しばらく横顔を眺めていると、不意に音也がこちらを向いて、「何?」と尋ねた。
「いや……」
瑛一は一旦吃ったが、音也から視線を逸らすとようやく喉の奥から重いものを吐き出した。勿論、全部が全部吐き出せる種類の淀みではないけれども。
「味覚が変わったんじゃないか。前は、ビールなんて苦くて嫌いだと言っていた」
音也は目を見張ったあと、揶揄うような声音で「それで俺に身惚れてたんだ?」と笑う。目を眇めて、缶を揺らせると、早くも中身が軽くなり始めているのか水音が聞こえた。
「まあね。ビールは苦いし、今だって美味しいことの方が少ないよ。自分がこの喉越しを楽しんでるとも思えない。けど、なんかな。疲れた日はちょっと別。あと、瑛一と会う日も別かな」
「は、」
今度は瑛一の方が驚く番だった。いつの間にか音也の顔が近くにあり、ビールのかおりを絶えず吹き付けられている。
なんでだと思う?瑛一は、なんで俺の味覚が変わっちゃったんだと思ってる?
アルコールの入った頭は、ほとんど正常に働いてくれない。頭の芯から血の気が引くような感じがして、音也に掴まれた右手を慌てて見下ろす。瑛一も既に二本目の缶ビールを開いていて、飲み終わりに近くなっていたそれを取り落としている。一体いつ彼に手首を捕らえられたのか、記憶にない。
「俺は忘れてないよ。お前が言ったんだ。成人して、初めてお前と飲んだとき。瑛一は、ビールの味に顔を顰めた俺に、ほっとしたように笑いかけて。んで、言ったよね。『音也には、ビールは似合わないな』」
わからない。記憶にない。
今の出来事も、ここにいる自分とは別の遠い世界で起きていることみたいで、目の前の男の手の感触でさえ現実味が薄い。
音也は瑛一の感情を把握しきっているみたいで、瑛一の意識に語りかけるように、緩急をつけて瑛一の手を握る。手は明らかに瑛一のものより小さいのだが、瑛一はなにかもっと大いなるものに絡みつかれているような、そんな錯覚をしてしまう。
おそらくは、彼の持つ暴力的な眩しさとか、幻想的な異物感とか、そういうものに。
そいつらは瑛一自身の欲望を適格に察知して、最も効果的な方法で一点集中的に刺激しているのではないかーー瑛一のうすらぼやけた脳裏では、そこまで考えるのに精一杯だった。そこからは瑛一の意思ではなく、瑛一の支配下にない攻撃的な部分が勝手に動いてやったことだ。
瑛一は音也と繋いでいた手を自分の意思できつく握り、乱暴にその体を引いた。がむしゃらにキスをした。全くスマートではない、子供っぽいキスを、何度もした。