君のことなんか、好きにならなければよかった。ぎゅうときつく抱きしめてくれた時の体温も、好きだと言ってくれる声色も、落ち込んだ時に頭を撫でてくれる優しい大きな手も、知らないままならよかった。
とろけて消えてなくなってしまいそうなくらい甘い夜を過ごして迎えた朝に、環くんの寝顔を見ながら、この途方もないくらい大きな幸せがいつかなくなってしまった時のことを考える。むにゃむにゃと口を動かしながら、環くんは未だ眠っている。僕は頬杖をつきながらそれをずうっと眺めている。ぴくぴくと痙攣する瞼を見つめながら、いつかこの寝顔も見られなくなる日が来るのかもしれないと思う。そう思うと、やだやだと幼子のように駄々をこねたくもなるし、大声で泣きわめきたくもなる。実際にはしないけれど、気持ちの問題だ。こんな、わがままで格好悪い自分のことも知りたくはなかった。
「そーちゃん、おはよ」
寝ぼけ眼の環くんが僕を見て笑う。その笑顔が大好きすぎて、胸が苦しくて、泣きたくなる。
「おはよう、環くん」
おはよう、と言い返せばぐいと抱き寄せられて、環くんは僕の首元にぐりぐりと顔を押し付ける。
「そーちゃん朝からいーにおい」
「くすぐったいってば」
こんな幸せな朝を、あと何度過ごせるだろう。好きにならなければ、失う怖さも知らずに済んだのに。
「君のことなんか、好きにならなければ良かったよ」
環くんの胸板を力いっぱい押して体を離す。僕の精一杯の抵抗に、環くんは嬉しそうに笑うと「はいはい」なんて言いながらまた僕を抱き寄せた。
「俺はそーちゃんのこと好きになってよかったって思ってっけど」
後頭部を撫でられて、耳元で囁かれたら環くんの腕の中で僕の体はぶるぶると震えた。
「そーちゃんは?」
ちゅっと僕の唇に触れるだけのキスをして、環くんは僕のことなんて何もかもお見通しだなんて言いたげだ。
「僕もです」
あぁまた今日も、僕は負けてしまった。こんなに負けてばかりの自分も知りたくはなかったけれど、こんな負けなら悪くないとも思ってしまうのだった。