入間が悪魔のトモダチと知り合って、まだ日が浅い。
過ごした期間は半年足らずしかなかったが、その僅かな時間はかけがえなく、いつまでも彼らと過ごせるものだと思っていた。
入間のトモダチは何人も存在する。その中でも突出して仲が良かったのは日の光を浴びたら黄金にも煌めく美しい桜色の頭をした青年と、個性豊かな悪魔たちの中でも突出して破天荒な萌黄色の長髪を靡かせる少女であった。ふたりは四六時中、入間の隣を陣取った。自由を好む悪魔らからしたら、そんなふたりの動向は煩わしいものにしか映らない。けれど、入間は人間で、これまでまともなトモダチがいなかったため、しつこいくらいに一緒にいてくれるふたりの存在はとても嬉しかった。
ふたりが微笑むと、世界が華やいで見えるのだ。
桜色の悪魔の笑顔は満開に咲く春の花のようであったし、萌黄色の悪魔の笑顔は大地にさんさんと降り注ぐ春の日差しのようである。心がほかほかと温かくなるような笑顔を携えて、愛おしそうに自分の名前をたっぷりと呼んでくれる存在をどうして疎ましく思うだろうか。たまに「アレ、面倒くさくない?」と心配する悪魔がいるが、その度に入間はそんなはずがないだろうと心の中で強めに否定しながら、やんわりと首を横に振った。
これからも、変わらず暖かな春を連想させる悪魔たちと、健やかに、楽しく、過ごしたい。
そう思っていたのに、世は非常である。
日が傾きかけ、ありとあらゆるものが橙に染まった通学路。いつものように入間はふたりの悪魔たちと共に帰路についている。傍から見たら、普段と変わらない光景である。しかし、いつもとは大いに状況が違った。
「わんっ!」
桜色の悪魔がいつものようにニコニコと気持ちのよい笑顔を湛えて、元気に吠える。その頭には毛髪と同じ色の短い毛に覆われた大きな犬耳(魔界にも犬という存在は周知されているらしい)が聳えている。入間の言動を何一つ逃すまいと、大きな耳は前に横にと忙しく動いている。合わせて臀部からはふさふさの毛足の長い尾が垂れており、それを萌黄色の悪魔は目で追い、体全部を使って追いかける。尾を追いかけられるのが煩わしいのか、たまに犬の尾が小さな顔を真正面から叩く。
入間は思った。
これまで何度もビックリすることはあったし、途方に暮れることもあった。
一通りビックリしきったと思ったけど、まだまだ驚くことがあるんだな。
ちょっとだけ、入間は疲れていた。
**
大袈裟な導入から入ってみたが、実際のところ、あまり大きな問題ということでもない。入間が魔界で人間だとバレることと比べたら大した話でもないのだが、いや、そうでもないよね、と思い直す。結構、大変なことになっている。
さて、時間を少し巻き戻す。
事の発端は、魔術開発師団に一緒に開発実験をしないかと話を持ち掛けられたことである。魔術開発師団とは、同じクラスのトモダチが所属していたり、魔具研究師団が休止中に部員のひとりを受け入れてもらったりと何かと縁がある。そのため、話はすんなりとまとまり、魔術開発師団と魔具研究師団で共同実験を行うことになった。実験内容は、魔術開発師団が開発した魔術を魔具研究師団が準備した道具に付与するというもので、結果が良ければ次回の師団披露会で発表も視野に入れようという話になっていた。
実験は順調に進み、魔術開発師団が練り込んだ魔術を液体化させ、魔具研究師団が準備した魔具に注入する手前で事件は起こった。
大した事件じゃないと言われたらそこまでなのだが、魔術開発師団のひとりが転んだのだ。豪快に。
それが何もないところで起きたことならば、惨事になることはなかったのだが、運が悪いことにその液体がぶちまけられる軌道上に入間は立っていた。入間は優れた危険機器回避能力を持っている。そのため、不意の事故でもこれしきの事を避けるなどわけない。しかし、この時は隣に彼に忠誠を誓ったトモダチことアスモデウス・アリスがいた。アリスは入間よりも身体能力が優れており、瞬発力も彼より優れている。だから、入間が危機から避けようと動くより先にアリスの身体は動いた。
その結果、入間を庇おうと彼の身体を抱き込んで助けたアリスに魔力が練り込まれた液体がすべてかかった。
あたりは騒然とする。庇われた入間は、その瞬間、何が起きたかにわかには理解できなかったし、アリスの純白のジャケットが泥水のようなもので汚れているのを目の当たりにして言葉を失った。広範囲に渡って染みている液体が、じゅうじゅうと鉄板の上に垂らされた水のような音を立てて背中へ染みていく様をただ見ることしかできない。すぐ真上で、額に玉のような汗を滲ませて、アリスが苦悶の表情を浮かべる。何かしなくてはと手を伸ばそうとしたところで、入間からアリスの身体を何者かが剥ぐ。
「先生を呼べ……!」
緊急事態に、いち早く動いたのは魔術開発師団の団長で、彼は大声で叫ぶと手際よくアリスのジャケットをはぎ取り、シャツも乱雑に剥く。その声に触発されて、室内にいたメンバーも慌ただしく動き始める。彼らはぐったりとした身体を抱えると、一目散に師団室の奥にある個室にアリスを運び込んだ。その間、入間は呆然とすることしかできなかった。
「あの、あの……!アズくんは……!」
「とりあえず、命に別状はないよ」
「そうですか……」
「よかったぁ……」
「でも、困ったことになってて……」
「アズくん……?」
「わんっ!わん……!」
「えっと……これは……?」
「君たちも知っている通り、今回の実験は使い魔以外の魔獣も上手に手懐けられる首輪をつくることだったじゃないか」
「はい……」
「その魔法が暴走して」
「はい」
「彼の中身が魔獣化した」
「なぜ?」
「やっぱり、入間君には懐くみたいだな。さっきまで誰が声かけても言うことを聞こうとしなかったから困っていたんだよ」
「そうなんですか……」
「それで、入間君。これ」
「なんですか?これ……」
「お役立ちアイテム。とりあえず、君の手からアスモデウスにその首輪をつけてあげて」
「でも……」
「いいから」
「えっと、アズくん、ごめんね」
「くぅん……?」
「つけました」
「よし、じゃあ、入間君。彼におすわりって言ってみて」
「お、おすわり!」
「わん!」
「お手!」
「わん!」
「おかわり!」
「わんっ!」
「……ってことができるようになる」
「あぁあ、ああああ……」
「え~~いるまちいいなぁ~~、私もやりたい」
「悪いけど、これは首輪をつけた悪魔しか支持ができないんだ」
「ケチ!」
「あの……、それで、これからどうしましょうか……?」
「俺たちは彼の犬化を治せるよういろいろ調べてみるよ、それまでアスモデウスには自宅療養……」
「わぁう!わんっ!」
「……してもらった方がいいけど、君から離れないね……」
「困ったなぁ……」
「あの!しばらくの間、僕がアズくんの面倒を見ます!」
「え?」
「元はといえば、僕を庇ったせいだし……」
「いや、アスモデウスが勝手に庇っただけで、何もしなくても入間君は逃げられた……」
「なので!責任をもって僕がお世話します……!」
「まぁ……、入間君がそう言ってくれるのなら……」
「アズくん、僕と一緒でもいい?」
「わんっ!」
途中でプロットみたいになってしまった、今日はここまで!
お疲れさまでした!
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