とにもかくにも、スネイプはこの目の前の現状をどうにかするしかない、と本日数度目の長い溜息を吐いた。
成人を迎え、魔法省に入省を決めた、前途有望な元教え子と卒業後にまでかかわるなど、スネイプ自身は想像したこともなかったし、彼女とて同じだろう。
それでもその才女が自分を訪れるのだから、それが誰のせいなのかなどということは、想像するよりも容易いのだ。
美しくなった、と誰が見ても思うだろう彼女はどうにか魔法省の役人としての顔を取り繕おうと何度も唇を噛みしめていたが、その努力も空しく目尻から小さな涙がころり、と落ちた時には遥か昔に封印したと思っていた心なるものが、ぎしりと鈍く音を立てたような気がした。
彼女が言うには、かの英雄殿はある日を境に若返り始めたのだという。
それは、逆行というよりも退行と呼ぶのがふさわしいと思われるそれであったらしく、成人を迎えどうにかあの小枝を彷彿とさせるような弱弱しい体に近づいているのだそうだ。
年相応と呼べる体つきに変わったはずの彼の体が、クィデッチやらなにやらで育てられたあの伸びやかな四肢が、少しずつ、だが確実に縮んでいるというのだ。
それは、体だけではなく、どうやら思考にも影響を与えているようで、記憶自体は彼のままであるのだが、例えば言葉の使い方であるとか、短気さであるとかが、明らかに幼くなっていっているのだという。
そしてその邂逅の数日後、引きずるように連れてこられた英雄殿は、見たところ恐らく、15,6歳であろうと思われた。
「・・・ご無沙汰してます、教授」
おずおずとこちらを見上げる翡翠は、いつもこちらを睨み付けるように見ていた勝気なものではなく、ふらふらと左右に不安げに揺れる。
「大体はグレンジャーから聞いたが・・・本当に縮んでいるのだな」
「縮んでって・・・なんか言い方が気になりますけど」
むっとしたように眉間に皺を寄せ、こちらを見上げる目が、見慣れたものになったことで、ふと詰めていた息を吐きだした己に気づいて、ぐっと自分に眉間の皺が深くなるのを感じた。
何故、自分が、緊張しているような、居心地の悪さを感じなければいけないのか。
「事実は事実だろう。元から大してない身長がより縮んで、」
「なっ、誰でも貴方みたいににょきにょき伸びるわけじゃないんですよ!」
「ほう、貴様は我輩をそのように見ていたのか」
「うっ・・・」
こちらがいつものようにぎろり、と見下ろせば、彼も同じくびくりと肩を震わせて視線を逸らす。
かつてを彷彿とさせるような、子供じみたやり取り。
「教授、先日は突然お邪魔してすみませんでした。・・・ドクター、とお呼びしたほうがいいのかしら?」
「どちらでも構わぬ」
入れ、と一歩片足を引いて促せば、丁寧に挨拶をした彼女の後を、きょろきょろと落ち着きなく見まわしながら、尻すぼみの挨拶をして彼も進む。
応接間、なんていうものがあるわけではないので、広いとはいいがたいリビングで彼らにお茶を出し、向かい合わせに腰掛ける。
「原因に心あたりはあるのかね」
「あったら苦労しません」
いっそすがすがしいほどに言い切る姿に、グレンジャーと私の大きなため息が重なる。
「症状に気づいたのはいつからだ」
「ええと、2,3か月前ですかね」
その一言以降話そうとしない彼に代わって、グレンジャーが彼から聞いた仔細を告げる。
最初は本当に些細な変化だった。
朝、出勤の為にはいた革靴がなんとなく緩かった。最近働きづめだったし、浮腫んででもいたのが、ベッドでゆっくり休んだことでなくなったのだろうと思ったのだという。
それが、数日のうちに、毎日来ていたシャツの袖が長くなり、ジャケットの肩が合わなくなった。
ズボンのすそがすり切れるようになった。
その頃には、既に周りも異変に気付いていろいろと検査やらなにやらを受けさせられたらしい。
だが、一切原因の特定には至らず、あれよあれよという間にこの大きさになっていたらしい。
「見たところ、15,6といった具合だが、本人の体感としてはどうなのだ」
「・・・わかりません」
「そうですね、私も確かにそれくらいな気がします」
「ふむ・・・本当に心あたりはないのだな?例えば、任務中に魔法薬を被っただとか、呪いをかけられただとか、」
「ないですってば、しつこいな」
「ちょっとハリー!失礼でしょ!」
グレンジャーの制止をよそに、ぷい、と顔を背ける仕草は、なるほど確かに記憶をそのままに精神と肉体が退行していると言っていいだろう。
「期間から考えて、1か月に1歳~2歳ほど退行していると言っていいだろう」
「つまり、2年以内に解決しなければ・・・」
「それが最大だろうな・・・途中で退行が加速するとも、減速するとも、現段階では言えぬ。今まで詳細な進捗はとっておらぬのであろう?」
「ええ・・・まあ・・・」
頷きながらちらり、とぶすくれる彼を横目で見る彼女の瞳には、だから言ったのに!とでも言いたげな苛立ちと焦燥が見て取れる。
大方英雄殿は、大丈夫だの心配ないだのと根拠もなく言って、軽く見ていたのだろう。
その結果、退行は留まることなく進み、堪忍袋の緒が切れた親友にここに引きずってこられたというわけだ。
「体調は」
「・・・別に、変わりありません」
明後日の方向を見ながら答える彼に、腹の底からぐらぐらとした怒りが立ち上る。
「死にたいのか、お前は」
「・・・そんなこと」
「そうとしか考えられぬであろう。まともに問診にも答えず、体調も変化も申告せず、それでどうなる?このまま退行が進み、どこかで止まりさえすれば、まだいい。止まらぬまま赤ん坊にでも戻って、そこからどうなるのかわからんのだ。精子と卵子レベルまで退行するとしたら、貴様は胎児になった時点で一人では生きられず死ぬことになるのだ」
「・・・」
「まともに協力せず、このような緊急事態が解決すると思うのかね」
「・・・」
「それはつまり、死にたいということであろう」
突きつけるように、突き放すように言っても彼は握った両手にうろうろと視線を彷徨わせるだけで、言葉はない。
「グレンジャー、我輩に出来ることはないようだ。治る気のない患者を治す術を我輩は持っておらぬ。連れ帰れ」
「せ、教授、待ってください!ちょっとハリー!」
「いいじゃないか、帰ろうハーマイオニー」
「よくないわよ!どうするのよ!時間がないのよ!?」
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まだ何も決めていない
初公開日: 2020年04月28日
最終更新日: 2020年04月28日
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たぶんスネハリ