かつてこの国は、女が支配者として君臨し、男たちに争わせ見世物として愉しむH歴に閉ざされていた。
しかし、かつて領土を奪い争い、衝突した彼らは手を取り合い、女尊男卑でも男尊女卑でもない、新たな世界を作るために歴史を塗り替え、歩き出す。
だが、国の構造が変わったところで争いの一切が根絶されるわけではなかった。特に言葉を刃とする武具──ヒプノシスマイクは、警察など一部の身分にしか所持が認可されないようになったが、手を変え品を変え違法所持する輩は残存する。そして、それによってもたらされる悲劇も。
それに黙っていられないのは、新時代確立の功績者であるディビジョンラップバトルの面々。彼らは『違法マイク対策課』を設立し、愛する日常、守りたい人のためにもう一度、その手にマイクを握る。
これは、そんな彼らの闘いの記録だ。
違法マイク対策課事件簿File:03「お母様は神様ですか?」
対策課としての活動も慣れてきた頃、非番であるはずの左馬刻を叩き起こしたのは緊急収集を告げる連絡だった。身支度もそこそこに、妹の合歓と共に対策課本部へ向かう。せっかくの休みの日に今度はどこの阿呆が馬鹿をやらかしたんだ、とご立腹のままオフィスの扉をやや乱暴に開けた。
「オイ、今度は何、」
「あーっ駄目駄目今サマトキサマ入ってきちゃだめだよ!」
目に入った光景は、慌てて左馬刻を部屋から追い出そうとする乱数。大きい身体を一生懸命縮こまらせ、部屋の隅に向かってぬいぐるみを差し出している寂雷。と、それを笑ったらいいのか真面目に見てたらいいのかわからないように困惑している獄。「お前の恰好なんとかせえ!」「いやいや、それよか盧笙クンの顔をなんとかしたほうがいいんじゃないか?般若だぜえ」と騒ぐ盧笙と零。
そして、部屋の隅っこにはぬいぐるみを抱きしめ、ちょこんと座っている子供。小学校低学年くらいだろうか。新緑のような髪をぬいぐるみの後頭部に押し付け、ぎゅっと引きつらせていた目を左馬刻の方へ向ける。明らかに怯え切った様子の子供は、潤んだ瞳に左馬刻を映し出すと──
「う、ぁ、うわああああああああん!!!」
泣き叫んだ。
「だから入っちゃ駄目っていったじゃん!」
「聞いてねーよ、つかなんだあのガキ」
子供に泣かれ呆然としていた左馬刻は、謂れのない叱りを乱数から受けながら、今合歓と対峙している子供をついたての隙間から覗いた。やはり何度見ても、簓に似ている気がする。というか、対策課の大阪支部所属である盧笙、零がわざわざ本部の方へ来ている時点で、もうおおよそ察しはついていた。零の明らかに怪しい風体を正すことを諦めた盧笙が、空いてる席に座った。
「今日の朝四時ぐらいにな、簓から緊急コール入って、あいつん家向かったらあの子供が居ってん。子供時代の写真と瓜二つやし、部屋が荒らされてたし、これ絶対やばいことになっとるわ思ってとりあえず寂雷先生に診てもらおと思ったんやけど……」
「怯え切って診療ができねえ、と」
「おん。ちょうどこっち着いたときに起きてな、まあしゃあないことやろうけどめちゃくちゃ怖がってなあ……合歓さんが来てくれてよかったわ。俺らやったら全然あかんかったもん」
「ただでさえ強面が多いもんねえ。少しはボクの愛嬌を見習ったらいいのに」
「乱数くんも全力でビビられてたやん」
「ちょっとそれ今ボクの記憶にないかな」
会話に耳を傾けながら、左馬刻は机に置かれた資料に目を通す。咄嗟に零が撮影した簓の部屋の様子は、空き巣に押し入られたのかとでもいうほど引き出しの中身という中身が荒らされ、ひっくり返されていた。そして、ある違和感に気づく。簓が飾っていたはずのお笑い関係のトロフィーがいくつか姿を消している。他の写真を見ても、影形すらない。さらに、壁に飾られていた写真は引き裂かれている。簓と盧笙が漫才コンビのときに撮影したものから、ディビジョンラップメンバーの集合写真、デートのときに左馬刻と二人で獲った写真まで。ただの強盗にしては、おかしい。左馬刻が眉を顰めていると、零が人数分のコップが乗った盆を机に置いた。
「こいつはただの強盗じゃねえ、って気付いたところか?」
「……犯人の目星は」
唸るような左馬刻の声に、零はおお怖いと肩を竦めてから、「いくつかついてる。あとは外回り連中の成果次第だな」と片眉を上げた。子供の泣き声に辟易した乱数は「ボクも帝統たちと外回りいけばよかったなあ」と飴を口にいれた。
犯人が無理やり押し入った形跡が無いこと、子供の簓が倒れていた近くには包丁も落ちており、それが元々簓の台所にあったこと、簓のプライベート用の電話に同じ電話番号から何度も着信が来ていること、まで目を通した左馬刻は、もう一度ついたての向こう側を覗いた。いくらか落ち着いた様子の子供簓が、静かに泣いているのを合歓が宥めている。少し離れたところから寂雷と獄がそれを見守っていた。
まだ診察までしばらくかかりそうか、と左馬刻がもう一度子供簓を見ると、子供はひくり、と喉を震わせた。
「ささな、ささな、いらんこやから、すてられたんやろ?おかんとおとんがな、ささがわるいこやったら、こわいひとにきてもらって、すててもらうって、ゆうてたもん」
ささ、わるいことしたかなあ、と涙声で綴られた言葉は、子供が口にするにはあまりにも残酷な内容だった。
ビシリ、と盧笙の持つコップにヒビが入るのと、左馬刻が立ち上がったのは同時だった。頼むからまた叫ばせないでよ、と乱数の低い呟きを聞き届け、左馬刻は子供簓の傍にしゃがみこむ。少し怯えた様子を見せたが、合歓が「私のお兄ちゃんだよ」とほほ笑みかけると、子供簓はいくらか安心したようでぬいぐるみの腕を握り締めている力を緩めた。
「お前は、要らなくなんかねえ」
つとめて穏やかな声で伝えた言葉は、その場しのぎでの慰めではない。左馬刻の、紛れもない本心だった。簓の瞳が見開かれる。柔い髪を優しく撫でてやると、その目のふちから大粒の涙がぼろぼろと零れた。この小さな身体で、どんな幼少期を過ごしてきたのか、左馬刻は簓から聞き出したことはない。けれど確かなのは、茨をかき分けて生きてきたこと。大人の簓が愛の受け止め方が不器用な理由が、今顔を覗かせている。要らなくなんかねえ、ともう一度静かな声で伝えた。彼を愛し、もう二度と手放さないと心に決めている左馬刻は、合歓の方を見た。彼女は頷き、「簓くんは、要らない子じゃないよ」と、子供を抱きしめた。
幼い子供にとって、親は神も同然であり、命と心の手綱を握った存在だ。そんな存在からかけられた呪いを、彼にとって初対面である人間が簡単に解けるとは思っていない。けれど、彼がたくさんの人を愛し、たくさんの人に愛されていることを、教えたかった。
愛しい子供は、はくはくと口を動かし、堰を切ったように泣き声をあげた。けれどそれに、恐怖は滲んでいなかった。
漸く診察を終え、肉体と精神が子供時代に戻っていることを除けば異常がないと判明すると、次は「事件解決までの間どうやって簓の面倒を見るか」が議題となった。とはいっても、事件の捜査で対策課の人間は本部に寝泊まりすることになるので、子供簓も必然的にここに泊まることになる。衣食住のうち食と住は問題ないとして、衣に関して議論が成された。やれかわいいの着せようだの子供にはヒーローものだだの一緒に買いに行ったほうがいいんじゃないかだの、やたら呑気な議論は一旦本部に戻った入間の「そんな場合じゃないだろ馬鹿共が」の一言で強制閉廷されてしまう。結局交代で簓の面倒を見るということに決まり、山田家に残っている服を持ってきてもらおう、と一郎に寂雷が連絡している間、すっかり大人たちに慣れた簓はちょこんと盧笙の隣に座っていた。
「さっきは、ないてごめんなあ」
「ええんやで。泣くのは悪いことやないよ」
流石捜査官兼教師、といったところだろうか。子供への接し方に慣れている。先ほどまで簓の両親の居場所を突き止め絶対しばくと怒り暴れ寂雷に羽交い締めにされていた頃とは打って変わって非常に穏やかだ。
「おにーさんら、けーさつなん?」
「そうやで」
「あっちのおねーさんも?」
「合歓さんもやで」
「あっちのふしんしゃも?」
小さい指がまっすぐに零を指さし、乱数は飲んでいたジュースを噴き出した。盧笙は必死に笑いを堪えながら「そうやなあ、不審者に見えるけどあのおっさんもちゃんとした警察やで」と教えてやる。左馬刻は今日サングラスをつけてこなくて良かった、と内心安堵した。簓に泣かれたのも結構なダメージなのに、不審者扱いされたら心が死に乱数が腹を抱えて笑いながら一郎と空却に連絡するのは確実だ。あそこの悪ガキ(ガキという年齢ではないが)たちを組ませたら危険なのは捜査課全員一致の見解だった。ちなみにそこに幻太郎も合わせるとカオスになる。なので外回りと待機組で分断しないともれなく入間の胃が死ぬ。関係ないが捜査官になっても帝統の財布はいつも死んでる。
零はというと、「おいおい、不審者なんて心外だぜ」と全くそう思っていなさそうな笑みを浮かべながら、サングラスをあげて簓の前にしゃがみこんだ。
「ごめんなさい」
「謝れてえらいなあ、簓くん。じゃ、えらい簓くんには捜査の協力をしてもらおうかな」
「ささ、けーさつのおてつだいできるん!?」
「そーそー。簓くんが自分のお話をすることも、大事なヒントになるからな」
「ささの、おはなし?」
きょとんとした簓は首を傾げる。零は早速『本題』に入るつもりのようだった。棚を占領していた一二三のおやつを皿にあけながら(独歩から許可は得たので多分問題はない)、左馬刻たちはその様子を静かに見守った。
「簓くんは、いつもお家でどうしてる?」
「……んー、おとんとおかんがけんかしとることおおいから、しずかにしてんねん」
「簓くんのお父さんとお母さんは、仲が悪いのか?」
「うん……」
簓はしょんぼりと俯き、心細いのかぬいぐるみを抱きしめる。
「あんな、おかんがゆってたんやけど、ささがおらんかったら、けっこんしてへんかったんやって。やからささ、いらんこなんやって」
年齢に不釣り合いな静かな語り口。盧笙が優しく小さな背中を叩くと、でもな、と簓は顔をあげた。
「おかんとおとんがな、きらいあってもな。ささががんばって、わらわせたら、だいじょぶやって、おもってん。らくごでな、きいたもん。こはかすがい、やろ。そしたらささ、いらんこやなくなるやろ」
だからささ、いっぱいがんばってんねん、と笑う子供の笑顔は、あまりにも痛々しい。子供が自分を認めてもらおうと、家族を繋ぎとめようとする一方、少なくとも母親は、子供の存在価値を否定し、不和の責任を子供に押し付けようとしている。乱数は簓に聞こえないように舌打ちし、産むときめたのはてめぇだろうが、と低く唸った。命の生誕が祝われないことを非常に嫌悪する彼に同意するように、寂雷も頷く。
「そうか、簓くんは頑張り屋さんだな」
「えへへ……そっかなあ」
「そうだぜ?まあでも、しばらく『かすがい』のお仕事はお休みだ。簓くんにはおじさんたちのお手伝いしてもらわなきゃならんからな」
「うん、ささ、いっぱいがんばるからな!」
「じゃ、お菓子食べながらでいいから、おにーさんたちとお喋りしてやっててくれや。おにーさんたちは寂しがり屋さんだからなあ?」
ちらりと左馬刻に視線を向けながら、零は笑って席に戻る。一言余計なんだよ、と左馬刻が目で訴えてもまったく気にする素振りを見せない。それから、盧笙が割ったコップの破片がもう落ちてないことを入念に確認していた獄が、「ビンゴか?」と顔を上げた。
「ほぼほぼ、な」
そう答える零の目の前のパソコンには、外回り組と大阪支部からの情報が表示されている。
簓の家の窓についていた指紋が、簓の元母親のものであること。ガソリンの臭いのする女の目撃情報。トロフィーが闇市場で換金された形跡。同じ電話番号からの着信の中身は、金を無心する女の声。履歴の解析の結果、簓が芸人として売れ始めた頃からその電話がかかってきていること。そして、簓の部屋から通帳と印鑑が無くなっていること。対象を子供にする違法マイクの存在。
密かに東京で広がりつつある新興宗教『母神様の集い』。『子供は等しく母の僕である』という信条。その信者たちが、最近ヒプノシスマイクに類似した物を所持しているとの目撃情報。東京で突如行方不明になった大人数名。
突き止めて、しょっぴかなければいけない。せっかくの左馬刻の休日を潰し──簓を事件に巻き込んだ阿呆共を。
そう意気込みながら座る左馬刻の向かいでは、子供の姿の簓が幸せそうにマカロンを頬張っているのだった。
状況報告と作戦会議のため、外回り連中が戻ると、オフィスは一気に賑やかになった。
「お、おお……ほんとに簓さんが子供になってる……!」
「見ろよ一郎。こいつの顔、ガキの頃から変わってねえんだな」
「ねー俺っちのおやつ減ってるんだけど~!」
「なんで俺を見るんだよ!俺じゃねえよ!」
「仕方ありませんよ、帝統は前科五犯ですから」
「だからサッカーボールは持ってくるなって言っただろうが低能!」
「だってずっと本読んでるとかつまんなくね?それに運動も大事だろ~?」
「い、一理あるっすけど、また窓割って怒られるのは勘弁っす~!」
「すまない、不必要な書類があればあとで小官に渡してくれないだろうか」
「え、書類……ですか?か、構いませんけど……な、なんで俺に頼んできたんだ……?」
一郎と空却はわしゃわしゃと子供簓の頭を撫でまわし、一二三は減った棚の中身を見て帝統に濡れ衣を着せる。特に助ける様子のない幻太郎は近くの皿にあったクッキーを齧り、服や本の他に子供向けの玩具が入った箱を運ぶ三郎と二郎、十四を眺めた。理鶯はたまたま近くにいた独歩に話しかけただけなのだが、独歩は小さな疑問をきっかけに悪い妄想を膨らませた。ちなみにサッカーボールは入間に没収された。
没収したサッカーボールを空き箱に入れ、入間はホワイトボードの前に立つ。そして個性豊かな面子をまとめるために声を上げた。
「まったく騒がしい……そこ、大人数で子供を取り囲まない!菓子はさっきあげたばかりだもうやるな!晩飯が入らなくなるだろ!遊びに誘うのは後にしろ!ほらさっさと各自席についてください。……有栖川、書類で遊ぶな!理鶯も興味を示さない!左馬刻、一旦簓くんを返してきなさい。おいこら誰だまだ喧嘩してるの!後にしろ!神宮寺先生、くじは後で作るので大丈夫です。左馬刻、いい加減簓くんを返してきなさい。……まずは時系列の整理から……あ!?トイレは会議前に済ませろっていつも言ってるだろうが!早く済ませろ!誰だ今先生って呼んだの!……各自資料は手に渡りましたね?……何だ今の音。躑躅森さんがボールペン折ったァ!?すみません観音坂さん、新しいのを出してあげ……あ、いや、これ彼無限に折りそうなのでやっぱりいいです。簓くん関係がアレでアレなので、はい。そっとしておいてあげてください。左馬刻、早く簓くんを返してきなさい。いいからとっとと始めますよ!」
「……かいぎって、たいへんなんやなあ」
「まだ始まってすらいないんだけどね……」
わいわいと騒がしい大人たちを見てどこか感慨深く言う簓に、お守り役の合歓は苦笑した。
「例の宗教団体の連中、どこかと取引をしている様子はなかったぜ」
「小生のところも波羅夷くんと同様の結果でした。密やかな勧誘以外に外での目立った動きはありません」
「となると内部で製造している可能性が高い、か……『母神様の集い』ってのは、中王区にもともとあったやつなんだろ?」
獄が顎に指を添えたまま勧誘のパンフレットを眺める。親子の和やかな様子が映された写真が載せられており、一目見た限りでは宗教というより、保育関係の冊子にも見えるデザインだった。
「ああ。ババアに聞いたし間違いねえ。ヒプノシスマイクの実験に関わってた連中も一部そこの信者だったんだと」
元総理大臣をババアと指す帝統は、「ババアは入ってなかったらしいけどな」と付け加える。
「なるほど。となると内部を探りに行く必要がありますね……」
銃兎が次なる目標を定めたところで、二郎が手をあげた。
「この前みたいに、一斉に突入して取り押さえじゃ駄目なのか?」
「白膠木さんにかけられた違法マイクの解除条件がわからないままでは、悪手となりかねませんね」
「全員に舌噛み切られちゃメンドーだもんねえ。逆に言うと、そこのカラクリを暴けばあとはもうぶっ叩くだけってカンジ?」
「せやな。……絶対全員叩き潰したる……!」
「ヒッ、こ、この人机まで折る気か……!?」
「どっぽちん、席代わろっか?」
躑躅森の盛り盛り殺意に恐れ戦いた独歩に声をかける一二三の隣では、十四が「内部捜査って、潜入ですか?」と首を傾げた。それに獄が首を横に振る。
「向こうに居んのは母親とその子供。潜入しようにも俺たちじゃ無理があんだろ」
「え、空却さんや三郎くんならいい感じに……」
「おう十四ィ、テメェ一発殴られてぇみたいだな?」
「会議の場で暴力はご法度です。それに、母親役に適任な方を見つけるにしても、ラップバトル勃発の可能性を考えると厳しいかと」
「確かに……合歓さんだと若すぎますからね」
そう頷く十四に、テメェいい子ぶりやがって!と空却がとびかかろうとするのを一郎が押さえる。そんな様子を横目に、帝統はぼやいた。
「あーじゃあうちのババアとか?いや、俺もババアも顔割れてっから駄目だな……」
「……いや、案外いけるかもしれねえ」
騒ぎにかき消えそうになった呟きを、零が拾う。サングラスの奥の瞳が乱数に向くと、彼は心得たというふうに頷いた。
「……それで、東方天さんと有栖川さんが潜入に?」
事の次第を聞いた合歓は理鶯を見上げた。子守りを仰せつかったからには全力で、と意気込む彼の手には、本やら玩具やら紙類やらが入った箱がある。
「ああ。準備が整うまでの間、伊弉冉や飴村、天谷奴は各々の方法で信者たちに聞き込みだそうだ。貴殿にもそちらに行っていただきたい」
「わかりました。簓くんのこと、お願いしますね」
ぺこりと頭を下げる合歓にならい、隣に居た子供簓もよくわからないままにぺこりと頭を下げる。理鶯は「承知した」と頷くと、しゃがみこんでできるだけ子供簓に目線の高さを近づけた。
「小官の名は毒島メイソン理鶯。理鶯で構わない。これから全力で、貴殿の相手をさせていただこう」
なんだか迫力があるなあ、と合歓は困惑した笑みを浮かべたが、簓はひとしきり理鶯を眺めたあと「ささやで!よろしゅーな、りおー!」とぱあっと笑顔を咲かせた。怯えるかもしれないという心配は杞憂に終わったようだ。
「りおー、なんやめっちゃつよそーやな!」
「うむ、小官は強いぞ」
「さまときもなー、さまときのこと、つよいってゆってた!りおーとどっちがつよいん?」
「俺だ」
世の中でめちゃくちゃ答えにくい質問に即答したのは、いつのまにか現れた左馬刻だった。簓のことがよほど心配なのか、くじで簓のお守りから外れた後も離れようとしなかったため、『くじの結果は絶対』という強引な説得で引きはがしたのに。今頃空になったデスクを見て銃兎がカンカンだろう、と理鶯は思いながら簓を抱き上げた。
「左馬刻、貴殿は書類仕事のはずだろう」
「理鶯、まあ待て。俺は休憩しにきただけだ。それにお守り連中がちゃんとやれるか心配でな」
「心配無用だ。貴殿は小官を信用できないのか?」
「そういうわけじゃなくてよぉ……」
「お兄ちゃん。離れがたいのはわかるけど、仕事はちゃんとしなきゃ」
理鶯と妹からの正論に左馬刻はぐうの音も出ない。そして、簓の「さまとき、おしごと?がんばってな!」の言葉がとどめとなり、泣く泣くデスクへと戻っていった。
「まったく……じゃあ私、そろそろ行きますね。ところで、他に誰が簓くんのところに来ることになったんですか?」
「二郎、四十物、有栖川、夢野だな」
「ああ……」
なるほど、それは確かに心配だ。主に銃兎の胃が。だが胃薬が必要になったら独歩が常備している分を貰うので大丈夫だろう、多分。合歓はそう結論を出して、簓に「ねむちゃんも、おしごとがんばってなー!」と輝く笑顔で見送られたのだった。
騒がしく踊り進む会議から一転、静かなデスクでひたすら書類と画面相手に睨めっこしていた銃兎は伸びをしたときに、もう夕方だということにようやく気付いた。晩御飯を挟めば遊びに耽っている連中、もとい簓のお守り役交代の時間だ。携帯で連絡を、とも思ったが、騒がしさの度合いによっては気づかれない可能性がある。一つため息をついて、慣れない書類仕事により机に伏せている左馬刻の後頭部を張り飛ばしてから、銃兎は簓たちのいる部屋へと向かった。
「あなたたち、そろそろ晩御はっヒョオ!?」
ドアを開けた途端眼前に鋭利な何かが迫り銃兎は慌てて避けた。一体何が、と飛んできたものを慌てて確認する。
廊下の壁に激突し、そのまま床にぺしゃりと落ちたのは、『ささすぺしゃる』と子供っぽい字で書かれた紙飛行機だった。
「あー!ささの、ぜんぜんまっすぐとばへんかった~!」
「どんまいどんまい!次いけるって!」
ばたばたと部屋から出てきたのは、子供簓と二郎。二郎は銃兎が紙飛行機の奇襲を受けたことに気づいたのか「ダイジョーブか?」と声をかけた。
「めがねのひと、けがしたん?」
「いや?多分、紙飛行機が急に飛んできてびっくりしたんじゃね?」
「そうなん?ごめんなさい……ささが、まっすぐにとばせへんかったから……」
よれた紙飛行機を抱え、簓は銃兎に頭を下げる。流石に故意ではないため銃兎にも怒る理由はない。「いいんですよ」とずれた眼鏡をかけ直した。
「けど、人に向かって投げたら驚かせてしまいますから。そういったイタズラはしないように」
「はーい。あ、でもな……」
あれ、と簓の小さい指が室内を指さす。その先を辿ると──
「ハッハー!ウルトラダイスミサイルのお通りだー!」
「ひいいぃっ、こっちに投げてこないでください~!」
「帝統、面白いからってあんまりからかってはいけませんよ」
「ふむ、小官の紫電改を越える飛距離。見事だ。負けてられんな」
いい年してはしゃぐ男たちの周りで、紙飛行機と、工作の過程で生まれた無数の紙切れが散乱していた。
「……」
「銃兎か。貴殿も参戦するか?」
「りおー、りおー。あんな、ささのん、まっすぐとべへん……」
「それは由々しき事態だな。見せてみろ」
「これは……重心に問題があるのかもしれません。先ほど紙飛行機を完成させたあとに名前を書いていましたが、そのときに羽が折れてしまったのでは?」
「はっ……なるほど!げんたろー、かしこいんやな!」
「何を隠そう小生、天才ですから」
「てんさいやー!」
「よっしじゃあ、作り直すか!名付けてささスペシャルマークツー!」
「つー!じろーとおそろや!いえーい!」
「いえーい!」
「何故だ、何故前ではなく後ろに飛ぶんだアマンダ!せっかくの飛行形態だというのに、飛べないアマンダはただのアマンダじゃないか!」
「おいおい皆どうしたー?このウルトラダイスミサイルが優勝なら晩飯の唐揚げ全部俺のもんだぞ~?」
「あかん~!ささ、からあげたべたい~!」
「俺もイヤっす~!」
「何、今度は勝ちを譲るつもりはない」
「……」
「おや、おまわりさん。今何か言われました?そういえばそろそろ夕餉の時間ですね、もう届いてました?」
「……ご飯の前に、まず片付けをしなさい!!!」
銃兎の怒号は、オフィス中に響き渡り、別階の独歩は驚愕の余りコーヒーをひっくり返した。
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かいてるねえ
初公開日: 2020年04月16日
最終更新日: 2020年04月17日
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