「ククティコ、ここでお別れだ」
星明かりの大陸西部に位置する、マホマホ族の森。
そこで出会った幼竜。紅桜の鱗を持つ竜種の子どもに、別離の言葉が告げられた。
それを口にしたのは、誰もが仰ぎ見ずにはいられぬ程の巨大な体躯の若者───ダグノリア・コーラルという青年だ。
彼が地べたに座り込み、肘が地に付くほど背を丸めてなお、幼子は首を大きく反らして見上げなければならないほどの身丈の差があった。
「おれ様が面倒見てやれるのはここまでだ。お前の親が見つかるか、安全な人里に出るまでと決めていたからな。おれ様たち白蹄団は、ジェラルド王子と共に旅路を歩む者の集まり───気ままに世界を巡りたいというお前を連れて行くことはできない」
「うん」
「違う目的を持つ者をおれ様たちの道程に付き合わせる事は、白蹄団が掲げるお題目にそぐわないし、お前にとっても不幸なことだ」
「うん」
懇切丁寧に、事情を説明するダグノリアの言葉に耳を傾ける幼子───少年期に片足踏み入れた程度の外見のククティコは、分かっているのか分かっていないのか読み取れない無垢な顔付きで頷く。
見知らぬ世界への好奇心と希望に満ちた表情だった。
その様子を見下ろすダグノリアの顔には、少年とは正反対に憂いの色が浮かんでいる。
「……せめて、お前の背がおれ様のヘソを越すまでは面倒見てやりたかったが……それはおれ様のエゴでしかねえな。お前はお前のやりたいようにすればいいさ」
「うん!」
「だが、どうか憶えていてくれ。お前に授けた"ククティコ"の名に籠めた願いを」
『火のように熱く燃える心と、皆んなをあたため守る炎』を意味する古き言葉。
皆んなから慕われるように、強く優しく生きて欲しい。
すべてを燃やし尽くす災厄の炎ではなく、凍える人をあたため守る焚火の如き焔であれと。
何もかも灼き滅ぼしたいと狂い果てる末路を辿ってしまわぬようにと。
───そんな願いを籠めた名前だ。
「もしも寂しさがお前の心を包んだ時は、どうかおれ様のことを思い出してくれ」
人懐こく、いまだ善悪の判断が付かぬ幼子の手を、掬い上げるようにして優しく触れる。
竜種というには心許ない、小さく柔らかく、あたたかな紅葉の手のひらだった。
ひととは異なる、あまりにも桁違いの速度で成長していくククティコ。出会った当初と比べれば、遥かに知恵を得たいきもの。
ダグノリアからすれば、瞬きほどの刹那の間に背丈が伸び、乾いた砂に水が染み込むように言葉を会得していった。
それでも、まだまだ幼くある子どもだ。
「俺が、ダグノリアを思い出すの?」
雲一つない蒼天を切り取った瞳が、木漏れ日の煌めく深緑を宿すまなこを見つめる。
「そうさ、ダグノリアだ。お前の幸いを願うひとりだ」
おれ様のことを忘れてもいい。
浜辺の砂一粒のような取るに足らぬ思い出になればいい。今この時が遠い彼方に押し流されるほどに、お前の元に多くの幸いが訪れますように。
「───しるべの星に七度願いを懸けよう。夜の帳が病魔の目を閉ざし、サンザシの刺が魔を遠ざけますように。お前の手の中に水の縁は末長く、往く先に栄光と繁栄がありますように。降り注ぐ言葉が明日の旅立ちの活力となり、善き人と巡り逢うように」
ルナス帝国の国土には過酷な環境である砂漠が存在する。そこで広く謡われるおまじないを舌の上に乗せていく。
子供騙しのようなものだ。呪術や魔法のような、力ある言葉などではない。
気休めにもならない、無力な音の羅列に過ぎない。何の力も持たない言葉の連なり。
「金の流砂と銀の月輪はいつでもお前のそばにある。旅立つお前よ、どうか健やかにあれ」
けれど、それでも告げさせてくれ。
ここでお前の手を離し、別れるほかないおれ様からの、せめてもの餞別を。
ククティコ。お前に何かをしてやりたいと願うおれ様の心の為に、どうか受け取ってくれ。
「──なあにそれ、お歌?なんだかキラキラしてる!」
ダグノリアのまじないの言葉を受けて、ククティコはくすぐったげに笑う。
己の行く先に何の不安も抱いていないのであろう、真っ直ぐなまでに無邪気な声音だった。
(───ああ、それでいい。おれ様の願いはその程度でいいんだ)
未知の世界をひたすらに夢見る、お前の枷になりたいわけではないのだ。
"こうあれかし"と型に嵌めたいわけではないのだ。
ただ、この幼い紅桜の竜を想う者がいるのだという事を伝えたいだけなのだ。
他人から向けられる願いや期待は、時に重荷となることをダグノリアはよく承知していた。
同時に、心折れそうな孤独の夜に支えとなるのも、これまで与えられてきた願いや想いであることも、よくよく承知していた。
愛された分、期待に応えたい。
望まれた通りの己になりたい。
どんなに苦しくても、己を守り、助けたいと願う存在があるのだと幾たびも奮起してきた。
だからこそ、ダグノリアも己の名付け子に「挫けそうな時、心の炎に焚べる薪」となる想いを与えたいと願ったのだ。
(───おれ様の場合は、期待や願いは苦しみであり、救いでもあった。だけど、ククティコ、お前にとっての救いとは違うかもしれない)
何が正解かは分からない。
とるに足らぬ、摩耗する記憶の一つとして終わるかもしれない。
それでも、この子の力となる可能性があるのならば、惜しむことなく与えたかった。
「おれ様は剛力無双、我が掌にて砕けぬものはない……けれど、こんな時には無力を痛感するよ」
いかに剛力を誇ろうとも。
堅牢なる鎧となり、鋭利なる鉾である強靭無比な肉体を持ち合わせようとも。
旅立つ幼子の前には、何の意味も持たないのだから。
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一年竜くんとダグノリア
初公開日: 2020年05月05日
最終更新日: 2020年05月05日
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コメント
ゆっくり書きます。
無言配信です。