はじめるよ!
周りを見渡すと気まずそうにしている者もいるし、興奮気味にそわそわしている者もいる。逆に落ち着いてそれを聞く者もおり、入間はぼんやりと個性が表れるなと思った。
魔界には、性教育というものがあるらしい。
人間界にも同じものがあったのだが、まともに学校に通っていなかった入間はそれをしらない。だから、入間にはそれは魔界特有の授業と勘違いした。悪魔は自由奔放で、好き勝手に行動して、稀に周りを見られないことがあるから、そういった授業を行っておかないと大惨事になるのだろうと納得をしたのである。
授業の担当は空想生物学の授業も担っているバラム・シチロウで開始から淡々と注意点と事実だけを語っている。生物全般が好きなバラムは変に照れることも、揶揄うこともなく、ごくごく真面目だ。だから、授業がはじまるまで教室に充満していた空気はすぐ変わった。全員が黙って、静かに、話を聞いている。
入間はどこまでが人間と同じで、どこまでが悪魔特有の話なのかはかりかねていた。おおよそ人間と変わらない気もするし、まったく人間にはない行為もあるような気がする。うんうん悩むと頭の中に何日か前の夜のことが思い返される。逃げようとしていないのに、シーツの上に力なく投げ出された手をキツく握りしめられた感触まで蘇ってくる。背中にベッドわきに置かれたベッドライトの淡い橙色の光を浴びて、ギラギラした目で見下ろしてきた恋人の表情はとても艶やかだった。暗がりでも目元を赤く腫らせていたのが分かって、恥ずかしくなったし、嬉しくなったのだった。
……ではなくっ!
恥ずかしい映像が思いの外に鮮明に思い起こされて、慌てて首を横に振る。窓なりで授業を聞いていた張本人はその様を見て、不思議そうに眼を瞬かせている。それがまた恥ずかしくて、入間は集中しろと自身に言い聞かせながら黒板を注視した。バラムの書き連ねた授業の内容に集中しないと、また、変な気が起きてしまいそうだ。
すると、カツン、と、チョークが黒板を叩く音が室内に際立って響く。ちょうど、何かを書き終えたところらしく、入間はその文字を齧りつくように見つめた。
「はい、性行為をするにあたって、避妊することは大切だけどもうひとつ大切なことがあります。結構、問題になることが多いから皆さんも気を付けてくださいね」
齧りつくように見つめた文字が「噛む」という近い言葉ということに少し驚いてしまう。噛むことが注意とはどういうことだろうかと入間は首を捻った。しかし、少し遠くに座るリードはそれに「あぁ」と、納得した面持ちをしているし、他のクラスメイトも似通った表情をしている。
分からないという顔をしているのは入間だけで(カムイだけは嫌悪感たっぷりにそれを眺めているのだが)目敏くそれに気づいたバラムは僅かに目を見開いたのち、チョークで軽く板面を叩いた。
「知っている人は多いけど、改めてちゃんと話しておいた方がいいからね。悪魔はひとつの物事に執着するきらいがある。目の前しか見られず、集中しすぎて、自分のものにしようと相手のことを噛む事案が非常に多い。まぁ、ちょっと噛むくらいは本人たちの自由だし、止めることはないと思うけど、たまに肉を食い千切るものもいる。それで病院に搬送された事案は少なくなくて、今でも月に二回は報告があるらしいよ」
バラムの語った内容をうっかりと想像した入間は肩を縮こまらせた。ゾクゾクと背筋に寒気が走る。青くなる入間を置いてバラムは、詳しくは教科書を見てねと教科書を叩きながら言葉を添える。それに慌てて入間は教科書を覗き込んだのだが、そこにはここ数年の病院搬送データがグラフで示されており、バラムが語ったことが誇張表現ではないことを知らしめている。入間は思わず、うわぁ、と、言いかけたのだが、バラムはさらに話を続ける。
「これでも、減ったんだけどね。君らも性行為して相手を殺しかけましたなんて言いたくないと思うけど、僕も教え子がそんな事件の起こしましたとか嫌だから、ちゃんと注意するんだよ」
彼が数式の要点を教えるかのように話すから、教室のところどころで上がる返事は軽い。その軽さからもそれは魔界の常識であることが窺える。しかし、入間はそれに少し引いてしまった。
魔界のセックス、怖い
心なしか指先も冷えてくる。
しかし、けれど、そういえば
入間はとあることに気づき、途端に真顔になる。悪魔同士のセックスは過激で、苛烈ということはよくわかった。それは悪魔特有のものなのだろう。けれど、入間は激しいセックスをしたことがない。入間の相手であるアリスはいつも壊れ物を扱うように、優しく、恐々と触れてくるのである。そろそろと伸ばされる指は不安げで、肌に触れた瞬間にホッとして力が抜ける。肌に彼の熱が吸い付いたのを確認してから、顔を上げると薔薇色の瞳をはちみつのように蕩けさせていて、入間はそれに自分が愛されていることを毎回自覚させられた。
しかし、それはまったく悪魔らしくない。
もしかしたら愛されていないかもしれない……と、いうことはないと思うが、でも、悪魔の本能を剥き出しにして欲をぶつけられていないことに入間は胸がずんと重くなるのを感じた。視線を落とすと開きっぱなしにしていた教科書の一ページが目に入る。件の「噛む」ことについて記述されたページだ。
指の下に書かれているのは、感情の高ぶりによって相手を噛んでしまうのは仕方ないという文面で入間は無意識にシャーペンを握る手に力を込めた。
今日はここまで~~~
ありがとうございました!次からスケベだ!
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