『にじんで融けた時間軸』
この世界の人から簡単に見つけられないように再び厳重に貼られた結界及び目眩しの術や式神により元政府所有本部は廃墟から少し寂れた政府施設へと変化した。
一人と二振りだけでは8日で政府の隅々まで綺麗にはならなかっただろう。掃除を行うついでに水道・電気・ガスのインフラも整備した。
時代遡行する際に使用する転送、存在定義の認証など時の政府オリジナルシステムはお鶴の調整により早期の回復が完了したことにより、食事がこちら側に届く。飢えずに済んだ。毎食決まった時間になると出てくる様々な料理に舌鼓を打つのが遠征の小さな楽しみとなった。
とは言っても、ここ最近は外に出ていない。ずっとこの施設の掃除をしている。外の状態が毎日どのような変化をしているかというデータはネットから収集していても、実際に見ないと判断できない部分も多々ある。シュビラは良き市民の色相を守る為には隠し事や嘘は良いとするだろうからだ。綺麗事ばかり目を軽く通す。
放棄された世界線に負荷を掛ける事でこちらの世界線の負担を解消し、時空の歪みを無くせという突然の命令にどう対処すればいいかわからないのだ。
放棄された世界線とされるここは2205年に辿り着かなかった世界の反転世界線だ。
当時、この世界線に在留していた審神者達が暇潰しに書いた反転世界やシュビラに関する報告書が未だに置いてあると思われからそれらを読めと長義は言っていた。
報告者から少しばかり手掛かりが掴めるのではないかと書庫に入る。ずっと使われていなかったという言葉と部屋中に舞い散る埃に咳き込む。どうやら、掃除はまだ完了していなかったらしい。
基本的に政府施設はこの世界線の審神者の避難場所としても使われており、全審神者が収容可能な広さとなっている。無論、避難に駆けつけるのは審神者だけではなく、刀剣も一緒だ。避難と指定されるからにはすし詰めではいざという時に困るので、広々しすぎではないかと感じられる大きさになっている。
ハタキで棚に被った埃を落としつつ、目当ての報告書を探す。少しの負荷をどうやって掛けるのか、放棄したからと言って世界線を壊すのも違う。ここを時の政府が放棄したと言葉では言っていても、ここは今もなお存在している。
棚にしまわれたままとなっていた報告書を取り出し、読んでいく。怪異未確認や神の存在定義などどれも興味深いものだが今回の遠征には関係なさそなものだった。
見つけたと無意識のうちに声に出ていたらしい。報告書名はシュビラシステムが望み、歪みから生まれた世界線だ。
その時にポトンと落ちた品の良い手帳を拾う。中身を見れば、いつかこれを見るであろう陸へと一言書かれていた。その文字はお手本のような字ででも少し癖のある前任の伍の筆跡だった。ぱらぱらと頁を捲る。フローチャートやメモでぎっしりとなったそれを今は見る気がしない。
掃除の休憩がてら配給された食事を補給する。各自別行動で掃除し、得た情報交換をする。
お鶴はこの政府施設は再稼働することが見込みだったのかエネルギーなどの備蓄、転移装置は最新版だったと、鯰尾はここまで放置すれば多少の怪異と一悶着あってもおかしくないのにそういった類いは全くと言っていいほど居ない。私の方はとある報告書を見つけたと言った。持ってきた報告書を見せれば、彼等は納得の表情を浮かべた。
「シュビラが神になる事に渇望した事で時空が歪み、この世界線が生まれたという仮定があった。それによりこの世界線は正史とされる世界線とは全く違う歴史を歩んでいる。だから、これから起こりうることを予測し、動くのは不可能である。これが私の収穫。」
「成る程、シュビラが望んだ事により突発的に出来てしまった世界線ならば、シュビラは怪異及び非科学的な存在を認めないからこそ、ここに怪異は存在しなかったという仮説が生まれる。」
「政府はこの施設を破棄する際、完全に焼却しなかったのはこの世界線が自然発生ではなく、誰かの思惑により誕生したものだったと仮定しよう。重要機密として分類される転移装置、書類がそのままで一旦破棄し、来るべき日まで保存した。それは、またここが再稼働される日まで、か。」
新しい任務内容を受信致しました、無機質な音声が流れる。任務の詳しい内容は現地に到着次第、送信するという言葉通りだったが、世界線から世界線へと飛び越えると時差が生じるようだ。内容を確認し、了解という文言と日付を書いて返信した。
「息をする様に罪悪感無く人殺せる物なんて存在するんだな」
「鯰尾、それを言っちゃあ俺たちは元々道具だぜ?」
「私は別にいいけど、ここでは不測の事態しか起こらないから不安だわ、いつもみたいに終わった事をなぞるのとは違うから、」
任務開始までに少し時間があるから、それまでに街の地理を理解する為に明日、散歩でもしようかというお鶴の提案に私達は了承した。
書庫には怪異に関する報告書が無く、呪具の保管庫が空き部屋になっているなど、シュビラが人々に認識され、シュビラが絶対とされるうちに神に近い力を持ったのだろうと考えた。
不安ばかりしかないという予想は的中して欲しくないのに的中してしまった。元々、街に出掛ける日に公安局が好感度を上げる為にイベントを催していた。勿論、先日私達を廃棄区画で追い回していた連中の姿も見えた。途中で遠回しに帰ろうかと言ったが、お鶴のシュビラを見たいという何気ない発言に乗った鯰尾は私の制止を振り切って、公安局の中に入ってしまったのだ。このまま放ってはおけないので、私も中に入ったのだ。それを、誰が見ているのかなんてよく考えずに、
『亡者たち』
「地上だけで何階あるのよ、彼奴らを探しているうちにくたくたになりそうね、」
ようやく41階に到着した。目眩しの札を付けているからすれ違う執行官や監視官は私を視認出来ていない。どこの係かは知らないが、金髪の二つ結びの女性がこちらを見ていた。思わず立ち止まってしまった。黒髪のショートカットの女性と灰色の癖毛の男性がその女性を呆れた顔をして名前を呼んでいた。決して私の姿を見てはいないが、違和感を覚えたのだろう。
彼奴らの気配はこの階ではしない。別の階に移動するか、と思った瞬間、顔の横にナイフが刺さっていた。現在進行形で起こった事態に頭が回らない。和久さん!ここにいたんですか〜?行きましょう!と先程の女性が目の前の男性を呼びに来た。鼠が忍び込んだと思いましたが、勘違いだったみたいです、と壁に刺さったナイフを抜きながら、朗らかに話している。
止まりかけた心臓を撫で下ろし、目隠しの札が取れたら危なかった。先日の監視官よりも面倒なのに追いかけられたら任務どころの騒ぎではない。
目の前にあるエレベーターホールを横目で見る。今回の場合、エレベーターを使えないから厄介だ。通り過ぎようとした時だった。誰もボタンを押してもないのに、エレベーターの扉が開いた。
「宮内庁歴史局・監視官・伍、乗りたまえ。君の探し物は局長室だ。」
局長直々にってところか、名前まで伝わっているのなら仕方ない。開かれているエレベーターに乗り込む。局長には札の効力が無かったのか、と不思議に思う。多少の霊力を持つ人間まで見えないように作られている。お鶴の作る札はハズレがないのに、どうしたものか、札と面布を外してから局長室に入る。
部屋の中で楽しそうに笑う二振りの姿が見える。二振りは既に札を外していた。私よりも先にここに来て、話を進めていたのだろう。近くにいる艶のある黒髪を腰まで伸ばし、鋭い瞳を持つ女性はこちらを一瞥する。局長室に入れるのは監視官だけだ。彼女の薄い唇が動いた。
「君が新しい伍か、帝塚だ。宜しく頼む」
「新しい伍です。お手柔らかに頼みますね、帝塚監視官」
この世界線の担当は私の元上司の伍だった。柔和な笑顔と柔らかな癖毛が特徴的だった。ここぞという時は割り切りができる男性だった。
仰々しい椅子に腰掛けた銀髪の壮年の女性が咳払いをした。話をしたいらしい。
「君達の存在は先日、宜野座監視官の報告書から知っているよ。非科学的な存在であることは目の前の彼等から聞いた。刑事課は深刻な人手不足でね、彼等の話からシュビラに対する忠誠心はよくわかったよ。表向き宮内庁歴史局から出向という事にしてもらいたいが、どうかね?」
「非科学的な存在であることまで知っているのなら話が早いです。出向という形で話を進めてくれるのなら助かります。」
非科学的な存在であると局長に教えたものの、二振りは刀の付喪神であるというのは話していないのだろう。
日本は元々八百万の国だ。言っても支障ないだろうにと考えるが、シュビラは一係と三係が壊滅したとされる事件で米、オリザを排除しようとした。神は一つだけで良いとするなら、
「何を考えているのかな?」
局長とされる女性は私が考え事に耽っているのを初対面に関わらず見抜いた。
「私達の存在を何て説明しますか?記憶操作は簡単ですが、人体に多大な負荷がかかります。」
「大丈夫だ、それは帝塚監視官から説明するからね、安心したまえ」
ただ、神をシュビラだけとシュビラが定義する場合、付喪神の存在はどうなる。
こんな事を今考えていてもろくな事ではないと答案用紙に書いた答えを消しゴムで消すように無かったことにした。
局長は忙しいからと私達をさっさと追い出した。
局長と呼ばれる女性は出て行く私達を無機質な硝子玉で見つめていた。人の温度を感じることができない人だった。
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初公開日: 2020年04月03日
最終更新日: 2020年04月03日
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