〈彼の寝顔〉謙信様
その日の朝、葵がいつものように起きると、慣れ親しんだ温もりが隣にあった。寝ぼけ眼でいつものように擦り寄る。が、反応はない。
「ん……?」
ぼんやりとその顔を見つめると、謙信様がすうすうと寝息を立てていた。
柔らかい月光を閉じ込めたような色の髪が朝日に照らされてきらきらと光っている。
謙信様の寝顔はかなり希少だ。本当にお忙しい方だから、いつも私より遅い時間に寝て、私より早く起きる。一緒に布団に入っても、謙信様は私をあやすのが上手いからいつも先に寝落ちてしまう。
だから、こうして寝顔を見れるのは久しぶりでとても新鮮だった。恐ろしく端正で綺麗なお顔は今は無防備であどけなく、いつも優しく私を見つめてくれる二色の双眸は、今は閉ざされている。
「ん……」
「!」
謙信の瞼が小さく動いたのを見て葵は反射的に目を閉じた。間もなくして隣の温もりがもぞもぞと動き、謙信様が起きたのが窺える。
……どうしよう。別に目を瞑らなくてもよかったのに、反射的に閉じてしまった。
いつ開こうかとドキドキしていると、ふと、謙信様の手が私の腰を撫でた。ぴくりと体が跳ねる。
大きな手はそのまま背に回り、その人はまだ少し寝ぼけた様子で私を抱き寄せた。
「……っ」
うっすらと目を開くと、視界いっぱいに綺麗な首筋が見えて心臓がきゅんと疼いた。謙信様のにおいが胸いっぱいに広がって、心が幸せで満たされる。
……いい加減起きよう。それで、「実はずっと起きてました」と白状して、謙信様に目いっぱい抱き締めて貰いたい。
葵は顔を上げて、口を開こうとした。……その瞬間。
「ひゃ……っ」
思わぬ刺激に甘い声が零れた。謙信様の指が、私の顎の下に触れたのだ。その人はまだ寝ぼけた様子で、ウサギを愛でる時のように私の顎の下を緩く撫で続ける。
どれくらいそのままでいただろう。顎の下を撫でていた指が首筋やうなじに行き、やがて戯れるように耳を撫でた瞬間、とうとう耐えきれなくなって葵は謙信の腕に触れた。
「あの、謙信様……っ」
「ん……? ……起きていたのか。おはよう」
「おはよう、ございます……」
朝特有の低く掠れたその声は、私の耳に心地よく響く。大好きな二色の目が私を捉えて、ようやく朝の挨拶を交わした。しかし謙信様は私を撫でるのを止めない。
「あの……っ、私、ウサギじゃないですよ……?」
「そんなこと分かっている」
「えっと、じゃあ、これは一体……」
思わず頬を赤く染めながら問うと、謙信様の親指がおもむろに私の下唇をなぞった。
「俺はいつも愛らしいと思った時にお前を撫でている。だから今も撫でたまでだ」
至近距離で直球な言葉を囁かれ、体の体温が一気に上がった。
どうしよう、何も返す言葉が思い浮かばない。
真っ赤な顔を隠すように謙信様の胸に縋ると、謙信様の低い笑い声が褥の中に小さく響いた。
終