17.いとゆう
 空は青く、高く、綿を千切ったような雲がいくつか身を泳がせていた。刀を振るっている時にはすっかり忘れてしまう体温は漸くその機能を身体に落とし始めていて、汗ばむような陽気だった。本丸は未だ冬の気配を残して、曇天と冷たい空気が、今は恋しくなる。
 第二部隊は遠征先で資材と物資の補給、及び刀装による援護射撃。第一部隊を掩護する為に出発して、早や二日。中継地点までの活路を切り開き、仮の拠点を作成する者と援護射撃に徹する者、二つの班に分かれて行動していた第二部隊隊長、燭台切は、切り立つ崖の上にいた。本丸に通信を入れてから半刻、そろそろ第一部隊が中継地点へ降り立つだろう。持ち込んだフィールドスコープを覗きながらその時を待つ。戦の緊張感とは裏腹に、風は柔らかく頬を撫でていた。惹かれるように顔を上げると、焦点を合わせた中継地点がぽつんと遠く、小さな人影が見えるばかりで、先には平野が延々と続いていた。
「燭台切さん。第一部隊、来ます」
 銃兵を装備した小夜左文字が微かに上空に視線を逸らし、再びスコープを覗き込んだ。彼の言った通りに細い光が中継地点へと降り立った。照準を合わせているとはいえ、この場から援護できる範囲の敵は先程倒しきって、殆ど仕事は終わったようなもので、将棋の様に駒が進んでいく所を見詰めるしかない歯がゆさに心が疼く。これも仕事の内だと理解した上で、刀剣男士としての本能は消し去ってくれないらしい。いくつかの影が散ってゆく。その中に、彼の姿はある。青い外套。こんなに遠く離れていても分かる。清々しい青は、裾を翻しながら戦場を駆けてゆく。その後ろ姿を、ただ眺めている。
 陽炎が揺らいでいるように見えた。青は瞳の中でゆらゆらと揺蕩う。それは長く開きすぎた瞳を潤すための涙だったが、その生理的な現象にすら、彼を希う気持ちが体から溢れ出てしまったかのように思えた。
「……太鼓鐘さん」
 後ろからする声はいつもの彼らしく平坦で。戦場において彼は、事実しか語らない。
「今日、調子良さそうですね」
 少しの時間をかけて、調子の善し悪しを分かる程度の仲にはなった。小夜の言う通り、彼は快調に進む。細い脚で力強く大地を踏み、骸を越えて、土埃の上がる中でも閃く青。
「羨ましいですか」
 羨ましい。そう思う自分もいる。刀として振るわれることは、何にも勝る「或ることの証明」である。その証明よりも湧き上がるのは、あの青の隣に自分が立てたのなら、という願望。
 彼が動く。熱が生まれる。その息吹を真っ先に感じて、彼に背中を預けて薙ぐ。そう在れたなら。
「少し違うかな」
 そうか、違うのか。小夜の声が聞こえてきそうな間が空く。次いで通信用の端末のアラームが、第二部隊の遠征の終わりを告げた。間もなくゲートを開きます、という文字列に、資材、機材を所定の位置に置いて転送の時を待つ。まだ遠くから、太鼓鐘の姿を観ることができた。きぃん、という細い金属音の後には、もう眼前に桜が舞っている。本丸は冬だというのに、出陣と帰還に使われる門の周りは花弁だらけで、もう誰も掃除をしようともしない。近頃は出陣も多い。踏みしめた靴底の裏の花。きゅっ、と音を鳴らして地面に擦りつけられる花。余韻を残して、桜の雨は止む。
 第二部隊に解散を告げて執務室へ向かう。
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初公開日: 2020年04月11日
最終更新日: 2020年04月11日
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