手を伸ばしたのは侑の方が先だった。
「ちょっとだけでええから、話せぇへん?」
進行方向とは逆に加わった力のせいで、ぐいと後ろに引っ張られた腕。それにつられて振り返れば、見上げた先に真っ赤に染った双子の片割れがいた。やっと見分けがつくようになった日向にとってその男が宮侑であること、彼は宮兄弟のうち影山と同じユースに選ばれている高校ナンバーワンセッターの方であること、そして──「正直ちょっと怖い方」というイメージを持っている方の人間だった。だから、話をしようと言われてもすぐに頷く気にはなれなかったし、どちらかと言うと逃げ出したいという気持ちの方が強かった。だから自然と日向の身体は及び腰になったし、もしかしたら自分で分からないだけで相当怯えた表情をしていたのかもしれない。獰猛なはずの狐は、恐れおののく雛鳥を前にして必死に警戒心を解いてもらおうと躍起になっていた。
「ちゃうねん翔陽くん!アンタが思ってるような怖いことなんかせぇへんて!」
「え、縁し……キャプテンがたぶんきっと絶対確実におれのこと探してると思うんで!さよなら!」
「待て待て待て待て!頼む、連絡先だけでも……!」
「いやーーーー!」
東京体育館ですれ違う人達が、何事かとこちらを見ながらヒソヒソと言葉を交わしているのが視界の隅に入る。これ以上騒ぎ立てたら迷惑になるし、何より今日会場に自分たちの試合を見に来てくれているかつての主将にこの光景を目撃でもされたら──頭の中ではっきりと『侑、何しとんのや。そこに正座しい』と目を見開いて凄む北信介の顔が思い浮かんだ。
「誤解やで!俺は別に何もせぇへんて!ただ、試合とかそういうの抜きにして、アンタのこと好きなんや!」
「……………へ?」
ぴたり、日向の動きが止まる。目をぱちくりさせて、口をあんぐり開けて、冷や汗をかく侑の顔をじっと見たまま息も止まったように硬直したのをいいことに、侑は細い手首を掴んだまま日向の身体を引っ張って、人気のない階段下の死角スペースに連れ込んだ。
「一年、待ったんや。一年」
「な、何をですか……?」
「翔陽くんともういっかい会えるのを、や」
「は、はぁ…」
壁際に追いやられた小柄な身体がより縮こまっている。その顔を見下ろして、侑は先程から日向の眉がずっと八の字になっていることに気が付いた。
「俺のこと、怖いん?」
素直に尋ねる。
「えっ?!い、いや…あの……えっと、こ、怖くは……いや、ちょっと怖いかも」
「は?」
「ひぃいごめんなさい!」
特に意味はなくただ首を傾げただけなのに、このビビリくんは飛び上がって震えた。関西人はいつもこうだ。怒っていないのにそう見えてしまうらしい。
「なぁ、翔陽くん。とりあえず怯えんといて?ホントにマジで翔陽くんのことが知りたいねん。どんな子で、どんなモンが好きで、どんなこと考えとんのか、聞かせて」
「え……?」
そう言うと、侑はその場にすとんと腰を下ろした。そして自分の隣の床を手でぽんぽんと叩き、おいでと合図をする。日向は戸惑いながらも、少しだけ距離を置いて同じように座った。
「俺、誕生日十月五日やねん。翔陽くんは?」
「えと、六月二十一日です」
「ほぉん、覚えたで。じゃあ好きな食べモンは?」
「卵かけご飯です」
「お、ええなァ。朝ごはんの定番やな」