15日目
紫穂ちゃん、病院へ。約束の時間ぴったりに修二が出てくる。にこにこ笑って手を振ってくる。ふいとそっぽ向く。少しだけ赤い顔。浮ついちゃダメ。気持ちを隠さなきゃ。内線でやりとり。
「おはよう、紫穂ちゃん」
「おはよ」
「昨日、飯、ありがとな。めっちゃ旨かった」
修二とても嬉しそう。紫穂ちゃん少しだけホッとする。
「口に合ったならよかったわ」
「辛いのって言うからさ、ビビってたんだけど。赤いから唐辛子でも入ってんのかなと思ったら、普通にトマトで全然辛くねぇし。唯一マスタード?入ってるやつも全然辛くなかった。めっちゃ旨かったよ」
紫穂ちゃん嬉しそうな修二に何も言えない。
「さすが、料理上手いな。感心した」
「…褒めても何も出ないわよ」
褒めまくってくる修二に紫穂ちゃんたじたじ。
「もっといろいろ作ってほしい。材料費渡すからそれ使って」
「別に、いいよ。そんなの」
「いや、まだしばらくいろいろ頼むことになるから。ある程度の額渡すから好きに使ってくれ」
「え」
「バベル経由で君の口座に振り込むから。今は銀行もアレだろうから、電子マネーに換金して使えよ」
「…わかったわ」
お金を受け取ってその中で何かするなんて、まるで夫婦みたいだ、と思う紫穂ちゃん。
「あのさ、紫穂ちゃん」
恐る恐る声を掛けてくる修二に紫穂ちゃん首を傾げる。
「何?どうかした?」
「えっと…今度は、肉じゃが、食べたい。牛肉のやつ」
照れた様子も修二に紫穂ちゃんびっくり。賢木もそういうものが食べたいと思うんだ。意外。紫穂ちゃんクスクス笑う。
「先生も手料理とかに飢えたりするんだ?」
「当たり前だろ!人が作ってくれた料理なんてとんと食べてない!」
「いっぱいいる彼女が作ってくれたんじゃないの?」
「遊び相手にそんなこと頼んだら本気にしちゃうだろ」
「…相変わらず最低ね」
「そもそもここんとこはずっと忙しくてそんな相手いなかったんだ!それは君も知ってるはずだ!」
修二真剣に言い返してくる。まぁ確かに皆それどころではなかったなと頭に思い描きながら口を開く。
「でも、皆本さんのご飯、食べたりしてたじゃない。一緒に」
「あれは…君たちの為に作ったご飯をついでに分けて貰ってただけだ。俺の為だけに作ってもらった食事って本当に久々なんだ」
修二眉を八の字にして頼りなく呟く。
「自分のためにって心のこもった飯がどれだけ旨いか、君にはわかるだろ?」
修二の言葉に紫穂ちゃん言葉が詰まる。確かにメトラーは食事からも思いを読み取れる。紫穂ちゃん溜息を吐いて口を開く。
「…わかったわ。肉じゃがね?味付けの好みは?」
「…甘めがいい。あとは全部お任せで。紫穂ちゃんの料理は俺の口に合うって俺の勘が言ってる」
「…なによソレ」
大真面目な顔をして言う修二に紫穂ちゃんドキドキ。修二嬉しそうに笑う。紫穂ちゃんそわそわ。
「じゃ、じゃあ次のお休みの時に作って持っていくから。またね」
「え、もう行くのか?」
「え、だって先生忙しいでしょ?」
「そうだけど…」
「…夜の電話もあるじゃない」
「そうだけどさ…わかった。じゃあまた夜に」
修二渋々といった様子で内線切る。紫穂ちゃんガラス越しにバイバイすると修二も紫穂ちゃんが立ち去るまでバイバイしてる。何だかそわそわ。勘違いしてはいけない。きっと賢木は寂しいだけだ。振り返るとまだ修二がいる。それでもやっぱり嬉しくて小さく手を振り返す。やっと修二仕事場へ戻っていく。紫穂ちゃんドキドキしながら家に帰る。
夜になって電話の時間。また修二から電話が掛かってくる。紫穂ちゃん深呼吸してから電話に出る。
「紫穂ちゃん?今大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
「さっきお金振り込んどいたから、確認しといてくれ」
「わかった。遠慮無く使わせてもらうわね」
「ああ。足りなくなったら言ってくれ」
「…そんなに長期になりそうなの?」
「あー…正直な話をすると、多分、俺は外科専門だから、やれることは少ねぇんだ。そろそろ、俺の役割は終わる」
「…どういうこと?」
「俺がトリアージするとかいうレベルじゃなくなってきてるんだ。患者が溢れ返ってる現状で現場に足りないのは現場で使える知識を持ったプロだ。専門外の俺はお役御免ってとこかな」
「そう、なんだ…」
「ウイルス相手に生体制御は力を発揮しねぇし、透視もウイルスが増殖してからじゃねぇと意味ねぇから、今の現場で俺の力が活きることってトリアージくらいなんだよな。トリアージどころじゃなくなってきてる今は、派遣されてるのが俺である意味ってすごく少ない」
ふぅ、と修二の溜息。
「まぁ、力不足ってわけだ。しょうがない、こればっかりは」
「先生…」
淡々とした様子の修二に紫穂ちゃん言葉が続かない。けど、勇気を振り絞って修二に伝える。
「先生、また今度お休みの日、先生の抱えてるもの、私に分けて」
修二無言。紫穂ちゃんじっと修二の返事を待つ。
「…わかった。ありがとな、紫穂ちゃん」
「待ってるからね」
「ああ、じゃあまた明日な」
「また明日ね、先生」
電話終了。修二の境遇に心を痛める紫穂ちゃん。美味しい肉じゃがを作ってあげようと心に決めて眠る。