「ちか先輩ってさあ、」
相棒の唐突なつぶやきに少女は軽く首を傾げて視線を向けた。明るいショッキングピンクのメッシュを入れた髪がそれに合わせて揺れる。自律・自学を掲げ、その通りに自由な校則を是とするこの学び舎にそれを見とがめる者はいない。
「背高くていいよね。マジで思う」
「まあ……踏み台いらねえよな」
「それ超便利じゃんわかる。バイトのとき私だけ踏み台超必須アイテムなんだもん」
「……それだけで?」
淡いピンクブラウンのふわふわした髪を揺らしながら少女は笑った。
「……さっすがこうちゃん」
「お前と何年一緒にいると思ってんだよ」
「えー? 三年と二か月十二日」
「……なあ、ものよ、それマジであってんの?」
「んー、わかんない!」
ものよと呼ばれた少女は明るく笑う。太陽みたいにきらきら、そう誰かに言われた笑顔そのもので。けれど三年と何か月何日を共にしてきた相棒は軽く鼻を鳴らして答えた。
「……ま、オレも羨ましいけどさ」
「えー?」
「たぶん、お前と同じ理由で」
二人とも口にしたことはなかった。できる限り思考の外に追いやりたいものだった。でも、それでも無視はできない。いつかはきっとぶち当たるものだ。一緒にいることを望み続けるのならば、絶対に。
「……ちか先輩とれん先輩、来週から休むんだってさ」
「……らしいな。聞いた」
「ほら、二人とも十八歳だから解禁なんだよ。いろいろと」
「いろいろと、なあ」
「どーすんのかなあ、家? 気まずいか。でもホテルって普通にお金やばくない? 私のバイトの何か月分?」
「そういう前提なのかよ」
「そういう前提だねえ。だってきついっていうじゃん、アレ」
――まあ、私たちには一生わかんないことだけど。
そうものよは呟いて、窓の外に視線を向けた。こうずは静かに息を吐く。
「……本当にな。わかんねえよ、そういうのは、きっと」
「だよねー。……なんか、まあ、うん、その方が幸せだーっていう人いるじゃん」
「かもな。……うん、そうなのかもな」
ヒートの苦しみも番を持つ喜びも苦しみもわかりようがない。なぜなら二人はベータで、それらの事象には一切の関係を持たない性別なのだ。生まれながらにそう決まっている。二人が外見上女性の見目を持つことと同様に決まっていた。だからどうしようもなくて、だから二人とも決定的なことを口にすることはなかった。認めてしまうようで怖いから。相手に拒絶されて当然のその感情を、認めたくはなかった。だってこの世界でそれは普通じゃない。
「ね、こうちゃん。……帰りになんか食べに行こうよ。お腹空いちゃった」
「だな。……オレも。なんかガツっとしたもの食べたい」
「じゃあ……どうする? ファミレス? それとも……」
「ラーメン行こうぜ。駅前のとこ、チャーシュー追加無料クーポン持ってんだけど」
「え、それ超いいじゃん! 行こ行こ!」
「タピオカとパンケーキはいいのかよ」
「今日はお休み! いいのいいの!」
だから今は気づかないふりをさせてほしい。自分のこの気持ちも、相棒の気持ちも、そのどちらにも。
『どうか許してね、わたしの××よ』
貞宗ものよ×貞宗こうず
***
「ちかとれんが来週から休み? どうしてよ」
「それはあれよ、ほら、ね?」
「……そういうこと。……わかるわよそれくらい」
「十八歳以上、ヒート期間外」
「はあ?」
「ほら、認められる要件よ。性行為の同意が」
「きゅ、急になによ!」
「ほらあ、オメガの人って、ヒート期間に入るときは信用できる人以外近づけないようにしなさいっていうじゃない? れんちゃんなんかその期間になると専用の施設に籠ってたそうだし」
「まあ……いろいろと大変って聞くけど。急にどうしたのよ」
「んー? そうね、まあちょっと気になっただけ。だって、同級生じゃない。ちかちゃんは生徒会の仲間でもあるんだし」
「れんも最初は生徒会だったのに……」
「しょうがないわよ。オメガのヒートを考えると学校生活の負担を軽減しなくちゃやっていけないわ」
「……分かってるわよ」
「わたしねえ、らいこちゃんがオメガなら良かったのにー、って思ってたのよ」
「一目見たときからあなたのこと、好きになったの。中身を知ったらこれがびっくり、もっと好きになっちゃったの。……あなたがオメガなら良かったのにって、そう思ったわ」
「……それならオメガの子を探せばいいじゃない。あなたが声掛けたら喜んでっていうオメガならいるでしょ」
「それじゃ意味ないわよ。わたしはオメガの女の子じゃなくてらいこちゃんがいいんだもの」
「……私はアルファよ。あなただってそう」
「ええ、そうよ。これは変えられない。それでも思っちゃったのよ。らいこちゃんがオメガなら、って。……昔のことだけどね」
「……今は違うっていうの?」
「ええ、そうよ。……れんちゃんの大変さを知ってからかしらね。想像の中だけとはいえ軽々しくそう思えなくなった」
「んー、わたしの大事ならいこちゃんにそういう大変な思いしてほしくないのがひとつと」
「誰がわたしの、よ」
「ふふ、可愛い。……もうひとつはわたし自身の問題ね」
「わたし、きっとちかちゃんにはなれないわ。なんだか、それに気づいちゃったの。それからあんまり思わなくなったわ。あなたがオメガならって」
「……そう」
「あ、でも安心して? あなたのことはずっと大好きなのよ、らいこちゃん」
「それはいらないわよ! ……まったく、ちかがいない分あなたにも生徒会の仕事してもらうからね」
「えー、もう、らいこちゃんったら冷たいけどそういうところも可愛いわよねえ」
「……ちかになれなくたっていいじゃない」
「え?」
「……ちかになれなくても別にいいでしょ。私だって他の誰にもなれないんだから」
「そうねえ。……ええ、そうよね。らいこちゃんは優しいわね」
「別にそういうのじゃ、ないから」