12日目
今日は皆本が病院に行っているはず。先生もその方が嬉しいんでしょ。一日の限られた時間の面会なのだ。会いたい人と会った方がいいに決まってる。ふん、と鼻を鳴らしながら、トントンとリズムよく包丁でニンジンを切っていく。千切りにするために薄く切られたニンジンが、まな板の上に広がっていく。
「ねぇ紫穂。今日は病院行かなくていいの?」
「今日は皆本さんが行ってるわ」
「エエのん?紫穂は着いていかんで」
「いいのよ。先生も皆本さんが来てくれた方が嬉しいみたいだし」
私が料理をしているところを覗き込んでいた二人が、顔を見合わせて首を傾げている。
「でも、先生、紫穂に来てほしいって言うてはったんやろ?」
葵ちゃんが不思議そうに問いかけてくる。それにぎゅっと眉を寄せて不機嫌を隠さずに答える。
「昨日皆本さんと一緒に先生の家行ったんだけど、先生、とっても嬉しそうに皆本さんとお喋りしてたから。皆本さんお手製の作り置き惣菜もあるってわかったらもう聞いたことないくらい大喜びしちゃってね。あの二人本当に仲がいいとは思ってたけど、先生、結婚する相手間違えたんじゃないかしら?」
思い出しただけでもイライラしてくる紫穂ちゃん。イライラをぶつけるように包丁を扱う。そんな紫穂ちゃんを見て、また二人は顔を見合わせる。
「それってつまり……」
「嫉妬しちゃったんだ?」
ダン、と勢いよく包丁が降りる。ニンジンの薄切りを作っていたはずなのに、手元には拍子木切りできそうなくらいに分厚いニンジンの切れ端。ひぇ、と声を上げる二人。
「嫉妬、なんて、私がするわけ、ないじゃない?」
二人ににこりと微笑みかける紫穂ちゃん。二人は震えながらも続ける。
「皆本の手料理にイラっとしたから、今、料理してるんじゃないの?」
二人の指摘にグッと言葉を詰まらせる紫穂ちゃん。確かに、昨日から感じているこの感情に名前を付けるなら間違いなく嫉妬だ。そして、皆本さんに対抗するように料理してみたりして、自分の取っている行動は正しく嫉妬からくる行動だ。自分には見せない顔を見せた賢木にも腹が立つし、賢木のことをよくわかっている皆本にも腹が立った。本当に、自分なんかではなく、皆本と結婚してしまえばよかったのだ、賢木は。
「……どうせ勝てないもん。でも、先生が正気に戻るまでは、私が奥さんなんだもん。私だって手料理くらい、準備できるわ」
わかっていたことだ。自分よりも皆本の方が賢木にとっては安らぎを与えられるであろうこと。わかってはいたのに、やはり、自分を選んでくれたような気がして、嬉しかったのだ。これは、完全に、自分の思い上がり。賢木には自分なんて必要なかった。ただ、正常を保つためのツールでしかなかった。自分のためにこの立場を利用している気になっていたけれど、いい気になっていたのは自分で、勘違いしていたから、そうじゃないよと現実に突き落とされてしまった。自分だけが舞い上がっていて、悲しい。
「紫穂はさ……先生のことが、好きなんだね」
「……はぁッ!? そ、そんなわけッ」
「好きだからさ、悔しいんでしょ? 皆本に負けたみたいで」
「そ、そんなこと……」
ない、と言い切れない自分がいる。私は先生が好きだったの?指摘に頭がぐるぐる。でもそう考えれば、自分が賢木に振り回されてドキドキしていたことに説明がつく。そうか。自分は賢木が好きだったのか。ボン、と赤くなる顔。
「もう、本当に紫穂は可愛いね。先生のお嫁さんなんて勿体ないよ」
「せやせや。あんな色男なんか止めといて、ずーっとウチらと一緒に暮らそ?」
冷やかしてくる二人に、赤くなった頬を隠しながら答える。
「……ダメ。私、もう、結婚しちゃったもん。書類上だけだけど」
本当に勿体ない!と叫ぶ二人をいなしながら、でも、きっと離婚するんだろうな、と昨日持ち帰った離婚届を思い出す。傷が浅いうちに書類を整えて、先生に渡してしまおう。先生もあの緑の紙を見れば、目が覚めるかもしれない。止まってしまっていた料理の手を進めながら、溜め息を吐く。
「まぁ、先生が紫穂を振るようなことがあったら、私がお嫁さんに貰ってあげる!こんな美味しいご飯食べられるなら今すぐでも大歓迎!」
「あ!ズルい!ウチも紫穂と結婚する!」
「じゃあずっと三人で暮らそ!」
「それエエなぁ!」
笑い合う二人をほほえましい目で見ながら、この二人となら、このズキズキと痛む胸もすぐに忘れられるかもしれないと思う紫穂ちゃん。三人で食卓を囲みながら、時間が過ぎていく。
皆本から電話が掛かってくる。
「紫穂。今いいか?」
「何かしら?皆本さん」
出来るだけ明るい声を出そうとする紫穂ちゃん。でもやっぱり少しイライラ。
「……あの、えっと……昨日はゴメン」
「何の話?」
「賢木の奥さんという立場の君を差し置いて、差し出がましいことをしてしまった。本当にゴメン」
「……いいのよ。先生の本当の望みは皆本さんだったんだし」
「それなんだけど、賢木もすごく反省してる。今日、君が病院に来なかったこと、すごく動揺してた」
「へぇ……大好きな皆本さんが会いに行ってくれたのに?」
「うっ……だから、本当にごめん。悪かった。そんなつもりはなかったんだ」
そんなことは知っている。賢木と皆本の間にある見えない絆に勝手に嫉妬したのは自分だ。それを、謝罪されてしまうなんて、なんてみっともないことになってるんだろう。
「いいのよ。皆本さんは悪くないもの。先生も悪くない。そもそも私たち書類上でしか夫婦じゃないんだし。そんなことで目くじら立ててる私が子どもっぽかったわ。ごめんなさい」
「紫穂……」
「気にしないで。先生が皆本さんに会いたかったのは本当だと思うの。だから、良ければ夜の電話もしてあげて」
「紫穂!」
「じゃあね。私の事は気にしないでいいから。またお料理持って行ってあげて」
「ちょっと待て紫穂!」
プツリ、と一方的に電話を切る紫穂ちゃん。電話が終わってから、深く溜め息。なんて醜くて惨めなんだろう。嫉妬でドロドロしている。先生のことが好きなんだとわかってしまったらもう止まれなかった。こんな結婚、絶対後悔する。この関係に縋りついてしまう前に、自分から離婚を切り出してしまった方がいいかもしれない。先生が無事に帰ってきてくれればそれでいいじゃないか。これ以上、傷が深くなる前に早く。そう思ったら身体は動き出していた。紫穂ちゃん実家へ。紫穂ちゃんママに離婚届の証人欄を書いてくれるようにお願いする。
「一応、準備しておこうと思って。書いてほしいの」
「あらあら、意外と根を上げるの早かったわね?いいわ。面白いから何も聞かずに書いてあげる」
その代わり、賢木先生には首を洗って待ってなさい、って伝えておいて?とうふふと笑う紫穂ちゃんママ。その表情に背筋が凍るのを感じながら、離婚届を受け取って、そのまま皆本の家へ。
「皆本さん、これ、お願いできるかしら」
「え! 紫穂、落ち着け」
「私は落ち着いてるわ」
「いや、落ち着いてないだろう! こんなの持ってくるなんて……」
「昨日のコト、私に少しでも悪いと思っているのなら書いてくれるかしら?皆本さん」
「……わ、わかった。本当に、昨日のことは申し訳なかったと思ってる……」
皆本、震えながらサイン。紫穂ちゃん、無表情で受け取って帰ろうとする。
「紫穂! 賢木は君を待ってるよ!」
心の中で、どうだか?、と思いながら、紫穂ちゃん黙って皆本宅を去る。家に帰って、いつもの夜の電話の時間。電話したって、どうせ、皆本さんじゃない私からの電話なんて、嬉しくないに決まってる……紫穂ちゃん、離婚届をテーブルに置いて静かに涙を流す。スマホが震える。ドキリとして画面を見ると、修二の名前。出ようか出まいか悩んでいるうちに、留守録に繋がる。すぐに切れる。もう一度着信。また留守録に。また切れる。さらに着信。紫穂ちゃん覚悟を決めて通話に切り替える。
「……紫穂ちゃん?」
恐る恐るこちらの様子を窺う修二の声。ポロポロ涙が零れてくる。声が出せない。
「紫穂ちゃん? 聞こえてるか? 今大丈夫か? 何か言ってくれないか?」
「……聞、こえてる、わ」
涙で震える声。修二の息を呑む音が聞こえる。
「泣いてるのか?」
「泣いてなんかないわ」
「泣いてるだろ?」
「泣いてなんかない!」
紫穂ちゃん涙声で叫ぶ。修二、沈黙。
「……本当にごめん。紫穂ちゃん。昨日は本当に悪かった」
「先生が謝ることなんて、何もないでしょう? 先生が皆本さんと会えたら嬉しいのは、当たり前のことだもの。私だって、先生より薫ちゃん達と会える方が嬉しい」
そう、ただそれだけのこと。それに嫉妬したって仕方がない。それに、自分が修二のことを好きだとしても、修二が自分を好きかどうかは別問題だ。そもそも、この結婚に、そんな恋愛感情なんて存在しなかった。
「明日からも、皆本さんが忙しくない日は皆本さんが先生に会いに行けるように何とかしてもらうから。先生もその方がいいでしょう?」
「……紫穂ちゃん」
「皆本さんも、先生の為ならきっと料理だってなんだって支えてくれるわ」
本当は自分がその役割を担いたかった。でもきっとそれよりも皆本がその役割をした方が賢木の為になる。
「お仕事頑張ってね。陰ながら応援してる」
「待ってくれ紫穂ちゃん」
焦ったような修二の声。紫穂ちゃんビックリ。
「明日は絶対君に会いたい」
「……え?」
「君は知らないんだ。俺がどんなに君の笑顔に支えられてたのか」
苦しそうな修二の声。紫穂ちゃんドキドキ。
「一人で来るのが嫌なら、皆本と一緒に来てくれても構わない。でも、明日は絶対君が会いに来てほしい」
修二の切実なお願いに紫穂ちゃん動揺する。
「君はもう俺に会いたくないかもしれないけど、俺は君に会いたい。でも今の俺は会いに行けない。君にお願いすることしか出来ない。だから、お願いだから来てほしい。俺は君に会いたいんだ」
紫穂ちゃん心がぐらつく。目の前には賢木さえサインすれば提出できる状態の離婚届。そんな勘違いしそうになるようなこと、言わないでほしい。ぽろぽろと涙が零れる紫穂ちゃん。
「傷付けておいて、こんなこと言うのはおこがましいってわかってる。泣かせてゴメン。でも今は。側に行ってやりたくても、今の俺にはできない。本当にゴメン」
苦しそうな修二の声に紫穂ちゃん胸が痛くなる。苦しい。切ない。辛い。一気に感情が溢れてくる。
「俺、待ってるから。明日、いつもの時間にあの場所で。絶対待ってるから」
紫穂ちゃん何も言えない。
「本当にゴメンな、また明日、会えるの楽しみにしてる」
ぷつりと電話が切れる。紫穂ちゃん涙が止まらない。期待なんてさせないでほしい。たまたま側にいた私を選んだだけのくせに、期待なんかさせないでほしい。紫穂ちゃんぎゅっと潰れそうに痛む胸を撫でながら、止まらない涙をそのままに眠った。
13日目
紫穂ちゃん、朝起きて、浮腫んでるし涙で目が腫れてるし気持ちも沈んでる。机の上に乗ったままの離婚届を丁寧に畳んで封筒に入れて、鞄に仕舞う。賢木と約束の時間に病院に行くにはもうそろそろ家を出ないと間に合わない。どうしよう。行って、どうすればいいんだろう。迷っていると、薫ちゃんと葵ちゃんが背中を押してくれる。行った方がいい。言われるがまま追い出されて、仕方なく病院へ。
気が進まないけれどゆっくりした足取りで受付へ。いつもだったら早めに着いてしゅーじを待つけれど、今日は時間ギリギリ。ちょうど受付に着いたところに、レッドゾーンから駆けてくるしゅーじが出てくる。ガラス越しに紫穂ちゃんと叫んでいるのが口の動きでわかる。しゅーじ紫穂ちゃんから目を外さずに内線繋ぐ。紫穂ちゃん出ざるを得なくて内線に出る。深呼吸しながらゆっくり受話器を耳に当てる。二人とも言葉に詰まって何も言い出せない。紫穂ちゃん深呼吸して口を開こうとすると、しゅーじが先に口を開く。
「会いたかった」
昨日の電話で聞いた、苦しそうなしゅーじの声。
「来てくれて、本当に、ありがとう」
涙声のしゅーじ。紫穂ちゃん、グッと涙を堪えて、返事する。
「泣きたいのは、こっちよ」
震える声。じわじわ涙が浮かんでくる。振り回されて、嫉妬して、負けを認めざるを得なくて。泣いてしまいたいのはこっちだ。オマケに、気付かなければいいのに、自分の内にある恋心に、気付いてしまった。苦しいのに、会いたかったと言われて喜んでいる自分もいる。賢木にとって、自分は戦場で自分がマトモかどうかを確認するためのツールでしかないのに。鞄の中に入っている離婚届の存在を思い出しながら、ぎゅっと受話器を握り締める。
「本当にゴメン。俺が馬鹿だった」
しゅーじ、ガラスにへばりつくように手の平を当てて、こちらを見つめてくる。ゾーニングの中間を通り抜けてダイブできるほど、病院の設備は甘くない。それでも、少しでもしゅーじに近付きたくて、紫穂ちゃん釣られるようにガラスに手を触れる。じっと見つめ合う二人。紫穂ちゃん何も答えられない。しゅーじの視線から逃れるように顔を俯ける。
「先生が、皆本さんと仲がいいのは知ってるから。だから、私も、皆本さんにいろいろ頼んだのよ。先生が悪いわけじゃない」
自分でそういう結果を招いたのに勝手に嫉妬したのは自分だ。先生は悪くない。
「書類上だけの夫婦に、遠慮する必要なんてないよ」
言いながらズキズキ痛む胸。辛いけど、それが事実。ガラスに触れた手をぎゅっと握り締める。先生の目が醒めたら、終わってしまう関係。持ってきた離婚届を出そうとするけど、勇気が出ない。覚悟したはずなのに、渡す勇気が出ない。
「書類だけ、じゃないだろ。俺たちは」
静かに、告げるしゅーじ。紫穂ちゃん、恐る恐るしゅーじを見つめる。しゅーじはじっと紫穂ちゃんをすがるように見つめる。
「俺の全部を透視できるのは、この世で君だけだ。そうだろう?」
紫穂ちゃんハッとする。
「一緒に背負ってくれるんじゃなかったのか?」
しゅーじの言葉に、紫穂ちゃんドキリとする。
「そう、だったわね…」
自分たちは世界に二人きりのサイコメトラー。お互いの全てを共有できる、唯一の存在。自分たちの間には、そういう、他の誰にも邪魔されない絆がある。
「私が先生を見捨てたら、先生今度は死んじゃうかもね」
無理矢理笑いながら、しゅーじを見る。しゅーじ、紫穂ちゃん見てホッとする。
「冗談抜きで有り得る話だからな?紫穂ちゃんに見捨てられたら、俺は独りぼっちだ」
「…皆本さんがいるじゃない」
「アイツと紫穂ちゃんは全く別だ。上手く言えないけど…」
しゅーじ困ったように笑う。紫穂ちゃん涙を拭ってしゅーじに笑いかける。
「いいわ。わかった。ちゃんと先生のこと見守ってあげる。その代わりちゃんと無事に私たちのところへ帰ってくること」
「…わかってる。必ず帰る。約束だ」
お互い見つめあって笑いあう。
「ゴメン…そろそろ時間だ。行かないと」
「いってらっしゃい。またね」
「夜、また電話する」
じゃあな、と去っていくしゅーじ。紫穂ちゃん笑って見送る。消えていく後ろ姿に溜め息。恋愛とかそんなものを通り越したところにある自分たちの絆。きっと、しゅーじには自分の気持ちはバレない方がいい。大切な絆を壊してしまうかもしれない。自分が自分の気持ちにそっと蓋をすればいいだけ。
夜の電話の時間。今日もしゅーじから電話が掛かってくる。
「もしもし紫穂ちゃん?」
様子を窺うようなしゅーじの声にクスリと笑って返事する。
「ちゃんと電話出たわよ?」
「そうだけど…ゴメン。出てくれなかったらどうしようって、心配で」
しゅーじがそんな不安を抱くなんて意外でびっくり。紫穂ちゃん思わず笑ってしまう。
「笑うなよ。結構堪えたんだからな!」
ムキになっているしゅーじ。紫穂ちゃん、しゅーじがダメージを受けたことにもびっくり。
「冗談でしょ?」
「冗談なもんか!君を怒らせたと思って本気で後悔したんだからな!」
しゅーじの言葉に紫穂ちゃんドキドキ。恋愛感情は関係ない、と心の中で自分に言い聞かせる。
「あの、それでさ、紫穂ちゃん。今日言うの忘れてたんだけど、実は明日、また家に帰れるんだ」
「わかったわ。皆本さんに何か頼もうか?」
「いや…えっと、あの…君の、手料理、が、食べたい」
ボソボソと呟くしゅーじ。紫穂ちゃん目を見開く。
「皆本さんに頼んだ方がいいんじゃないの?」
「いや!君のがいいんだ!ホラ、よく考えたら俺、君の手料理って食べたことないし!」
「そうだけど…」
「何でもいいんだ!急に頼んでるからホント、簡単なものでもいいから…」
君の作ったものが食べたい…と呟くしゅーじ。紫穂ちゃん、そわそわしながら、返事する。
「本当に簡単なものしかできないよ?買い物行ってる暇ないし…」
「いい!全然それでいい!」
じゃあまた明日時間は連絡するから!と嬉しそうに電話を切ったしゅーじ。紫穂ちゃんそわそわ落ち着かないままキッチンへ移動。明日何作ろう。頭の中はそれでいっぱい。
14日目
紫穂ちゃん、早起きしてキッチンへ。ソワソワして早く目が覚めてしまった。自分の手料理なんて、と思いながらも気合いが入る紫穂ちゃん。材料を取り出して洗っていく。包丁で一センチ角に野菜をカットして鍋に入れていく。トマト缶の中身を入れて、少しだけ水を足してコンソメキューブを入れて火に掛ける。これはこのまま煮込むだけ。冷蔵庫から解凍した鶏モモ肉を取り出して一口大にカット。塩コショウをしてそのまま皮目を下にして温めたフライパンに並べる。皮がカリカリになるまで焼いたらひっくり返して蓋をする。そのまま火が通るまで焼いてから取り出して保存容器へ。フライパンの余分な脂を拭き取ってバルサミコ酢とお酒を入れて煮たたせる。煮詰まったら小分けの容器に移して余熱を取る。小分けの容器にハチミツとマスタードを入れて少しのお酒で伸ばす。そのままレンジで温めてから余熱を取る。これでチキンのソテーとソースは完成。ラタトゥイユの鍋の味見をして塩コショウをして味を整える。こちらも完成。ご飯も用意した方がいいんだろうかと考えているところに二人が起きてくる。
「めっちゃ美味しそうやん!どうしたん?これ」
「朝御飯からこんな豪華なご飯食べたら太っちゃうー!」
「あ、えっと…朝御飯じゃなくて…」
そわそわする紫穂ちゃん。どうしよう。どう説明しよう。そわそわしてる紫穂ちゃんを見て二人はニヤニヤ。
「わかった!これ先生への差し入れでしょ!」
ニヤニヤしながら薫ちゃんに指摘されて顔真っ赤になる紫穂ちゃん。
「そっかそっか!愛妻弁当っちゅーわけやな!」
「ち!ちがっ!そんなんじゃっ!」
「なら食べちゃっていいのかなぁ?」
ニヤニヤする二人。紫穂ちゃん言葉に詰まる。
「…だめ。先生に持ってくから」
顔真っ赤でポツポツと呟く紫穂ちゃん。
「もー!ホント紫穂かわいいー!!!」
「ホンマ先生には勿体ないわ」
「…そんなこと、ないよ」
自分たちは恋愛関係にはない。ただ、わかりあえるのがこの世にお互いだけというだけ。
紫穂ちゃん、気持ちを切り替えて二人に切り出す。
「あの、あのね、味見、お願いできないかな?」
「え?紫穂の料理に味見とか必要ないでしょ」 
「でも…なんか不安で…」
「あーわかった。あれや、初めて料理持ってくから好みに合うか不安なんやろ?」
「えっ…うん、そうなの」
紫穂ちゃんそわそわ。仕方ない。だって初めて料理なんて持っていくのだ。先生の口に合わなかったらどうしようと不安でいっぱい。
「うちらが味見しても、先生の好みはわからんからなぁ」
「まぁでも紫穂の料理が美味しいのは間違いないし!味見だけでもいいから食べたい!」
いただきまーす!とラタトゥイユを食べる薫ちゃんと葵ちゃん。チキンソテーはソースだけ味見。二人とも美味しいと返事。二人にご飯どうするか相談。おにぎり持ってったら?と葵ちゃんにアドバイスを受けて、朝御飯用のご飯を分けてもらう。
「ごめんね、二人とも。ご飯貰っちゃって…」
「いーよいーよ!私らは冷凍してあるパン食べればいいし!」
着々と朝御飯の準備を進めていく二人の間でお握りを作る。これも保存容器に詰めて持っていく準備は完成。
三人で朝御飯を食べて片付けをしていたら賢木からメールが入る。二人に冷やかされながらメールを確認。これから帰る。一時間後に来てもらうのは可能かという内容。大丈夫。と返事してまた二人に冷やかされながら準備をする。そわそわしながら家を出て、賢木の家に向かう。本当に皆本の手料理でなくて良かったんだろうか。食べ慣れた、好みのものの方が良かったんじゃないだろうか。ソワソワしっぱなしでドキドキしっぱなし。しゅーじのマンションに着いて紫穂ちゃんエントランスで深呼吸。ちょうど時間通り。エントランスでしゅーじを呼び出すとすぐに反応があってエントランスが開く。走りそうになるのを何とか落ち着かせながらゆっくり歩いてしゅーじの部屋に向かう。ドキドキソワソワ。冷静に冷静に。紫穂ちゃん深く息を吐いてしゅーじの部屋の前に立つ。ギュっと料理の入った鞄を握り締めてから電話を鳴らす。するとドアの向こうで着信音が聞こえてびっくり。電話が繋がる前に室内からドアをノックする音が聞こえる。え?と戸惑っていると、電話が繋がる。
「いるんだろ?紫穂ちゃん」
「え?ええ。いるけど」
「ドアに触れてくれ」
「は?」
「ドアに触れてくれなきゃ君に会えない」
「え」
しゅーじの言葉に戸惑う紫穂ちゃん。はやく、としゅーじに急かされて、戸惑いながらもドアに触れる。力を発動させると目の前にしゅーじ。ドキリとして思わず一歩後ろに引くと手を掴まれる。しゅーじの真剣な目。紫穂ちゃん動揺。しゅーじくしゃりと表情を和らげる。
「来てくれなかったらどうしようかと思ってた」
「…約束したんだから、ちゃんと来るわよ」
「それでも。俺は君を傷付けたから。来てくれなくても仕方ないって思ってた」
「先生のこと、見捨てたりしないわよ」
紫穂ちゃん、俯きながら答える。それは揺るぎない事実。
「来てくれて、ありがとな」
「別に!先生がかわいそうだから来てあげたの。」
「それでも。会いに来てくれて嬉しい」
しゅーじの素直な言葉に紫穂ちゃんドキドキ。
「じゃあもう行くから!持ってきたものいつもの場所に置いとくから」
手を振り切って浮上しようとする。しゅーじまた紫穂ちゃんの手を捕まえて阻止する。
「待ってくれ」
「な、何よ」
「この間は本当に悪かった」
「…それはもう、いいのよ」
「よくねぇよ。泣いてたじゃないか」
「あれは…私が勝手に嫉妬しただけで」
「君を蔑ろにして悪かった」
しゅーじの申し訳ない気持ちが触れたところから伝わってくる。紫穂ちゃん少しだけ落ち着かない。賢木も皆本は悪くない。自分が勝手に嫉妬しただけ。それなのにこんなに謝られたら居心地が悪い。
「紫穂ちゃん」
何も言えなかった紫穂ちゃんにしゅーじ声を掛ける。
「俺は君を選んだんだ。だからもっと君は怒っていい。君にはその権利がある」
しゅーじの言葉に紫穂ちゃん悲しくなる。選んだと言ってもきっと今だけ。苦しい気持ちを誤魔化しながらしゅーじに答える。
「それでも。この前のアレは行き過ぎだったわ。これからは気を付けるから」
「君は俺の奥さんなんだ。もっとちゃんと怒っていい」
「だったら、心の狭い奥さんになりたくないの。皆本さんと先生の絆は誰にも邪魔されない大切なものだもの。嫉妬した私が行き過ぎだった」
「でも」
「この話はもう終わり!浮上するわ」
紫穂ちゃん無理矢理話を終わらせる。奥さんだから嫉妬したんじゃない。しゅーじが好きだから嫉妬した。しゅーじを好きな気持ちを悟られる訳にはいかない。しゅーじから離れるために力で上回ってしゅーじを深層から弾き出す。浮上してほっと息を吐く紫穂ちゃん。深呼吸して気持ちを切り替える。
「じゃあ、いつもの場所に置いていくから」
「待ってくれ。何作ってくれたんだ?」
「それは見てからのお楽しみでいいんじゃない?先生の口に合うかわからないし」
「そんなことないだろ。君が作ったんだから」
紫穂ちゃん、しゅーじの言い回しにいちいちドキドキしちゃう。ムカついて言い返す。
「折角だから辛いもの作ってあげたわ。楽しんで?」
じゃあね!と立ち去る。ドアから離れるとドアが開いて紫穂ちゃんと呼ぶ声。びくりと立ち止まって振り返るとドアから顔を出すしゅーじ。
「今日来てくれてありがとうな」
マスクを外して笑うしゅーじ。紫穂ちゃんドキドキ。赤い顔を見られたくなくてそっぽを向く。
「また明日」
「…また明日ね」
しゅーじの優しい笑顔にドキドキして走って立ち去る。エレベーターのところで振り返るとしゅーじまだ見てる。手を振ってくれてる。エレベーターが閉まるちょっと前に小さく手を振り返す。エレベーターの扉が閉まる。紫穂ちゃんホッと息を吐く。気持ちがバレていないことを祈る。また明日から何でもない顔でしゅーじと会わなくては。もう一度深く息を吐いて気持ちを切り替えた。
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交際ゼロ日で結婚を決めて100日後に結婚生活を始める賢紫。その2
初公開日: 2020年04月17日
最終更新日: 2020年04月19日
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十二日目から。適当な下書き。何でも許せる方向け。
かーもんべいべーこめりか!
六月の原稿の表紙ができないならコメリカ原稿進めればいいじゃない!ってなわけで一ミリでもいいから前に進…
ムラコ
ゆにば行く宿伏になるはず
企画の遅刻参加したいと思っているけど間に合わなかったら普通に投稿予定。ゆにばに行ってひたすら食べまく…
あぼだ