のくさつ 五十嵐と三ツ三(保健室組)の話書く
文化祭のほとんどを同級生と過ごした。これは彼にとって大きな進歩ともいえた。声を発するという状態ではないまま彼らはコミュニケーションをとっていた。ここまでの順応力は目を見張る。彼本人も、もちろん周りも。あのカウンセラー(愚か者)がワタシに不用意に接触しなくなり、いよいよ校長(バカ)はワタシを腫物であるかのように扱うようになった。しかしこれは幸いであり、逆にワタシが鬼庭に手を下していたことも易々と言い逃れできた。普通は頓着があった者を真っ先に疑うべきなのに、なんという話だ。とにかく、彼の環境の変化は周りを進化させ、それがワタシの行いを隠した。学校という森は、ワタシというアカシアの木を守るためには最適だったのだ。
しかし、ワタシは今確実に。NOXというジェンガという指標抜きに彼に入れ込んでいる。これは果たして何故か。あぁまったく単純明快に、ワタシは五十嵐蓮というその少年に教師としての強い信頼を寄せていたからだ。なんという話だろうなと己を思わず笑いそうになる。いや、それに気づいたときにワタシは何度も笑った。己をけなそうとしても、ワタシの奥深くはそれを拒んだ。あんなに自分の倫理で蓋をしようとしていた感情は。彼のせいであっさり顕れてしまったのだ。
それゆえ、ワタシは色々なものを手放した。弟子の被っていた皮を剥がして手放し、己の指標さえ手放し、その子のために己の倫理を手放し。……ワタシはそう気づいて、真っ先に『彼の声が戻らなければ』と願った。愚かであることを理解しながら。このまま彼女から、あの幼き害悪から、勝ちも負けることもなくただ逃げられると、そんな弱い発想に陥って。
「……待って! っ、え」
それさえ崩れ落ち、ワタシはその時この森から出てしまおうと決めた。
#蟻が逃げた