「結婚したんだ」
そう言ったのは誰だったか。いや、今言ったのは自分だけど。
昨日も言われたのは確かだった。
昼間に入った食堂で、店主が本日の日替わり定食を盆に乗せて差し出しながら、それはそれはとてもいい笑顔で沖田総悟に言ってきた。
「隊長さん、結婚したんだ?」
何と答えたのかは覚えていない。へぇとか、はいとか相槌を打っただけのような気がする。
そして今朝、見慣れない天井を見上げてそう呟く。
そうだ、俺はチャイナと結婚したんだった。
嘘みたいな本当の話。見慣れない天井と見慣れない部屋。真新しい布団と真新しい畳の匂い。
先週、江戸を上げて、まさに晒し者の如く披露宴をあげ、沖田総悟と神楽は夫婦になった。
それなのに攘夷浪士たちは狙ったかのようにテロを企て、白いタキシードに刀を差し真選組一同現場に走る。
レンタルだったタキシードは白から赤になってしまったから、買取決定だろう。新郎側は殆ど出払って、後は新婦側の宴会となったらしい。
それを聞いたのは翌日の昼過ぎ、屯所の元自室だった場所で嫌々書類を書かされている時に、山崎が教えてくれた。彼も一緒に現場に行ったはずなのに、どうして知っているのかは分からない。
一刻も早く、神楽に会いたかったけれど(そんな事は口が裂けても言えないが)、土方がこれを書けば2日ほど有休をやると言うので大人しく従ったまでのこと。
それなのに。残党狩りだったり、神楽も宇宙に何かをハントしに出てしまったりで、結局結婚式から1週間程経って、漸く新居へと引っ越してこれたのだった。
荷物はお互いそれ程無かったし、新しい家具は運び入れてもらったから、この家に入った事すら少ない。なので自分の家という感覚は無いに等しかった。どこかでお泊りさせてもらっている。そんな気になっていた。
だから目を開けて、自分がどこにいてどんな状況なのかを把握するまでに、確認作業が必要だったのだ。
昨晩は7時頃仕事を終えて、この家に帰ってきた。それも帰るというより行く、という感覚に近い。これからは毎日こんな日々が続くのだ。屯所は職場で、自宅から通う日々が。そんな事をボンヤリと考えながら歩いていたら、道を一本間違えていた。家に帰れなかったら土方のせいだ。
一応玄関の表札を確認する。『沖田』と書かれたその文字に、何とも言えない気持ちになって思わず緩んでしまった口元を咳払いで誤魔化した。誰も見ていないけれど、こんなのをあのクソアマに見られていたら永久に揶揄われてしまう。あ、あのクソアマというか、うちのクソアマか。また咳払いで誤魔化した。
玄関を開けたら、スリッパの音がパタパタと鳴って、
「お、おかえりアル」
と照れて迎えた新妻チャイナ。照れというものは伝染するもので、
「たでーま」
と言った声があまりにも小さくて自分自身に舌打ちを落とした。しかしこの空間に当然ながら第三者は存在しない。そして玄関で固まったまま数秒。
「上がらないアルか?」
一足先に復活したのは神楽だった。
「上がる」
先ほどよりは大きな声で、沖田は革靴を脱いでウサギの顔が付いた歩きにくいスリッパを履いた。
結婚するに至って、破天荒な二人にしては珍しくお付き合いを経た。だから沖田が万事屋に神楽を呼びに行く、そんな時も勿論何度もあった。最初の頃は神楽も緊張していたようだが、次第にパジャマに寝ぐせだったり、まだ寝ていたりとそんな具合だったのに。
先ほどの出迎えた神楽は付き合った当初を思い出させるような初々しさがあった。しかしここにはソファーに寝転ぶマダオや、働き者の眼鏡は居ない。白い犬は居るが。
どれだけイチャついても誰の目も気にしなくていい事に、沖田は今更ながら気が付いた。そして一足先に居間に入った神楽の背後から抱きしめた。大仰にビクリと肩を揺らした神楽の首筋に鼻先を埋める。目一杯息を吸い込めば、いつもの好きな神楽の匂いの中に、この家の匂いがした。
いつか沖田も同じ匂いがするようになるのだろうか。
「ご飯、出来てるアル。米は炊いたネ。おかずはちょっと上手くいかなくて……新八とババァにお裾分けしてもらってきたネ。だから味は保証するアル」
身体に巻き付いている沖田の腕を、ポンポンと叩きながら神楽は言う。沖田が帰り道が慣れなかったのと同じように、神楽も慣れないことが沢山あるのだ。
一緒にちょっとずつ、それが当たり前になればいい。
「別に味なんて何でもいい。焦げてもいいから出せよ。生肉はちょっと腹壊しそうだけどな」
「……そーアルか。じゃあオマエもモダモダせずにとっとと家に帰ってこいヨ。ヘタレが」
神楽にはお見通しだったらしい。
実は書類なんていつも誰かに押し付けてやっていなかった。披露宴の後、突入して捕縛してしまえば沖田はここに帰っても良かったのだ。神楽と結婚したということに現実味がなくて、それなのに夢だったら嫌で。
沖田は現実逃避をしてしまっていたのだ。いい加減それが通用するわけもなく。意を決して慣れない道を歩いてきたのだった。
「夢オチだったらどうしよう」
「安心しろヨ。こんなにプリチーな私が幻なワケねーダロ」
「確かに本物だわ」
そう言って回した手で随分大きく育った膨らみを鷲掴む。沖田の手に馴染んだその柔らかさと温もりは安心感を与えてくれた。一頻り揉んだ後、ペシリと頭が叩かれて、
「いいからご飯食べるヨロシ」
ちゃぶ台の前に座らされたのだった。
こうして一週間遅れで初夜を迎えた。うん。ちゃんと覚えている。食事の時に酒を飲んだが、緊張からか逆に全く酔えなかった。だから神楽の温もりだとか感触だとか、しっかりはっきりと覚えている。
そしてようやく沖田は横に神楽が居ないことに気が付いた。まさかのここで夢オチとか。沖田はヘタレだがそこまでではない。だって先ほどから焦げた匂いがずっとしている。それが現実だと教えてくれているようだった。
多分、パンを焦がしている。そんな匂い。
沖田は布団を畳んで押入れに仕舞い、乱れた寝着を整える。それから焦げた匂いを辿って台所へと向かった。
「あ……」
「いいから、それで」
レトルトのご飯パックを開けようとしている神楽の手を取って、皿の上に乗った黒すぎるトーストを指さした。
「だって焦げちゃったアル」
「別にこれくらいだったら食えないことはねェよ」
皿を持って居間へと入った。ちゃぶ台の上には牛乳とゆで卵と、大きめに千切られたレタスの入ったボウルが置いてある。これにご飯は、ちょっと合わない。多少焦げててもトーストのがいいだろう。
沖田が皿を置いて座れば、神楽も焦げたトーストを手に持って向かいに座った。
「「いただきます」」
焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった。
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タイトル未定
初公開日: 2020年05月04日
最終更新日: 2020年05月04日
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コメント
ししまるこの沖神のお話は
「結婚したんだ」という台詞で始まり「焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった」で終わります。
#こんなお話いかがですか #shindanmaker
診断メーカーで出たお題で書いてみようかと思います。