お題:白いチューリップ
花言葉、失われた愛 許しを乞う 純粋
ぽつり、ぽつり。こぼれ落ちるように言葉は夜に波紋を広げる。
愛してしまってすまない。
罪を告白するかのように懺悔をするディミトリの言葉を、白のチューリップとともに受け止めていた。
お前を愛してしまった。お互い立場というものがあるというのに、気の迷いだと、すぐに消え去るものだと目をそらしても忘れられず成長していく想いを、捨てられないのだ。無くならないならば一生、墓まで抱えていくつもりでいたというのに、お前を見るだけで、声を聴くだけで募っていくんだ。抑えきれずに、伝えてしまって、すまない。
堰を切ったようにあふれ出す言葉の奔流。ぐちゃぐちゃになった感情を吐き出して、許しを請うように両手をクロードの片手とそれに包まれる花茎とともに重ねる。それでも好きなんだ、と消え入りそうな声を最後にすべてを紡ぎ終えたのか、沈黙した。
月光に照らされた金髪が輝いて、夜に溶けない陽光のぬくもりが綺麗だと意識が逸れる。きらきらと快活に前を向く瞳は伏し目がちで震える睫毛が半分覆って、よく見えない。宝石のようで美しいというのにもったいない、と覗き込もうとしても目を合わせないようにと顔を逸らされてしまう。
草花に詳しくないディミトリが花言葉を知っているとは思えないためこの花を持ってきたことにきっと深い意味はないのだろう。白いチューリップ、花言葉は『失われた愛』
『許しを請う』。国によっても異なることがあるが、フォドラでもおおよその意味は変わらないだろう。抱えた愛情を失くそうとして、そして感情を抱いたことを謝罪する。今の彼にそっくりだ。だが、
「ディミトリ。この花にあてられた言葉を知っているか」
そ、と添えるように花の香りをかぎながらクロードは言う。
「ひとつの花でも様々な意味があって、色によっても異なるんだ。この白いチューリップにもいくつかあってな。お前に似合うのは、純粋、かもしれない」
ここでようやく動くことのなかったディミトリに色彩が返ってくる。ピクリ、と動いた瞳はクロードへとはっきり向けられていた。それに気を良くしたクロードもディミトリをまっすぐに見据える。蒼と翠が交差し、白のチューリップはたおやかにただ揺れる。
何を言うのか、想像もつかない場所から生まれる言葉を期待しているような、わずかに見える怯えにも見える揺れは続きを促す。
「純粋、といっても無垢なだけで生きてきたわけでもなく、世の暗い部分も垣間見たことくらいあるだろう。一国の王になるものが箱入りではいられないし、これまで見てきてただの蝶よ花よと愛でられた物語の中の王子様ではないことを知っている。艱難辛苦を経験して、それでもお前は純粋で、何よりも優しい。猪突猛進で周りが見えなくなる時もあるが、」
そんなディミトリが好きだ。
はっきりと、一瞬の迷いすら見せず言い切る。少しの笑みと、自信をもって。
改悛のところ悪いが、罪でも悪事でもないモノを悔やまれたところで何にもならない。何か罰を求めているならばクロードに告げた言葉は無意味極まりない。罪がなければ罰は生まれないのだから。たとえ過失ですらない変えられない現実を罪だと突きつけられることがあろうとも、他者がディミトリの心を否定しようとも、当事者が受け入れている。そして、同じ想いでいるのだからこれは幸せな物語の一説になりうる、決して断罪の一手ではない。
微笑みに、不慣れな愛をこめてまあるく開かれた瞳に届ける。同じだと、悔いることはないのだと、まっすぐに。
六枚の花弁の真ん中に水滴がひとつ。蒼玉の双眸から流れ落ちて雫となる。止め処なくあふれる涙を手を頬に添えて親指で拭えば、ようやく自分の状態を把握したのか呆然とこぼれるものたちを眺めていた。昼の一国の王子として背筋を伸ばした姿からは見えないような幼げでかわいらしい表情にクロードの中の慈愛というものが育まれていくようだ。
「ほんと泣き虫だな、王子様は」
「泣き顔を見せたのは初めてのはずだが、」
「はは、細かいことは気にしないでさ。俺の胸を貸してやるから今日は思ったこと全部、言ってみろ」
まるで修道士のようだな。なあに、真似事くらい許されるだろ?
柔らかい金糸に指を通して頭を胸に抱きよせる。控えめながら甘えるように頬をやわく胸に寄せる後頭部を撫でればディミトリの肩の力が抜けていった。
すう、と息を吸って吐く。平常心を取り戻した男はそうしてもう一度、告げるのだ。今度は懺悔ではなく、愛の告白を。