チュンチュン、小鳥のさえずりで目が覚めた。カーテンの隙間から漏れる光が少し、眩しい。枕元で充電しているスマホのロック画面を見てみれば、まだ八時にもなっていない。スンと微かに春の匂いがすると思えば、窓がほんの少し空いている。ああ、昨日ベランダに出た後閉め忘れたな。このご時世に無用心だけど、まあここは三階だし、俺は男だから大丈夫だろう。
麗かな春の風でカーテンがゆらゆらと揺れているのも、うまく寝返りができなかったせいで変に浮いてしまった前髪も、なんだか心地が良い。この時間におきてしまえば二度寝もありだったけど、今日はそうせずに上半身を起こして両手を上にあげ伸びをする。なんて健康的な朝なんだろうか。こんな日にあいつの「愛してる」なんて言葉が聞けたら、なんて意外といじっぱりでなかなか想いを口にしてくれない恋人を思い浮かべて、ベッドに仲良く並んでいる二つの枕の、今日も誰にも使われることのなかった綺麗な形の方を見つめた。
今にも落ちてしまいそうなまぶたを擦って、洗面所に向かう。まだ覚めきらない目を強制的に起こすために水をバシャッと顔にかけ、雑にタオルで顔を拭く。鏡に映る顔はやっぱりまだ眠たそうだったけど、いつも眠たそうな顔をしているからあんまり気にすることはない。
キッチンに向かう途中で昨日テーブルの上に置きっぱなしにしていた食パンを一枚、冷蔵庫から卵と千切りキャベツとプチトマト、はさすがに持てないから一旦今手に持ってるものをキッチンの台の上に置く。もう一度冷蔵庫を開けて、プチトマトとそれからきゅうり。あ、そうだマヨネーズも。皿の上に置いた食パンに、土手の役割のマヨネーズで食パンより一回り小さいくらいの四角を描く。そしてちゃんとその枠に入るように狙いを定めて、コンと角で少しヒビを入れ卵を落とす。
あ、割れた。黄身がグチャって。
はあ、ついてないな。そういえば、前にもこんなことあったや。あの時は目玉焼きを焼いていて、お皿に移そうとフライ返しですくったら下から黄身を割って、めちゃくちゃ落ち込んだんだった。そんなに気にすんなよって笑う花巻に、お前の前ではいつだってカッコつけていたいだなんて言えるはずもなく、開いた口は音を発することなく閉じることとなった。
「完璧なやつになんか、惹かれないよ俺は。」
きっと俺が何を考えてるかなんてお見通しなのだろう。そう言った花巻は不敵に笑って、ヒョイと割れてしまった目玉焼きをお皿に盛り付けて行ってしまったんだ。それがなんだか悔しかったことを覚えている。
なんて、そんな過去のことを考えていたってしょうがないから、割れてしまった卵を溢してしまわないようにゆっかりと食パンをトースターに放り込んで、五分間セット。食パンを焼いている間に少しデカめの器に千切りキャベツと、きゅうりは四分の一くらいをスライスしてプチトマトは六個、それらを順番に入れていく。最後に青じそドレッシングをまんべんなくかけると『チン♪』タイミング完璧。トースターからこんがりといい匂いをさせているパンを皿に移して、テーブルの上に。サラダとお箸も並べたら朝食の完成。
「いただきます。」
サラダよりも先に、パンにかぶりつく。うん、うまい。これは八枚切りで薄いけど、四枚切りの厚い食パンだともっとうまいんだろうなあ。今度、そんな贅沢をしてみようか。サラダは、まあ当然に美味しい。ドレッシングは偉大だ。
健康的な朝を迎えて、黄身が割れて、だけど朝ごはんは美味しくて。でもやっぱり、プラマイマイナスだ。だって今日は、花巻がいないから。割れてしまった黄身に落ち込んだ俺を見て笑う花巻を、ごはんがおいしいと幸せそうに笑う花巻を、今日は見れなかったのだから。
花巻がいるときよりもゆっくりと咀嚼をして、腹を満たす。食べる行為があまり好きではない俺は、ガツガツと美味しそうに食べる花巻がいないと食べ切るのに時間がかかってしまう。言ってしまえば、噛むという行為が面倒なのだ。
「ごちそうさまでした。」
手を合わせて食後の挨拶。自分で作ったものなのだから本来ならお粗末さまというべきなのだろうが、子どもの頃からごちそうさまと言っている癖がどうにも抜けなくて、もう一人暮らしをして何年も経っているというのについつい言ってしまうのだ。もうこれは挨拶している分だけいいだろうと思っている、どうせ誰も気にしていないだろうし。そういえば、花巻は自分でご飯を作った時は「お粗末様でした」と言っているな、それも自然に。きっと、自分でご飯を作ることに慣れているのだろう。あいつの作るものは俺のなんかよりも断然おいしいし。
食器を洗って、リビングに置いてある一人暮らしには少しでかいふたり用だか三人用だかよく分からないソファに腰を下ろす。ローテーブルの上に置いてあるリモコンを取り、テレビの電源をつける。たまたま映った番組の企画は、恋人からバラの花束をもらったら嬉しいか、なんてなんともつまらなそうなものだった。バラの花束、ねえ。確かバラの花言葉って本数で変わってくると聞いたことがある。花束には特段興味はないけど、だけどそれは少し面白いなと思ったんだ。花巻はどうだろうか。バラとか花束とか、そういうものに興味はあるのだろうか。そんなことを考えながら窓際に目をやって、思い出した。つい一週間ほど前に花巻が言っていたこと。その時はそこに小さなかわいらしい、黄色い花が飾ってあったんだ。花巻がうちに来る途中の道端で摘んできたという、なんともかわいらしい理由で飾られたかわいい花が。その辺に咲いている小さな花も愛でる花巻だから、きっとバラでもなんでも、花束を贈ったら喜んでくれるだろう。それとも、俺が花束なんて似合わないと、胡散臭いと笑うだろうか。どちらにしても、花束をもらったときの花巻の反応を見てみたい、なんてやっぱりどうやったって俺は花巻のことばかりを考えてしまう。