艶やかに咲き誇る大輪の花、或いは、煌々と燃え盛る太陽そのもの。
スカイフレアは、高みから全てを見下ろす女である。
優れた頭脳、卓越した知識と技術に隔絶的な才能、狐尾というグループの中でも中核にして頂点たる王の杖を担う一人であり、その能力は机上だろうと戦場だろうと冴え渡るばかりだ。
天を駆る炎熱、空を灼き切る陽を繰る彼女の姿は、どこまでも美しい。
崖の上で凛と咲き誇る高嶺の花のようでもあり、天上から等しく陽光を降らせる日輪でもある――それは、きっと誰もが一度は抱く印象であろう。
その身に纏う温度と苛烈なアーツとは裏腹な、瀟洒でいて冴え冴えとした言動も相俟ってか、お高く止まった小娘のように思われがちだが、本来の彼女はそこまで高圧的ではないし、無慈悲でもなければ冷酷でもない。どちらかといえば、その優秀過ぎる頭脳と能力故に、周りとの齟齬に思い悩み、苦心する、人並みなところもある少女だと思う。
……などと、知ったような口を利ける程、俺と彼女の接点は多くはないのだが。
直接的に言葉を交わしたのだってつい最近の事であり、それまで彼女のことを別世界の存在として認識していたのもあって、俺自身、未だにこの推測や予想を疑わしく思っているところがある。しかしながら、一度胸に巣食った確信や衝動というものは、なかなかどうして消えてくれやしないのだ。
ああ、この人の危なっかしくて愛らしいひとの為に何か――何か、してやりたい、と。
「スカイフレア様」
「何か?」
コードネームを口にすれば、澄んだ声音が短く応えた。
以前の立場ならば、決して有り得なかった距離と関係で、俺は彼女の傍に在る。それを喜ばしく思う反面、畏れ多いとも思うのも確かだ。決して相対することなどなく、一度も言葉を交わすこともなかった筈の彼女の傍らに控え、声を掛けることが出来るなんて、俺は一体どれだけの善行、或いは悪行を積んでしまったのだろうか。そんな贅沢な戸惑いは常に胸の片隅にあって、今この時でさえも、声を掛けても良かったのだろうか、という躊躇いとの戦いを制した上での行動だった。
「そろそろ、交換していただいた方が宜しいかと」
そっと視線を手元にずらして、腕に掛けていた外套を差し出す。
「まだ平気ですわ」
「万が一があっては困ります」
「自分の事ですもの、見極めくらい出来てよ」
「袖口辺りが怪しくなっていますが」
「……貴方、過保護ではなくて?」
そうは言っても、袖口が溶け始めた頃合いで耐熱素材の繊維の溶解が一気に加速していくと最近理解した身としては、今の状況は看過出来ない。それこそ、身動ぎの具合ひとつで連鎖的に衣類の劣化が進んで――
「あ、」
ぱさ、とスカイフレアの下腕から袖の名残を残した布切れが抜け落ちる。床に落ちた耐熱素材は高温に晒されてすっかり劣化していて、もはや衣類としての役目を果たすことは難しそうである。言った傍からこれなのだから、そろそろ胴周りや上半身の辺りも危ういのではないだろうか。
「スカイフレア様……」
「……分かりましたわ。貸しなさい」
外套を掛けた腕を丁寧に差し出せば、熱を帯びた指先が耐熱素材を手繰り寄せて持ち上げる。彼女の体躯をすっぽりと覆うサイズの黒衣は、今揃えられる素材を縒り合わせて作られた、耐久維持の効率を上げる配合を模索している最中の試作品だ。ロドスの技術部は他の移動都市と遜色ない技術力を有している為、その辺りは安心して丸投げしている。
こうして外套を渡して羽織ってもらうのは、彼女の身体から意図せず発せられる高温度によって溶け落ちる衣服を補う為の応急処置ではあるけれど、我ながら良い妥協案だと思う。
(女性の衣服を持ち歩く男は流石に色々と駄目だからな……)
絵面的にも社会的にもだいぶ危ういので、男の俺が持っていてもおかしくない汎用性の高い色味の外套を使用している。そのお陰で、今日も彼女の肢体が衆目に晒されるという大事故は防がれた訳だ。年頃の女性が肌を晒すのは本人だって羞恥を感じるものだろうし、青少年の精神にも宜しくないし。何より、俺自身にも大変宜しくないのである。何せ相手は我らが天才・王の杖の才媛だ。狐尾の中堅グループに属する俺にとって、拝すべき存在であり、敬意と礼節を以って接するべき彼女のあられもない姿など見た日には、
(あらゆる意味で頭が沸いてしまう……)
ぞわ、と背筋に走った悪寒は、最悪の事態や自分の末路に対する危機感からくるものだった。彼女に対して尽くしたいと思う気持ちはあれど、妙な真似を仕出かす気は毛頭ないのだ。いや、そんな事をする前に彼女に焼き尽くされるだろうけれども。
腕から離れた高温に安堵をしながらも、大人しく外套を羽織る少女の背中を確認して、俺は眉根を下げて細く息を吐いた。