それでは降新を書いていきます
タイトル「あまりにそらぞらしい今日のキミ」
公園の中は平日の昼間だというのに、たくさんの人でごったがえしていた。
それには正当な理由があった。ちょうど見頃を迎えている桜の見物にみな来ているのだ。●
データの受け渡しのためにこの場所を指定したのは、人混みに紛れることができるからというだけではなく、降谷は新一と一緒に桜を見たかったのだった。
降谷は新一が桜に幼い頃から思い入れがあることを知っている。それでも昨年の桜が散り始めた桜吹雪の中で新一に最初の告白をしたものだから、この満開の桜の下でももういちど告白しておきたかったのだ。今日を逃せばまた1年待つか、北上するかの選択肢しかない。どちらもごめんだった。
降谷は人混みの流れる早さに合わせて、周囲と同じく桜を見上げながら待ち合わせの場所へ歩く。公園内には屋台やキッチンカーも出ていて、いい匂いが昼食を取り忘れていた降谷の腹に響いた。
待ち合わせに指定した銅像のところで●降谷は体が軽くなったように心が浮き立ち、すぐにでも新一のもとへ駆け寄りたかった。しかしながらこの銅像はよく待ち合わせに使われる場所であるため、新一の他にも10人はいて、みな静かに立ってスマートフォンの画面や時計を見ていた。ここで話せば彼らの耳にも会話は聞こえてしまうだろう。
降谷は新一のスマートフォンを短く鳴らす。
それに気がついた新一は、降谷の姿を確かめようともせずに公園の中へ。●このへん全部削れ
「やあ、久しぶり」
降谷は声をかけてから新一の肩に軽く触れた。
「わー、お久しぶりですね!」
二週間前にも一緒に食事をしたが、なんとなくふたりが会うときはいつもこうしている。
スーツに小さなボディバッグというラフな通勤スタイルのサラリーマンといった装いの降谷に対して、今日の新一はサングラスにハンチング帽、そして頬に絆創膏というスタイルだ。
このごろは新一もメディアの露出はないが、工藤新一はすでに顔が知られ過ぎていた。新一は普段からあまり周囲に騒がれないようにと気をつけてはいるが、こうして仕事モードの降谷と会うときはより一層、気にしてくれている。
なぜ新一がそこまで気を使ってくれているのかといえば、探偵工藤新一への協力のため、降谷が公安警察として得た情報を新一へ流すからに他ならない。降谷の裁量の内でありとがめられることはないだろうが、よく思わない者はいる。そういった面倒ごとを回避するため、工藤新一とガタイのいいスーツの金髪男が一緒に歩いていた、だなんて噂を広められるわけにはいかなかった。
「新一くんは桜を見に?」
「一時間ほど空いたものですから。きっとあなたと同じことをしようと思っていたところです。よかったらご一緒しませんか」
「よろこんで」
降谷と新一はしばらくそのまま他愛のない話しながら桜の咲き誇る公園の中を歩く。周囲を気にしつつも、話す内容は新一の実際の大学生活のことや、降谷の仕事上の上司の愚痴。楽しく話しながら10分ほど歩いて様子を見る。変な尾行はついていないようだ。
降谷はボディバッグの中から一冊の文庫本を取り出す。
「ほらこれ、前に話した本」
「ありがとうございます!」
新一の声色がパッと明るくなった。サングラス越しで表情は読みづらいが、さっきまでの落ち着いた雰囲気がガラリと変わったことがその声だけでわかる。新一の受け取った本の間に新一の求める情報の入ったメモリーカードが挟まれている。
ーー現金な子だ。
新一が今日こうして会ってくれたのはこのデータを受けとることが目的であり、降谷もそれを承知で会っている。しかしながらこうもあからさまにデータが目的ですという態度を見せられると胸にチクリととげが刺さるような心地がするのは仕方がないことだった。新一と歩いているだけで降谷がどれだけ嬉しいのか知らないのだろう。
しかし降谷はそれでもよかった。同性に告白されて、一切の関係を絶とうとしてもおかしくないのに、新一はこうして以前と変わらない関係を続けてくれている。会うたびに「好きだよ」と告げているにも関わらずだ。
●
さきほど降谷が通りがかった屋台の並びが見えた。風に乗ってきた匂いに我慢できず、降谷の腹が鳴った。そしてタイミングよくベンチが空く。
「お昼まだなんだった。ちょうどいいし焼きそばでも買ってこようかな。新一くんもなにか食べるかい?」
「じゃあ俺は焼き鳥で」
こういった飲食物に関して降谷がおごるときに遠慮しないでおごられるようになってくれたのは、この1年の進歩だった。
さほど待たずに食料を調達し、降谷は新一の待っているベンチへ戻る。
新一はサングラスを下にずらして桜を見上げていた。
なにを考えているのか。依頼を受けて捜査している件についてか。いや、きっと桜に強い思い出の残る幼馴染みの女性のことだろうと降谷は知っていた。
自分が声をかけていいものか。降谷は悩みながらも買ってきた温かい料理を理由に前へ足を進めた。
「お待たせ」
焼き鳥とお茶のペットボトルを差し出す。しかし新一は受けとることを忘れているかのように降谷の顔を見たまま何度か瞬いた。
「新一くんどうしたの、僕に見とれた?」
「え、いや……」
「冗談だよ。蘭さんのこと思い出していたんだろう」
「いやそんなっ、違います!」
大きく声を張って否定してくるものだから、今度は降谷が驚いて動きを止めた。歩く人もこちらに注意を寄越していて、新一はサングラスを押し上げて顔を隠す。
「すみません。でも違いますからね」
新一がそこまで言うのなら降谷にはなにも言えなかった。ベンチの新一の隣に座り、あらためて焼き鳥とお茶を手渡した。
降谷も自分の焼きそばのパックの輪ゴムを外す。
「いただきます」
出来立ての屋台の焼きそばってのは、独特の味がする。降谷が自分で作るより割高で、しかし広い鉄板で調理するからか屋台でしか出せない香ばしさがある。
「降谷さんって、いつも美味しそうに食べますよね」
意識していない顔を見られているとは思わず、降谷は気恥ずかしくて口の中の焼きそばをお茶で流し込んだ。
「だってほら、美味しいからね。新一くんも食べてみる?」
降谷は焼きそばと、自分が使っていた箸を差し出す。すると今度は新一があたふたと視線を泳がせて焼き鳥にかぶりついた。
「お、俺はこれで充分ですから!」
「……そう?」
どこか様子のおかしい新一を横目に焼きそばを食べようとした降谷は、箸で麺をつかんだままぴたりと動きを止めた。新一の耳が赤くなっているのに気がついたからだ。新一は桜を見上げているのか、顔を降谷から背けながら焼き鳥を食べていて表情が見えない。
降谷はゆっくりと深呼吸してから、平静を装って焼きそばを食べ進めつつ考える。
先ほどのやりとりで新一が顔を赤らめる要素が少しでもあったか。
●
これはもしかすると、もしかするのではないか。
降谷は今すぐにでもたしかめたくて、急いで焼きそばを掻き込んだ。
「ねえ工藤くん、」
降谷は隣の新一にだけ聞こえる声で話しかける。
新一の肩が跳ねる。顔はかたくなにそっぽ向いたまま。
「僕は工藤くんのことが好きだよ」
●
「知ってますよ。会うたびに聞いてますから。あの、……あ、ありがとうございます、その……焼き鳥!」
新一は立ち上がると、そのまま人混みをかきわけて走り去った。新一の消えた向こう側から春の暖かい風が吹き、桜の花びらがふわりと舞い上がっていた。
降谷は信じられないものをみた気分だった。
「今のってチャンスが来たってことだよなあ……1年、粘ってみるもんだ」
思いもよらないタイミングで降ってきた勝算に、降谷は顔がにやけるのを隠せなかった。
ベンチから見上げた青空には満開の桜が縁取っている。
「もう少し頑張って押してみるか」
降谷は次に新一に会う予定を差し込む時間を脳内で管理している予定から探す。
●水族館
「降谷さんバックヤードツアーがあるみたいですよ」
「んー、それは気になるね」
リニューアルオープンしたばかりの水族館に来ていた。
新一に取り付けた約束は「新しくなった館内を見るのに付き合ってほしい」というものだ。
東京近郊で新たな商業施設などの人が集まるスポットができるたびにこうして新一を誘って下見をしていた。施設を隅々まで歩き回り、その後に食事をしながらあれこれ話し合う。それがお決まりの流れだとふたりの間で当然のように共有する程度には何度も繰り返してきた。
実のところ降谷は昨夜に急の呼び出しがあり、あまり寝れていない。下見のような不急の仕事であれば断って家で寝ているところだが、新一との約束であれば話は別である。特に前回会ったときに手応えを感じていたのだから、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
ふたりは入り口のすぐ横に掲示された予定表を見る。そこにはバックヤードツアーやイルカショー、ペンギンの館内散歩の予定時間が書かれていた。
「バックヤードはおもしろそうだね。今度あの子を連れてくるときの参考に見ておくかい?」
降谷はからかうように新一に言う。
これも下見ではいつものことだった。水族館のように成人男性二人で行くには理由が必要そうな場所へ行くときは、新一がデートの下見をするために友人の降谷を付き合わせた。そう装って施設をくまなく歩き回るのだ。
「付き合わせてすみません」
「気にしないでよ。きみたちには上手くいってほしいんだ」
降谷はいつものように後輩を気遣っているかのように言葉をかける。こんなものは表面だけの演技で、新一が自分以外のだれかと上手くいくなんて望んではいなかった。それでも新一と出掛けるためにつけるアクセサリーのようなものだから割りきって演技をしてきた。
●新一側のこと
よーし、今日はここまで!ノシ
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