たまにこんな朝があるのは、いつからだっただろう。
二人ぶんの広いベッドの上で一人目を覚ます。二人で選んだ淡い藤色のカーテンからあたたかな光が差し込んでいる。すこし乱れたシーツの隣を見て、やはり彼が先に起きているのを確認すると、僕はまだすこしぼんやりとした頭を起こして普段づかいの眼鏡をかけた。
時刻は朝の七時。寝室を出た瞬間に感じる香ばしいにおいに導かれるように、彼のそばへと歩を進めていく。
「おー、そーちゃんおはよ」
「……おはよう」
まだ眠気が消えきっていない僕とは真逆に、爽やかな笑顔で僕と同じ眼鏡をした環くんが振り向いた。同じように笑顔で返せない。不機嫌な顔が隠せていないまま、環くんの立っているフライパンの前まで行って手元をのぞきこんだ。
ぱちぱち大きめの音を立てる厚めのベーコンと、目玉焼きが油の薄くひかれたうえで跳ねる。反射的にぐう、とおなかが鳴ってすこし恥ずかしい。聞かれていないといいな、と思いながら隣の環くんを見上げると、同時にふっと口角をもちあげていた。絶対にバレてる。
「今日は、ベーコンエッグとトーストな。準備するから、椅子座ってていーよ」
「うん……」
せっかくなので、お言葉に甘えさせてもらおうとおとなしくテーブルへ向かった。というより、恥ずかしさにいたたまれなくなったというのもあるのだけれど。
環くんの前だと、もっと格好良くいたいと思うのに、安心感にどうしても気が抜けてしまう瞬間がある。一度それを本人に伝えたら、「いいことじゃん、俺は嬉しいけど」と目を細めていた。
「ほい、お待たせ。んじゃー食べよ」
慣れた手つきで僕の目の前に並べられたごはんよりも、じいっと環くんを見つめていると、それに気づいた彼の手がおもむろに伸びてくる。
くしゃ、と一見乱暴に見える、それでいて優しく大きな手がまだ整えていない髪を乱して、現れたおでこにちゅ、と軽く口づけた。目を見開く僕の反応を不思議そうに見つめた環くんを、ただ見つめ返した。じわじわ、耳が赤く染まって視線がふいっと逸らされる。
「……ちゅーしてほしいのかと思ったんだけど、違ってた?」
「僕そんな顔してた……?」
「だって俺のことすっげー見てた、し……なんか、おねだりするときの顔だった」
「……そうか」
「いや、なに一人で納得してんだよ」
随分わかりやすく顔に出るようになったと思う。僕がわかりやすくなったのか、環くんが僕のことを理解してくれるようになったのか、どちらなのかはわからない。
照れを誤魔化すように、後頭部を雑に掻いた環くんが離れていようとするから、その腕をつかんで引き留める。
「どうせキスするなら、こっちがいいな」
こっちと言いながらわざわざ具体的に場所を伝えたりはしない。でも立っている環くんに対して顔を上に向け、求めている箇所を見せるみたいにして。察した環くんの顔が近づいてくる。
「……っ」
「…………あ、」
がち、と何かがぶつかって音を立てた。温もりとやわらかな感触よりも前に、目元への軽い衝撃。寝起きで眼鏡をかけているって忘れてた。完全にキスのタイミングを失って、数秒ほどお互いに目を合わせてまばたきを繰り返す。
「ふふっ」
状況を冷静に把握するうちに笑いが込み上げてきて、漏れた息が沈黙を破った。
「もー、なんか変な空気になっちゃったじゃん」
「じゃあ、眼鏡とってもう一回する?」
「あんた、それムードなさすぎ……」