「そーちゃん……」
環くんの顔が近づいてくる。どうしてこうなったんだっけ、何があったんだっけ。
頭の中は疑問でいっぱいだった。
たしか、環くんの部屋でゆったりと過ごしている最中だった。環くんはスマホでゲームをしていて、僕はその隣で本を読んでいた。同じ空間で違うことをするのが僕たちは好きなんだ。
それがどういう訳か、環くんとの距離が急接近している。
「ま、待って。環くん」
「やだ。待たない。そんな顔をしてるそーちゃんが悪い」
「訳がわからないよ」
必死に彼の胸板を押し返すけどびくともしない。それが筋力とか体格の差を見せつけられているようで、少し腹立たしかった。
「別に嫌がらなくたっていいじゃん。恋人同士なんだし、俺らしかいないし」
「そうだけど、そうじゃないんだ。心の準備っていうものが……」
「もう黙って」
再び環くんの整った顔が近づく。
正直に言おう。僕は環くんの顔が大好きだ。インタビューで「好きなところは顔ですね」と答えてしまうぐらいには好きだ。
自覚があるからこそ、心の準備が必要なのだ。好き顔が突然近づいていて、僕は半ばパニックだった。叫んでしまいそうだったし、ヘラヘラしてしまいそうだった。緊張でどうにかなりそうだ。大好きなロックスターやアイドルが目の前に現れた時みたいに、心臓がバクバクした。おかしい、相手は環くんなのに。いつも見慣れているのに。それなのに。
気を抜いていた僕に、彼の整った相貌は毒だ。
今僕はどんな顔をしているのだろう。きっと真っ赤なんだろうけど、変な顔じゃないかな。スキンケアはきちんとしているけれど、好きな人に「うわっ」って思われる何かがあったら一大事だ。どうしよう、逃げたくないけど逃げ出したい。今すぐ、鏡の前で自分の顔を確認したい。シャワーを浴びたい。準備を整えたい。好きな人には万全な状態の自分を見てもらいたいのに。
「わぶっ」
ちょっと間抜けな環くんの声。腕にずっしりとかかる圧力。気づくと僕は目を閉じてしまっていたようだ。慌てて目を開けると、さっきまで僕の視界を占領していた環くんはいなかった。その代わりに淡い黄色が広がっている。これは。
「……王様プリンさん」
「んー!」
ハッとして、手の力を緩めると、僕が顔の前にかざしていた王様プリンさんが重力に従って落下した。その向こうから出てきたのは、涙目で僕を睨む環くん。
「ひでーよ、そーちゃん!」
「えっ、えっと……」
「王様プリンを盾にすんなし! 息できなくなるところだった!」
僕はなんということをしてしまったのか。恥ずかしさとパニックのあまり、咄嗟に環くんの顔にぬいぐるみを押し当ててしまったようだ。我ながら危険すぎる。
「ごめんね! あの、大丈夫だった?」
「……まぁ、大丈夫だけど」
「ど、どれぐらいあの状態だったの?」
「一瞬だったけど、苦しかった!」
「ごめん、決して君を危険な目に遭わせるつもりじゃなかったんだ。ただ、ちょっとパニックになって」
「……ふーん」
環くんの機嫌は急降下だ。涙目で僕を睨みながら、頬を膨らませている。床に無残に転がっている王様プリンさんを拾い上げて、これみよがしにホコリを払い撫でる。露骨な拗ねていますアピールだけど、今回は全面的に僕に非があるから機嫌をとるしかない。
「ちゅーすんの、初めてじゃないじゃん。ちょっと、傷ついた」
「……ごめんね。何て言ったらいいか。気を抜いていたところに急に好きな顔が現れて、どうしたらいいかわからなくなってしまって。気付いたら手が勝手に」
「……好きな顔」
「あっ! いや、ちがっ……くないけど」
今日はとことんダメな日だ。言うつもりがなかったことがポロッと口から飛び出してしまって、顔が燃えるように熱かった。
「違くないんだ。そーちゃんこの顔、好き?」
環くんが自分の顔を指しながらニヤニヤと笑っている。今の発言で機嫌が直ったなら、怪我の功名なのかもしれない。
「そうだよ。僕は君の顔が大好きなんだ。だから不用意に近づけないでくれ」
自分でも呆れるような開き直り。今度こそ怒られるかなと思ったけど、環くんの反応は想像と正反対だった。
嬉しそうな顔が再び近づいてくる。またか、と身構えると軽い力で肩を押され、あっという間に僕はベッドに寝かされてしまった。僕の胸に押し付けられた王様プリンさんは、僕たちに挟まれてしまって、少し潰れていた。
「そーちゃん。ちゅーしていい?」
「……どうぞ」
心の準備をさせて欲しいと言った手前文句は言えないけれど、これはこれで恥ずかしい。
せめて目をつぶってと言う前に、僕の唇は塞がれてしまった。
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SS作成過程
初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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