「マジックアワー。」
「なにそれ?」
隣にいる俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな瀬呂の呟き。
「日没前の数十分だけの特別な時間。光が一番綺麗にに見える時間帯。まるで魔法にかかったように幻想的に見えることからマジックアワーと呼ばれる説が最も有力とされる。」
電子辞書のように淡々と説明する瀬呂は少しおもしろい。瀬呂はたまに、そういうとこがある。無意識なんだろうな、こういう時は。
「へー初めて聞いた!なあ今から見に行こうぜ!」
「はっ?今から?」
「そう!だって日が落ちるのそろそろだろ?それに今日は、晴れだ!」
ギョッと目を見開いた瀬呂はそのあとすぐに「わはは!」と腹を抱えて笑い出すから、今度は俺がギョッとする番。
「はは、いーねお前。そんじゃあ公園に行きますか。」
「公園?」
「そ。少し高台にあるそこら一帯見渡せる場所があんのよ。」
楽しそうに笑う瀬呂に思わず好きだと言ってしまいそうになって、慌ててキュッと口をつぐむ。あぶねえ、いやこれは瀬呂が悪い。こんな、めちゃめちゃ楽しいですみたいに屈託なく子供みたいに笑いやがってバーカ!
だんだんと世界がオレンジ色に染まっていく中で、「ヤバイ!間に合わない走れー!」とゲラゲラと笑いながら横腹を抑えて走りまくって、やっと公園に着いた頃にはありえないくらいに息が上がって正直マジックアワーどころではなかった。
「やべーきっつ。体力結構ついたと思ってたんだけどなあ。」
「いやっ、これはさすがにきついって。」
ゼェハァと一向に整わない息を必死に整える俺の横で、背呂はポチポチとスマホをさわる。
スゥと息を吸ってやっと周りを見てみると、瀬呂が言っていた通りそこは高台なだけあって街全体が見渡せる。しかも夕陽もいい感じにオレンジで、空は所々ピンク色に染まっていて。
「きれー……。」
思わず、そう呟いてしまうほどに。
「あった。んーでもこれ、」
「なに?」
難しそうな顔をしている瀬呂のスマホを覗き込む。
「いんや、マジックアワーのこと調べてたんだけど、これさ。」
「……難しいな?」
「そうなのよ。」
「えーーー!ここまで来て分からないとかある!?」
ギャーっと叫んでそのままの勢いで芝生に倒れ込む。
「!なあなあ瀬呂!!瀬呂も寝っ転がってみて!」
「は?なに?」
「いいから!!」
ため息をつきながらも俺と同じように芝生に倒れ込む瀬呂。わくわくしながら瀬呂の反応に期待する。
「うっわ……なにこれすげえな。」
「でっしょ!?めっちゃ綺麗だよなあ。」
「うん。」
見たこともないオレンジとピンクで、世界が綺麗に染まっていて、幻想的で綺麗だとしか、言いようがない。
「マジックアワー。」
「へ?」
「本当のマジックアワーは知らねえけどさ、今日の俺らにはこれがマジックアワーじゃね?」
目を細めて穏やかに笑う瀬呂。屈託なく笑う瀬呂。綺麗なオレンジの世界に負けないくらいにキラキラとしていて、幻想的で、まるで魔法みたいに儚くて消えてしまいそうで。
「うん。」
ああ気づいてしまった。
瀬呂がいれば俺にはその世界が一番綺麗で、俺のマジックアワーは、瀬呂だったんだ。