『抜かせ戯言』
ちらほらと食事をとっている人はいるものの、料理人や調理場は見当たらず、包丁やフライパンの音、食べ物の香ばしい匂いも無い。挙動不審かもしれないが、辺りを見回す。
公安局本部の案内は帝塚監視官がしてくれるらしく、こっちが入り口だと呼ばれる。
「食堂は60階、そこのオートサーバで食べたい食べ物の選んで出来るのを待つだけだ。」
「オートサーバですか?」
「オートサーバは遺伝子組み換え済みの万能麦由来の加工食材、添加物を自動調理機械だ。万能麦に頼るしか日本国の食事は賄えない。」
「この時代じゃあ、ハイパーオーツという万能麦により国民の生活は保たれているそうだぜ?」
「米が主食だった時代は過去の遺跡なわけね、」
「一時、とある者によってオリザ、米が原料のクリアパスタが流通していた時期があった。あの時は本当に骨が折れた。」
赤信号なんて無いのにその場でぴたりと停止してしまった。時間がない、急ぐぞと廊下から聞こえる。
不測の事態はこれから起きてしまうのではなく、既に起きていた。
そもそも、最初に対峙したのは宜野座監視官、佐々山執行官だ。彼等はあの事件以降も生存していたから、私はもう一つの可能性に目を向けず、不測の事態はこれからだと判断してしまった。
違う、この世界線はシュビラがシュビラとして崇め奉られるように構成されているとしたら、納得しかない。シュビラに飼い慣らされていることに自覚しつつ従順な彼等を不測の事態による殉職以外は任期満了まで手元に置いておきたいはずだ。
例え、シュビラに新しく選出された人間が居たとしてその人間が必ずしもシステムに従順だとは限らないからだ。
50階の執行官官舎、46階の分析官ラボ、41階の刑事課、30階の独房を案内されてから、41階に戻る。私達のデスク、ロッカーを案内してくれるらしい。どれも私達の世界とは違う構造となっており、新鮮だった。一係の部屋に行く途中ですれ違った二係の青柳監視官、神月執行官と挨拶を交わした。勝気で頭の回転が早そうな女性と物腰の柔らかい青年だった。逆の性質を持ち合わせるからこそ気が合うのだろうか。仲睦まじい様子で廊下の向こうに消えた。
刑事課の部屋に入った時にあー!お前ら!あん時の!と騒ぎ立てる執行官に目がいく。中には本来いないとされる品の良さそうな壮年の平光執行官、髪の毛を染め、伸ばしている八握執行官の姿見えた。
「佐々山さんが煩すぎて呆れてますよ〜」
「ちげぇよ!こいつ、扇島で消えたやつなんだよ!」
「大体、人が消えるなんて、」
「静かに」
女帝と呼ばれているらしいぜ?とエレベータの中で耳打ちをしてきたお鶴の言葉通りだった。執行官の飼い主の彼女が静かにと言うだけで悪態を吐く執行官まですっかり黙ってしまった。
「本日付けで宮内庁歴史局からの出向で監視官補佐となる伍、その補助に鶴丸国永、鯰尾藤四郎が当たる。宜しく頼む。」
紹介を受け、頭を下げる。
執行官達は無言のまま懐疑的な視線でこちらを見ていた。お鶴が強行突破しなければ私達は危なかったかもしれない。
おい、お前らと呼び掛けられる。声が聞こえた方を見れば、先日の執行官だった。
「歴史局ってなんだぁ?」
「今は電子で資料の閲覧は可能なのはご存知でしょうか、」
「ああ」
「旧世代の紙媒体の保存、ではなく、歴史の保存を行う宮内庁直轄の組織って言った方が早いですね、」
こちらを値踏みする瞳。何を見ようとしているのか少しばかり気になるが、相手のペースに飲まれないように笑顔を貼り付ける。
「お前、歴史局の監視官って言うけどな、怪しさしかねーんだよ、」
「仕方が無いです。宮内庁は隠し事が得意なんですよね。」
「本当の事かどうか知らねーよ、お役人」
「お役人って言っても監視官の駒である執行官となんら変わりはありません。佐々山執行官」
「何で逃げた?」
一番聞かれたくない事だ、だがそこをクリアにしなければ、これからの活動に支障をきたすのも分かっていた。私の答えを待つ間も執行官はじっと見ていた。小さな薔薇の棘がちくちくと私を突き刺すような感覚がした。
「宮内庁は私達の存在を公安局には知られたくなかったのです。それだけの理由に私達は廃棄区画を走り回されました。」
「ただ俺たちの報告書を見たお偉いさんがお前らを慌てて出向させたっけか?」
「そんなところですね、」
「お偉いさんと仲悪いんだな、一係に配属だなんて不運だな、」
「流石です、」
「言われるまでもねー考えてみれば簡単だろ、面倒ごとの全てを押し付けられ、割りを食うのはお偉いさんと不仲な奴って相場が決まってんだろ」
「はぁ」
普段は宮内庁で仕事してるわけでもなく、調査本丸で刀を振り回してるなんて言えそうもないなと思いながら適当な返事をした。
『   』
少しくらい暇があるのではないかと密かに期待していたが、それは甘かったと出向した早々に後悔した。出動命令が出るまでの間、元々受け持っていた仕事をしたりして暇を潰していたが、深夜を回る頃になると通報が入ることが多い。夜は人間の不安な気持ちを煽り、ネガティブになると本でチラリと見た。ネガティブが振り切って潜在犯に落ちてしまうかもしれない。勿体無いことだが、この世界の人は色相や犯罪件数を超えない人ときちんと定義されている。その定義の枠の外に出てしまったら、人として社会で生きていくことは許されない。
シュビラが潜在犯を隔離施設に入れてるからと言ってもそれを全てカバー出来ないのが難点でもある。街頭スキャナーやカウンセリングでも改善が見られない場合、逆に開き直ってしまう事もあると平光執行官が教えてくれた。
口調に関しては敬語が気持ち悪いと佐々山執行官に度々言われたが、一応、出向中だからと言えばあーそうと納得したみたいだ。
当直の当番で宜野座監視官、平光執行官、佐々山執行官、内藤執行官と共に一係の部屋で街頭のカメラで監視を行いつつ、さにちゃんの巡回をしていた。以前から気になる文字化けをコピペーストしてワードに保存する。何回も繰り返しているうちに随分と溜まったらしく、大凡30個くらいの文字化けが並んだワードは不気味だ。文字化けだけを見ていれば、まるでこれから悪魔召喚をしようとしている愚かな人間みたいだ。
「前々から聞きたかったんですけどー宮内庁直轄だから、帯刀してるんですかー?」
低めの身長、眠そうな顔とストレートな黒髪が相まって青年というより少年に近い風貌の執行官が話し掛けてきた。出張用の刀を見ても動じずにしゃがんで鞘の辺りを触っている。
「ええ、何があってもおかしくないから、不測の事態には私達職員が対応するしかないので、」
「公安局を呼ばないと?」
「シュビラのお膝元を呼ぶくらいなら死んだほうがマシって先輩から叩き込まれています。」
「こっわ」
「だから、通常時でも帯刀し、剣術も体術も一通りは習得しています。」
「ドミネーターで打てば一発なのに?」
「充電しても4発だけど、こっちは一回くらいなら折れても使えます。」
「身も蓋もないですねーで何見てるんですか?気になってたんですけど、これほとんど文字化けして読めませんねー。」
「でしょうね。」
「あ、でも、システムによって殺されかけたってのは見えましたよ、なんでここだけ読めるんですかね。」
前の歴史局にいた職員の日誌を読んでそこから得た情報を彼には話した。ある程度は予想で補いつつだが、
内藤執行官は私が読めない記述を読み上げるとシステムってシュビラですかねーと呑気に言った。
私はさにちゃんを閉じて、ワードに置いておいた文面を黙って見せた。彼は私の意図を汲み取ったのか、画面をじっと見てから読み上げる。
「システムに殺されかけた」
「システムの家畜になるくらいなら政府ちゃんの家畜になるわ」
「システムの抜け穴を知ってる奴が言ってた、システムは完璧ではないって」
「78の質問だけど、システムは完璧ではないと君達は家畜には成り下がりたくないだろうと問いかけてくるやつだった、鶴丸?に似ていたよ」
「システムは完璧でないから虚構を築き上げる」
「システムによって家族が殺された許さない許さない許さない許すもんか」
宜野座監視官に睨まれているのに気付いた内藤執行官はこれらの言葉が何を意味するかよくわかりませんが、仕事があるのでと私の席を後にした。読んだのは全部では無いが、一部私の調査に必要そうなものもあった。
時の政府は当時の技量ではシュビラを自由に動かせないと悟ったから、不干渉としたと考える方が良さそうだ。審神者であれ刀剣であれ勝手に執行されてはまずいと思ったのだろう。また、審神者は戦争を行っているから、色相や犯罪係数が悪化しやすい傾向にあるのだろう。
此方の世界に負担を掛けるのはもしかして、此方の世界で執行されてしまった、これからされてしまう審神者の執行を無くすということではないのか、既にある歴史を無かったことにすることだろうか。
以前、2100年代の審神者が帰省中に行方不明になったとされた事案がいくつもあった。不自然にもそれらの本丸の刀は顕現を解き、時の政府の保管庫で保存され、本丸も凍結されている。刀は審神者の帰りを待っていると報告書には記されていた。
監査部長である山姥切長義にメールをしようと手を動かせば、キーボードを打つ手を鯰尾が止め、メールを破棄した。
「世の中には知らなくていい事ってあるだろ?」
歴史改変を目論む遡行軍を私達は討伐を行なっているが、今回の任務は歴史改変にあたらないのか、そんな些細な疑問は胸の中に広がって消えた。
カット
Latest / 32:43
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
刀とコパスのクロスオーバー
初公開日: 2020年04月17日
最終更新日: 2020年04月17日
ブックマーク
スキ!
コメント
推敲します〜