというのに。
「どうした?」
ひそりと降谷は訊く。
「……いや、女子を連れてくるならここでクラゲを眺める時間を取っておかないとなって」
「そうだね」
にぎやかな子供連れはいなくなっていて、それきりフロアは静かになった。ゆらゆら光るクラゲとヒーリングミュージックとたまに聞こえてくるひそやかで暖かな声。ここちよい空間だった。
クラゲの水槽をぼんやりと眺めていて、気がつくと周囲のカップルはいなくなっていた。
「あ、れ?」
「ようやくお目覚めですか」
すぐ近くから聞こえた声に驚き、降谷はパッと身を引いて距離を取る。
「まさか寝てた」
「それはもうぐっすりと」
新一は肩をすくめる。
どうやら電車で居眠りして隣の人に迷惑をかけるような形で、降谷は新一にもたれかかっていたらしい。
「ごめん、重かっただろ」
「大丈夫ですよ。俺はひ弱な女の子でもないですし」
新一は降谷から視線を外してクラゲの水槽を見上げる。平静を装っているつもりであるらしいが、降谷にはいつもと違う感情を表情の下に秘めていることがわかってしまう。
好きだと告げはじめてからも1年、降谷は新一をずっと見てきた。新一はいつでも前を向いているから隣にいて見ることができるのは横顔が圧倒的に多くて見慣れている。
新一はリラックスしているときにそんなに唇に力をいれない。手のひらをぎゅっと握るときは自制しているとき。
些細な変化からも新一が降谷を意識していると読み取れた。
時計を見ると、イルカショーはとっくに始まって、もう終わっている時間だった。
「降谷さんが気持ち良さそうに寝ている間に、みーんなあっち見に行きましたよ」
「起こしてくれたらよかったのに」
すると新一はクラゲの水槽を見ながら柔らかく微笑んだ。
「どうせまた忙しくしていて疲れているんでしょう。俺たちは本当にデートの下見に来たわけじゃあないんですから、……ここでもう少しこのまま休んで行くってならそれでいいんじゃないですか」
「……このまま?」
「俺の肩が必要ならどうぞってことです」
新一の言葉に降谷の呼吸が止まる。新一の横顔から深意を探ろうとするも、降谷の頭は真っ白で、新一を見ていることしかできなかった。
返事を待つ新一は降谷を見て、二人の視線が絡み合う。
そして新一は顔を真っ赤に染めて立ち上がった。
「な、な、なんですか。べ、別に変な意味じゃあないですよ。降谷さんは隠そうとしてるみたいですけど近くで見たら目の下に隈ができてたし、……あ! そろそろ閉館も近いのにここでクラゲばっか見ていられませんもんね。すみませんでした。せっかく時間を作って視察へ来たのに。今からでもイルカショーのステージを見に行きましょうか、あと見てないのってステージと売店ですよね。どっちから行きますか、もうショーも終わりそうですし売店にしましょうか」
降谷は降りていく新一の手首をつかんで引き留めた。とたんに新一は言葉も足も止める。腕を引かれた格好のまま逃げようとも戻ろうともしない。降谷は手を放せば飛んでいってしまう風船の糸を握っているような感覚がした。
誰もいないエリアにふたりきり。水槽の中では優しい光に照らされてクラゲがぷかぷか漂っている。
「工藤くん、」
「な、なんでしょう……」
新一の声はか細く上ずっていた。いつもの流れならここで降谷が「好きだよ」と言うのだが、無理に新一の心を引こうとしたら風船の糸が千切れて飛んでいってしまいそうだった。
「肩を貸してくれてありがとう。キミの言うとおり、疲れていたんだ。昨夜は徹夜でね」
「……それなら無理して今日ここへ来なくてもよかったんじゃあないんですか」
「無理ってほどではないさ。キミに会いたかったし」
「よくそんな歯の浮くような台詞が言えますね」
「本気だって知っているだろう、僕はキミが好きなんだから」
短い沈黙の後、新一は振り向いて降谷へ恨みがましい顔を向けた。
「体調管理ができないのを他人のせいにする人は嫌いです」
「それは困った」
降谷はつかんでいた新一の手首を離し、立ち上がって階段から一気に飛び降りた。
「僕も充分に休んだし、最後に売店を見ようか」
新一を待たず、降谷は順路の矢印にしたがって進んだ。
薄暗いクラゲのエリアとは違い、展示のない廊下からほ明るい光が差している。
明るい廊下へ出る直前に、背後から消え入りそうな「ありがとうございます」が聞こえた。降谷は聞こえないふりをした。
売店は水族館の売店として普通、といった感じだった。定番のお土産お菓子や、水族館にいる生き物たちの形を模したキーホルダーやフィギュアやぬいぐるみ。ふと降谷は視線を留める。
「ぬいぐるみなんて見てどうしたんです?」
「いや、さわり心地がよさそうだなって」
「こういうところのってけっこういい値段するんで、物がいいんですよね。気になるんですか?」
降谷は手近なイルカのぬいぐるみを手に取る。両手で包むくらいの大きさで、すべすべとした手触りがなかなかよくて癒される。
「このごろ寝付けなかったのにさっきはすぐ居眠りしてたからさ。あやかろうかな」
降谷は自分で言葉にして驚いた。ぬいぐるみを自分用に買ったことなんて一度もなかった。こんなかさばって捨てる手間もかかりそうなもの買ってどうする。
「まさか一緒に寝るんですか? じゃあいっそのこと、抱き枕にできそうなこっちの大きなのがいいかも」
新一が指差す棚には子供ほど大きいぬいぐるみたちが並んでいた。
「抱き枕か。使ったことないな」
「ほら、かわいいクラゲちゃんと一緒ならぐっすり寝れるんじゃあないですか」
新一が棚から引っ張り出したのは、ピンク色のクラゲの、丸くて平たいクッションのようなぬいぐるみだった。きっと少女が好むようにかわいらしくデフォルメされていて降谷には縁がないタイプのもの。しかし新一が抱えるようにして持つだけで買うものの候補になってしまうのだから恋とは不思議なものだ。
棚を見れば他には大きなイルカやサメやペンギンなどもあるようだ。どれにするか。そもそも本当に買うのか。
降谷が考えていると、館内の放送が急に寂しげな曲に切り替わる。続いて閉館時間の案内。
「閉館まで15分か」
「急いで選ばねーと」
「これにするよ」
降谷が手に取ったのは、新一が最初に手にした大きなクラゲのぬいぐるみ。それを選ぶとは思わなかったらしい新一は目を丸くした。
「え、このファンシーな?」
「あやかるならクラゲが効果ありそうだし。逆にこれなら僕が買って持ち歩いても誰かへのプレゼントにしか見えないだろう」
「……なるほど」
「会計してくるから、工藤くんは先に行ってて」
「車、こっちに回して来ましょうか?」
「二度と僕の車の運転席には座らせないって言ったよね」
降谷はクラゲのぬいぐるみを持って会計へ。途中、ペアのイルカのストラップが目に留まり、降谷は自身がいかに浮かれているのか思い知らされる。こういうものは何組も見かけた学生カップルをターゲットにしたものだ。
ペアのものではないにしても、肩を貸してくれたお礼に、とでも言って今日の思い出になるものを買って新一に押し付けてやることもできるが、それは違うように思えてやめた。
降谷はこれまで散々新一を食事には誘ってきたが、形が残るものを買ったことはない。どんなに小さなものでもいちど買い与えると際限なく何でも買ってやるようになりそうだからだ。
それに新一はかつて蘭と水族館へ行ったこともあると降谷は資料で読んだことがあった。水族館で殺人事件が起き、それを解決したという資料。そしてその時に新一がプレゼントしたストラップを蘭が大切にしていたことも知っている。
せっかく降谷へ恋心が傾いているのに、わざわざあの恋を思い出させてやることもないだろう。
「お客さん、買うなら急いで」
店員と物寂しい音楽に急かされ、降谷は大きなぬいぐるみだけを買った。値札を確認し忘れていたが、たしかにけっこういい値段がした。
その後は食事へ連れていく予定でいたのだが、車を走らせてすぐに降谷へ呼び出しの電話が来た。やむなく新一を駅の近くへ降ろして、予約をキャンセル。
ため息をつきつつ、助かったかもなと胸を撫で下ろした。
先ほどまで新一と乗っていた車の中にクラゲのぬいぐるみを残して、降谷は部下のもとへ向かった。
●おうち
降谷のスマートフォンがメッセージの到着を告げる。音が鳴るように設定しているのは私用の端末だ。おそるおそる確認するとやはり新一からで、もう間もなく到着するらしい。
今日は降谷の家に新一が来るのだった。新一に依頼した東都大学内での調査結果の報告の受け取り場所に降谷の家を挙げてみたところ、あっさりオーケーされてしまったのである。
気分を落ち着かせるためにコーヒーでも淹れるかとキッチンへ向かう。
降谷の心が落ち着く前に、ピンポーンとインターホンが鳴る。オートロックの画面に緊張した面持ちの新一が映し出されている。
「いらっしゃい工藤くん」
『こ、こんにちはー』
新一がカメラを覗き込み、目元がどアップになる。降谷は思わず後ずさる。
『あの、降谷さん? ドア開いてないですけど?』
「……ごめん」
降谷はドア解錠のボタンを探して押した。この家を訪ねてくる人はいないし、通販のものも自宅以外で受けとるため長らく使ったことのないボタンだった。
もう一度インターホンが鳴るまで、降谷は●
「いらっしゃい」
迎え入れた新一は物珍しそうに部屋を見渡していた。見渡したところでその目に映るのはほとんどが壁か床か天井だろう。降谷の部屋には物が少ない。
人を呼んだこともないため、来客用の食器もなければダイニングテーブルの椅子も一脚しかないというありさまだ。新一が来ると決まってから新たに買うタイミングもなかったため家の中で高さの合う椅子を探し、仕方なく別の部屋で使っている椅子を持ってきた。ダークカラーのウッド調で揃えたリビングダイニングに、白い椅子が浮いていた。
「コーヒー淹れるから待っていて」
新一をテーブルへ促すと、白い椅子に腰かける。新一がいるだけで急に部屋が狭く感じた。
●以下、直せ
マンションの下ではあんなに緊張していたのに、もういつもと変わらないように見えた。助かった。二人だけの空間で新一に緊張されると、降谷まで緊張してしまいそうだなと考えていたがひとまず回避できた。
緊張回避のために淹れたコーヒーもあればひとまずなんとかなりそうだ。
コーヒーの香りを意識しながら、新一から調査報告を受け取る。
新一の東都大学の学生であるという身分を利用して、とある高級官僚の家に臨時の家庭教師として潜り込んでもらった。その家では金目のものが消える事件が続いていたものの、表沙汰にしたくないとのことで相談を受けた降谷が新一を送り込んだのだ。
それ以上の目的はないと先方に思わせておきながら、汚職の疑いについての調査も平行して降谷は新一に頼んでいた。
まだ学生の新一を巻き込むのは気が引けたが、上がってきた報告を見ると新一に頼むのは正解だったなと思わずにはいられなかった。
「よく、こんなに調べられたね。流石だ」
「多少得意分野からは外れますが、犯罪にまつわることを調べるなら俺は鼻が利きますから。家のものを盗んだと疑われて肩身の狭い思いをしていたのが中学生の次男だったみたいで、疑いを晴らした俺にいろいろ教えてくれたんです」
「なるほど、人たらしの本領発揮というわけだ」
「人聞きの悪い……」
「褒めているんだよ。情報を集めるには重要な才能だ」
「」
「どうせだしお昼も食べていきなよ。作るよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
●帰り
「工藤くん、忘れもの」
「え、」
「今日の分、言うの忘れていたから。好きだよ、工藤くん」
新一はなにも言わず降谷から視線をそらし、靴を履いて出て行った。
降谷は
「今日はいけると思ってたんだけどな」
だめだきょうは一旦ここまで!ノシ
あああああああああああああああああうまく文章続かないな!!!!