「そこの旦那~! 朝呉屋なら三刻二両で過ごせるよ~!」
「うちは、この吉原一といわれる花魁の呼び出しが四半刻で十両払えばお目通りも夢じゃない! さあどうだい?」
「ここ、金太屋なら吉原の中で一番の料理を味わえるよ! そこのお侍様、一杯飲んでいってくんなし!」
客引き達の声がさんざめき、その顔を廓の屋根から吊るされたぼんぼり提灯が仄かに照らす。提灯に用いられている桃色が、ぽつぽつと灯っている光景は壮観だ。
男──独り身か妻子ある身か、どちらの立場にも関わらず現世のさまざまなしがらみから解き放たれたい、と考える者ならば吉原へ踏み入れた時点で浮き足立つだろう。けれど自分はそういう目的で来ているのではなかった。
情報を掴みに、ここ吉原へ訪れているのだ。表の世界で鬼の情報を収集しようにも、背に大太刀──蛍丸を担いでいる姿は否が応でも目立つ。
どこに鬼が潜んでいるか分からず、聞き込みを重ねれば重ねるほど、手掛かりは遠くなる一方だ。
その点、吉原は相手の利となるものを事前に差し出せば、相応の見返りとして確実な情報を手に入れられる。故に、左京は月に二回ほど吉原を訪れていた。
吉原で生計を立てる者達の目に、左京は女子としか映らぬようで初めて訪れた際、普段の格好──麻の葉文様がふんだんにあしらわれている浅縹色を着物に、下は紺色の袴を合わせたもので大門を潜ろうとしたら止められ、詰所へ連れていかれた上、調べを受けたのだ。
そのときは押し問答をしていては、埒が明かないと悟り着物を脱ぎ、性別を示した。更に仇討状を見せたことが功を奏し、今では何の障害もなく吉原を動き回れるようになった経緯がある。
とはいえ、それは吉原で働いているものに限られ、整った容姿と男性だと見て分からない後ろ姿から女人と勘違いされて路地裏に引きずりこまれそうになったことは数えきれない。もちろん、不埒な輩は蛍丸の錆となったが。
そういった事情もあって今は髪を頭上で一つに高く結い上げ、装いもそれまでのものからなるべく武士らしく見えるようヱ霞──片仮名のヱを並べ霞に見立てた文様が入った単衣の上へ藤紫の単衣を重ねたものに、鉄紺の羽織を羽織り、下も鳩羽鼠色の袴に変えた。
蛍丸を背負ったままでは衆目の視線が集まるため、護身用にと江戸への旅道中のときに買い求めていた小刀を胸元に隠し持つことにする。常から塗っている目弾きも落とし、端から見れば初めて女を買いに来た旗本の跡取り息子にしか見えない完璧な仕上がりだ。
「……今日は確か、三琴屋で待ち合わせの手筈であったな」
定宿としている船宿の女将から吉原の廓へ繋ぎを付けてもらい、鬼──斬鉄とシグラギ率いる一党が姿をくらませる手伝いをしたという遊女へ接触できる機会がようやく訪れようとしている。
三琴屋で落ち合うと指定したのは左京の方だった。三琴屋は吉原に居を構える廓が二百は下らないといわれるなかでは中の下で遊女もそう多くはない。
けれどそちらの方が都合のよいこともある。
なにより三琴屋の主は、さる旗本の奥方であったひとで、そこらの楼主より口の固さはお墨付きだ。それは抱える遊女も同様であり、左京のような訳あり人も使える廓なのである。
落ち合う刻限まではあと二刻ほどだ。適当な茶屋へ入り、茶を戴いてからゆくのもよいかもしれない。
あとは楼主への心付けも一応、十両ほど包んできていたが金子だけだと、やや無粋だろうから近頃、廓で評判といわれている南蛮かすていらを購うことに決める。
脳内でそう、考えを巡らせ左京は大門のある方角へくるり、と身を翻した。かすていらを扱っている店は大門を入ってすぐのところにある。
***
大門へと歩くこと数分が経過し、その場所へ辿り着いた。
大門を入り、すぐのところに一際目立つ人だかりができている出店が左京の目的とする、かすていらを取り扱う南蛮菓子店だ。
かすていらを目当てに来る客はいずれも大店の若旦那、もしくはご隠居など懐に余裕のある人のみだった。贔屓の遊女へ差し入れるためだ。
人だかりが出来ている要因はおそらく、かすていらの形を整える時に出る切れ端を一袋十文と破格の値段で売っているからにちがいない。よくよく見れば、かすていらを購入する列と切れ端を購入する列に別れていた。
早速、かすていらを購入する列に並んだ左京は、ちらりと前方へ視線を遣る。
(私の目の前の者で、八人順番待ちか。茶を一服、飲む時間は無さそうだな)
そう、思案に暮れている間に左京の目の前にいる人間は徐々に減ってきていた。この調子でいけらあと三人ほどで順番が来るはずだ。