「局長。セブルス・スネイプが来訪されたとかで呼び出しが入ってますよ」
ハリーは思いっきりツナサンドイッチを喉に詰まらせた。
「にゃ、な、なんだって???」
セブルスが魔法省に来たって言った???
「あ、ん、すぐ行くよ……ウン……」
ハリーは食べかけのサンドイッチを一瞬恨めしげに見てから急いで立ち上がった。
「で、スネイプはどこだって?」
彼を『スネイプ』だなんて不敬に呼び捨てるのはひどく久しぶりだ。いつの間にかすっかり『セブルス』と呼び慣れていたのだなぁとしみじみ思った。
「やあ、ハリー。忙しいところ済まないね」
「魔法省大臣たっての呼び出しを断れませんよ」
笑顔が引きつっていないか心配だ。キングズリーの向かいには、あの懐かしい黒ずくめのローブを着た仏頂面のセブルスが腰掛けている。なんでぇ?最近家じゃあ僕が買ってきたオシャレな服着てくれてたじゃん。
「君には懐かしい訪問者だろうね。君の恩師のセブルス・スネイプだよ」
「お久しぶりです。Mr.スネイプ」
いやまあ、今朝も会ったけどね。もっと言えば昨晩も同じベッドで寝たけどね。出勤前にはいってらっしゃいのキスもしてもらったしね。そんなツッコミめいたことを考えながらセブルスに汗ばんだ手を差し出す。セブルスが渋い顔で僕の手を握り返して、たぶん僕の笑顔を胡散臭いとでも言いたいんだろうなと思った。
もう何年も闇祓い局で働いてるけれど、セブルスが僕の職場を訪ねてくるのは初めてだ。親が授業参観に来たときの子どもってこんな気持ちなんだろうか。すっごくそわそわする。僕がこっそり髪を撫でつけていると、目ざとく気づいたらしいセブルスに鼻で笑われた。……頬が熱い。キングズリーが向こうを向いていてくれて助かった。
「じゃあセブルス、散歩がてら少し館内を案内しようか。君は省内には詳しくないだろう?」
「お願いしよう」
セブルスが立ち上がるのをぼんやりと眺める。いつもは家にいるセブルスか、家の実験室で研究しているセブルスしか見ないから、なんかこれってすごく変な感じだ。ここにいるセブルスは堂々としてて、格好良くて、闇祓いにも引けを取らない実力者だって一目でわかる。僕の恋人なのにそうじゃないみたいだ。僕だってそれなりに実力を認められてこの地位についてるはずなんだけど。彼は僕にとっていまだにずっと先にいる人で、僕を甘やかしてくれる人で、無意識に頼りにしてしまう存在だ。こう目の前にしてしまうとなんだか自分がすごくちっぽけなように感じてしまう。恋人になろうが同棲しようが、僕はやっぱり彼を『先生』として見てしまっているのかもしれない。
僕がそんなことを思い悩みながらアウラー服の裾を引っ張っていると、セブルスがちらりと視線をよこした。家で見せるようなフランクな視線だ。どんな視線かって?明らかに面白がっている。『びっくりしただろ?』とでも言いたげな、どこか得意げな顔だ。僕はあきれた顔をして見せて、そうして顔を背けてちょっと笑った。
ああ、彼は"僕の"セブルスだ。胸の中に安堵と嬉しさとくすぐったさが広がった。沈み込んだ気持ちは再浮上、僕の秘密の恋人が職場に来ているってことのワクワク感さえ感じ始めた。僕だってなかなかやるんだよってとこを彼に見てほしいよね。彼に感心されたい……なんて年甲斐もなくそわそわしてしまっていることに気づいてなんだか恥ずかしかった。
キングズリーとセブルスの話から推察すると、どうやらセブルスは闇の魔法使いの取り調べに協力するらしい。なんで今更?って思ったけど、そういえばそろそろ証拠不十分で刑期がめちゃくちゃ軽かった死喰い人たちが釈放されちゃうんだった。セブルス、前は闇祓い局に協力の依頼されたとき断ってたはずなのにな。僕が局長になったから…とかじゃないよね…? そうだったら嬉しいな、なんて。
キングズリーはセブルスの前なのに僕のことをやたら褒めちぎって、僕は顔から火が出るような思いだった。
「歴代で最年少の局長なんだよ。もちろん彼のネームバリューが理由じゃない。彼自身の実力だ。ハリーの判断力と勇気は闇祓い局の中でも群を抜いてるよ。能力は言わずもがなだしね。私たちもハリーと決闘なんてする機会があればどうなるかわからないね。それからなんと言ってもハリーは心が優しいからね。部下思いで、誰からも慕われている。彼が闇祓い局を率いてくれることを誇りに思うよ。自分の身を顧みないことが玉にキズだけど」
玉にキズって、僕の額のキズにかけてるんだか知らないけど全然笑えない。セブルスのきっつい視線にグサグサ刺されて身が縮む思いだった。どんなに酷い怪我を負っても、闇祓い局の治療班は優秀だから傷跡一つなく治してくれるし、セブルスにはバレないだろうと思ってたのに…!!
「ほう、身を顧みない。周りが傷つくのを見るぐらいなら自分が傷つけばいいと…。英雄殿は相変わらず傲慢ですな」
セブルスの視線がブリザード並みに温度を下げていく。『英雄殿』も『傲慢』も、面と向かって言われるのはものすごく久しぶりで彼の怒りが伺えた。でもちょっとだけ気づいたことがある。
セブルスの怒り方は僕が学生だった頃とほとんど変わらないのに、僕は彼が僕を心配して怒っているのだとすぐにわかった。『私が何より大事にしているお前を、お前自身が蔑ろにして傷つけているとはどういう了見だ』って声が聞こえてくるようだ。もしかしたら、彼は僕が学生だった頃もこうして僕を案じて怒ってくれてたのかもしれない。怖いことには変わりないけど。
「まあそう責めないでやってくれ、セブルス。彼はとてもよくやっているよ。ハリーは非常に高い検挙率を達成しているし、周りの一般市民にほとんど被害を出していない。これはとてもすごいことだ」
「まあ……ならば、昔と比べて少しは成長したのでしょうな……」
口ではそう言いながら、僕を横目で睨む彼の瞳は確実に『あとでこってり絞ってやるから覚悟しておけ』と言っていた。今からすでに気が重い。
「では、私はもうここで失礼するよ。詳しいことは部下に聞いてくれ。ハリー局長、あとは任せた。セブルスと協力して頑張ってくれ。いい結果を期待しているよ」
僕の肩を軽く叩くとキングズリーは側近とどこかへ行ってしまい、僕とセブルスだけが廊下に取り残された。セブルスを見上げるとまだぷりぷりしている。まいったなぁ。でもここじゃあセブルスにキスして機嫌を取るわけにはいかない。
「えっと……じゃあ、局まで案内しますね…」
気分は学生の頃、スネイプ先生の罰則へ赴くときのようだ。僕がセブルスの先に立って歩いてるってとこだけ違うけど。僕が時々振り返りながらセブルスを先導し、彼が黙って僕に続く。いつも闇祓い局局長として歩きなれた廊下なのに何故かこうして二人で歩くと、肩書や仮面が歩くたびに剥がれ落ちてしまうような錯覚に陥った。ちっぽけで何も持たず、未熟で弱くて、セブルスの手を煩わせてばかりの、幼い学生時代の『ポッター』に、みるみるうちに戻ってしまったような気分だ。どうしてだろう。
『スネイプ先生』も『セブルス』も、僕の良いところも悪いところを全部全部知ってるからかもしれない。僕の英雄としての肩書も、闇祓い局局長としての実績も、貼り付けた笑みも、ブラック家の後継者というカードも彼に対してはなんの役にも立たない。彼に僕のごまかしは通用しない。何もかも見抜かれてしまうだろう。
だから闇祓い局に入ったらなんだかホッとしてしまった。ここには僕の実力を信じてくれている部下たちがいる。
「あ、局長、おかえりなさい。呼び出しどうでした?」
「わあっ!セブルス・スネイプ?!お会いできて光栄です」
忘れがちだけどセブルスは影の英雄だ。本人が嫌がっててもこればっかりはどうにもならない。セブルスは強請られ死んだ目で部下たちと握手を交わしていた。僕はパンパンと手を叩いて部下たちの注意を引く。大臣に命じられたことを軽く説明し、しばらくセブルスが一緒に働くことになるけどいいかな?とお願いした。セブルスが軽く会釈をする。
部下たちがわらわらと仕事に戻ると、仏頂面のセブルスが無言で僕へ自分のデスクはどこだと聞いてきた。僕は物置と化していた局の一角から適当に余っていた机を引っ張り出してくる。どこに置く?という目でセブルスを見上げると、僕の机の横を顎でしゃくった。僕のことを隣で見張るつもりなんだろう。まあいいか。
僕が机をテルジオしたり椅子のガタつきを調節してる間に、気づいたらセブルスが僕の机を漁っていた。うわあああ!!
「ちょっ!まっ!なにしてるんですか!!」
「整理整頓がなってないな。これは?」
「ホットアイピローですよっ!この間もらったんですっ!」
「ふうん?」
セブルスは意地悪げな顔で、僕が飾っていた写真立てを杖でつついた。闇祓い局のみんなで撮った集合写真が一瞬で僕とセブルスのツーショットに変わる。
「うわーーっ!!」
悲鳴を上げて飛び上がり、写真立てを奪い取って胸に押し当てる。毛を逆立てたネコみたいにフーフー怒っている僕を見ながら、セブルスは実に楽しそうに笑っていた。ゆ、油断も隙もない…。誰もこの仕掛けには気づかなかったのに…。
「随分と可愛らしいのことをするのだな、お前は…」
耳元で囁かれ、確実に僕の頬は今真っ赤になっているはずだ。僕はぐったり自席に崩れ落ちて頭を抱えた。
「一体いつまでいるんですか貴方……」
「さあな」
「気が重い…」
「ふむ。そうだ、紅茶ぐらい淹れてやろうか」
「エッ!ほんと?!」
ここでセブルスの紅茶が飲めるの?!
現金にシャン!と飛び起きて背筋を伸ばした僕を見てセブルスが苦笑する。
いつもの局長としての顔が剥がれかけ、表情をコロコロ変える僕を部下たちが笑って見ていた。
「なるほど。そっか。でもさ……」
僕が仕事に追われている様をセブルスがじっと見ている。彼の前には捜査対象の死喰い人のファイルが開かれていて、でも確実に彼はそっちを読むより僕を眺めることに多くの時間を割いていた。僕はため息をついて紅茶の入ったマグを手に取ると、コロ付きのデスクチェアをシャーッと滑らせてセブルスの横にくっついた。
「さっきから何見てるんですか。僕そんな変な顔してます?」
セブルスは口を開いて一度閉じ、歯切れ悪く言葉を口にした。
「いや…その…、なかなかしっかり局長をやっているのだなと……。済まない。そこまで見ているつもりはなかったのだが」
ほうほう。それはつまり、僕の仕事ぶりがなかなか様になってて驚いたってことでいいのかな? 頬が緩むのを抑えきれない。僕が嬉しそうにニコニコしてるのを見てセブルスが目を伏せた。その頬が若干赤く見えるのは気のせいじゃないだろう。
「済まない、邪魔をした…」
「いえいえ。何か気づいたことや困ったことがあれば何でも言ってくださいね」
気を良くした僕が愛想良く言うとセブルスがフッと笑った。嬉しさが抑えきれない子どもみたいだと笑われた気がして僕はちょっと拗ねた。
「そんなプランは許可できない。いいか、Mr.スネイプは無罪判決を受けてるんだぞ。わかっているのかい?」
つい、強い口調になってしまった。どんなに内心が荒れ狂っていても表には出さないように気を付けているのに。
セブルスが咎人だとでもいうような言い方に、彼の安全を軽んじた計画に、つい怒りが抑えきれなかった。確かにセブルスは死喰い人にすら怪しまれないほど闇の陣営に溶け込んでいた。その過程で数え切れないほどの罪も犯しただろう。だがそれは全て彼の贖罪だった。彼が藻掻き苦しみながら払った犠牲だ。
「Mr.スネイプは不死鳥の騎士団の団員で、命を懸けてヴォルデモートを欺き勝利に貢献した。彼は僕が知る中で最も勇敢な魔法使いだ。みんなにもそのつもりで彼に敬意を払ってほしい」
そう言いながら、一瞬ぎゅっとセブルスの手を握り締める。
悔しかった。彼がいまだに誤解され続けていることが。セブルスは傷ついていないだろうか。セブルスを抱きしめてあげたい。あんなの、誰がなんて言おうが気にしないでって。僕はセブルスに心から感謝していて、尊敬していて、愛しているよって。
柄にもなく動揺してしまい、捜査計画が頭から吹っ飛んでしまっていた。僕は一旦休憩を取ろうと言い、頭を冷やすために廊下に出た。
額に手を当てて深呼吸をしていると、人の気配を感じて振り返る。すぐ近くでセブルスが僕を見下ろしていた。僕が泣きそうになっているのを見ると、彼は怖い顔をして僕の手首をグイと引っ張った。そのまま引きずられるようにして連れてどこかへ行かれる。まるでかつてのスネイプ先生に罰則を課されるときのようだ。
セブルスに聞かせてしまったことを思うと頭の中がぐちゃぐちゃになった。胸が痛い。自分のことなら誰になんと言われようとどうでもいいのに、どうしてセブルスのことだとこんなに辛いんだろう。セブルスが大事だ。もう二度と彼が傷つくさまを見たくない。セブルス……。
乱暴に手を引かれ、埃っぽい小部屋に引きずり込まれる。謝ろうと彼を見上げた瞬間、強く抱き寄せられ唇が重なった。
「…っ?!…んんッ――」
食べられてしまいそうなキスをされて、反射的に反り返った腰を軋むぐらいきつく抱き締められた。一瞬驚いて、でも慣れ親しんだキスはすぐに僕の身体に馴染んだ。
意識より先に身体が彼を受け入れて、腕が無意識にセブルスの背中を抱きしめる。性急なキスを宥めるようにして舌を絡めた。
「んうっ」
捕らえられた舌を強く吸われて鼻にかかった声が漏れる。ようやく解放された僕はくったりとセブルスの胸にもたれかかった。
「……仕事中なのに……」
「ん」
お構いなしに僕の額にキスを落としている彼は、聞いているかどうかすら怪しい。
「どうしちゃったのさセブ……ってそうじゃないよ、僕貴方に謝らないと――」
「いやいい。ありがとうハリー」
「えっ?」
あっけにとられて彼を見上げて、セブルスのどこか嬉しそうな顔を見て僕は気づいた。
「え、もしかして僕がセブルスを『最も勇敢な魔法使い』って言ったことを言ってる?」
チュッと触れるだけのキスをされたのが答えだった。
「バカそんなのずっと前から思ってるよ!セブ好き大好き愛してる!!」
首にかじりついてぎゅうぎゅう抱きしめる僕の背中をぽんぽん叩いて、セブルスはなんだか幸せそうな顔をしていた。
セブルスが闇祓い局にやってくるようになって数日が経過した。今僕はセブルスの隣でロンドンの地図とにらめっこをしている。
「確かにここは僕たちの捜査範囲からは外れてます」
「そうだろうな。私たちもそれが理由でここを利用していた」
僕らは釈放される予定の死喰い人に接触した人間を追いかけて、未だ検挙されていなかったデスイーター集団が存在するという証拠を入手していた。セブルスの記憶をもとに、集団規模と実力も凡そわかった。アジトも目星がついている。
「本当にお前が潜入捜査をするのか?」
セブルスの目は明らかに僕を心配している。
「いつもやってることです。そんなに心配しないで」
部下たちに任せてもいいが、この局で一番この仕事に適任なのは僕だ。僕ならあの大戦中に死喰い人の拠点に足を踏み入れたことがあるし、死喰い人がどんな奴らかもよく知っていた。今となっては平均年齢が低い局ではそういう人間は少なかった。
「大丈夫ですよ。ちゃんとポリジュース薬で変装しますし、信頼できる部下も連れていきます」
僕は安心させるように笑って言ったがセブルスの顔は晴れなかった。セブルスはからすれば僕が危険な任務に出掛けていくところを見るのは初めてだ。それなりに心配なんだろう。眉間には深いシワが寄っている。学生時代にもよく見たしかめっ面だが、今見れば心配でたまらない彼の気持ちが透けて見えた。抱きしめてキスをして、彼が落ち着くまで髪を撫でてあげたいところだけどここじゃ無理だ。帰ってきたらとことんセブルスを甘やかしてあげよう。そんな気持ちで彼に微笑みかけると、微笑みはもらえなかったが両肩に手が置かれて『無事に帰ってきなさい』って言葉をもらえた。嬉しい。これまでで最高の見送りの言葉だ。つい顔が緩んでしまってセブルスに睨まれた。睨まれたって関係ない。セブルスの顔を見てから任務に出られるなんてなんて幸せ。いつもこの瞬間、死んだらセブルスに二度と会えない、別れの挨拶も出来ずにセブルスを置いて逝っちゃうんだって恐れが頭の片隅にあった。彼に見送られて、無事に帰ってこいって言葉をもらって、絶対に生きて帰ると心に誓った。セブルスが願ってくれれば、セブルスの願いがあれば僕は絶対死なないって何故か無条件にそう思った。
「危ないっ!!!!」
接触した死喰い人がそのボタンに手を掛けたとき、僕のほうがその男に近いところに立っていた。そのボタンが押された瞬間、大戦中ハグリッドのオートバイから飛び出したような鮮やかな色の檻が、僕らを閉じ込めようと勢いよく吹き出してきた。
間に合わない。本能的にそれを悟った僕は、僕より離れたところに立っていた部下を渾身の力で突き飛ばした。檻は部下の肩を掠め、酷い火傷をもたらしてから僕を完全に閉じ込めた。
「逃げろ!!!立てっ、立つんだ、早く逃げ――」
怯えたような部下の目、背中から僕を刺し貫いた失神光線。
セブルスごめん。また心配かけるね。セブルス、やだよ、こんなところで終わりたくない。まだ僕は貴方と――――
闇が迫る。セブルスのローブのような真っ黒なそれが僕の目の前を覆い隠し、僕は何もわからなくなった。
今日はここまでにしますね。
ありがとうございました〜。また書きます。