そうして今日も麗は、白いワイシャツに、ループタイ、濃紺のスラックスをさらりと履きこなしている。外で羽織っていた萌黄色のロングカーディガンがとても似合っていた。
「これから五年も、十年も、一緒に活動できるのでしょうか」
 いつの間にかメインメニューの黒毛和牛の何某かがテーブルに乗っていた。都築はワインのおかわりをしたが、麗はまだグラスにスパークリングワインが残っていた。それをちびちびと少しずつ飲んでいる。頬の赤さが、あどけなさを想起させて思わず「ソフトドリンクを頼もうか」と声をかけた。
「あるんですか?」
「あるはずだよ」
 店員を呼べば、メニューブックを広げて丁寧に説明をしてくれた。麗はふわふわした視線を上下に動かして「じゃあ、ペリエを」と注文する。もう一つグラスが追加されて、スパークリングワインによく似た液体が注がれた。
「まだ、慣れないものですね。慣れそうもないです」
 深く息を吐いて、麗は困ったように微笑んだ。その視線の先に、だいぶ炭酸が抜けてしまったワインがきらきらと照明の輝きを受け止めている。
「体調悪くない?」
「ドキドキしてますが、大丈夫です」
「気を付けてね。知らないうちに倒れていたりするから」
「あー……そうですね。そういえば、先日、木村さんが伸びていました」
 夏日だったから、ビールを水のように飲んだらしい。脱水だ、と信玄がため息をつきながら木村に水を勧めていた。麗はひやひやしながらその様子を見ていたという。
「都築さんはお酒で失敗したことはありますか?」
 ペリエを半分ほど飲み干して、麗は再び肉を切って口に運ぶ。都築もその動きに合わせて、柔らかい肉に申し訳程度にナイフを入れた。酒で失敗した記憶を遡ろうにも、ふわふわとした頭は、何も思い浮かばない。
「思い出せない、かな。ないことは、ないと思うんだけど……」
「ないことはないんですか」
「うーん……自信がないなあ、そういわれると」
「わたしもいつかそんなふうになるのでしょうか」
「お酒に慣れちゃえば、もしかしたらそうかもしれないね。どうだい。慣れそう?」
「未知数ですね」
 そう微笑みながら、麗の指は一瞬迷って、ワイングラスをとった。残りのワインが飲み干されて、空になる。
 肉が終わって、デザートが運ばれてきた。麗のプレートには苺や花が飾られて、誕生日を祝うメッセージがチョコレートで描かれている。器用なものだ、と感心していると麗がキラキラと目を輝かせて「都築さんのサプライズですね」と笑った。
「写真に撮っておいていいですか」
「どうぞ」
「ふふ、今度のライブの時にこの話をMCにしましょう。きっと、盛り上がりますね」
「いいね。High×Jokerのみんなも焼肉に行った写真を出しながらMCをしていたよね」
 先月行われていたライブの話だ。MCの最中にモニターに写真が映し出されて、ツアー中に食べに行った焼肉について語っていたのだ。ファンの歓声と興味津々な音が見事に重なって、彼らの魅力を存分に発揮していた。四季が写真をすぐにとるから、使い道を考えていたらしい。ツアー中の彼らがどんなふうに、ライブ以外の時間を過ごしているのか、垣間見えるのはファンにとっても嬉しいことだろう。
「そういうやり方もあるのだと、勉強になりますよね。わたしたちの場合は時期が少しずれますが、けれど、こうしてお祝いしてもらったことを伝えられたら、嬉しいです」
「そうだね。きっとファンのみんなも麗さんの誕生日をお祝いしたいだろうし。いい機会になると思うな」
 五周年のライブは七月からだ。あと半月ほどで始まってしまう。こうして幾度となく麗と共にAltessimoの活動をして、少しずつ、少しずつ、いろんなことをブラッシュアップしてきた。同じ事務所の他のユニットほど派手なことはお互い思いつかないが、都築は麗の観客を思いやる気持ちとパフォーマンスが好きだった。だからこそ、麗のやりたいことを尊重していた。麗の携帯端末に収められたそのケーキの写真も、きっとたくさんの人に麗へのおめでとうとして伝わってくれるだろう。
「ふふ、そうだ、店員さんに写真を撮ってもらいましょう」
「どういうこと?」
 麗があれこれ店員に説明すると、すんなりと了解を得られて、都築は麗と顔を寄せた。麗はケーキの皿を丁寧に持って「お願いします」と店員へ声をかける。
「では、撮りますよー。はい、チーズ」
 女性店員が画面を確認して、そのまま麗へ「どうですか?」と手渡しする。
「ありがとうございます。綺麗に撮れてます」
「被写体が良いですから。うふふ」
 どう反応したら良いのか困惑しているうちに、店員はその場を去り、再び二人きりの静かな空間に戻る。麗は嬉しそうに携帯の画面を見つめた。
「今日、誕生日パーティーを開くか、と言われていたんですよ」
「……それは、もしかして都合が悪かった?」
「いえ。断っていたので、都築さんに誘っていただけて好都合でした。……パーティーなんて開くほど、わたしはあの家に貢献できる何かをしていない」
「貢献って、そんなつもりじゃないんじゃないかい?」
 少なからず、麗の父親も母親も、麗を単純に祝いたい気持ちが強いだろう。それをわかっているのか、麗は複雑な表情を浮かべた。いいや、複雑に絡み合う音だ。迷い、信頼、後悔。ぐるぐると麗のまわりを取り巻く音は、とても弱い。
「パーティーというのは、身内だけで執り行われるものではないのです。ここ数年我慢していたのですが、仕事を言い訳に断っていました」
 ああ、なるほど、と都築は合点がいった。音楽は、社交界に通ずる。都築自身はあまりその場所に身を置かなかったが、逃げられない場合もあるだろう。例えば、麗の家のように。
「そっか……もう、そっちの世界に戻るつもりはないの?」
「五年も十年も都築さんと一緒にAltessimoをしたいのに、戻りたいとは思えないですよ」
ありがとうございました。終了します~。
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原稿(つづかぐ/3-1)
初公開日: 2020年04月13日
最終更新日: 2020年04月13日
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