アイドルに恋なんて要らない。それは信念でも何でもなく、ファンへの愛を売る俺たちみたいな仕事をしている人間には当たり前のことで、この業界に入った頃から身に染みた、ファンに対する公約みたいなものだった。だから、俺が抱いているこの感情は恋ではないし、それに伴って繰り返されるこの行為も恋ではない。これは、恋、なんて、そんな軽いものではないのだ。
「……賢木クン。呼び出された理由は、わかってるわね?」
眉間に皺を寄せた所長の前に並べられた、週刊誌と思しき記事のコピー。そこに映る、俺と、この前知り合ったばかりのモデルの女の子。踊る見出しは、『また、熱愛発覚!!!』。ご飯食べに行っただけだっての。本当に週刊誌の記者って暇だなぁ、なんてぼんやり考えていると、はぁ、と重々しい溜め息が耳に届いて。眉間を解すように揉んでいる所長に目を移すと、ちらり、と険しい目で睨み付けられる。
「一体、いつになったら、この『遊び』、やめる気になってくれるのかしら?」
全てを見通したように、所長がうんざりとした表情で俺に問いかける。ジッと俺を射抜くような視線から逃れるように目だけを逸らして、てへっ、と首を傾げて笑って誤魔化す努力をした。
「しょーがねぇじゃん。オンナノコに食事誘われて、断るのも失礼だしー」
そう、俺はモデルの子のメンツを保つために食事に行っただけ。それをたまたま写真に撮られた。ただ、それだけ。
「あなたねぇ……自分が国民的人気アイドルだっていう自覚はあるのかしら?」
ぴくぴくと引き攣るこめかみを押さえながら、所長は顔を引き攣らせた。
自覚? あるに決まってる。俺は国民的アイドルグループの一員で、俺の一挙手一投足で世間を騒がす存在だってこと。でも、それとこれとは別の話。オンナノコに恥を掻かせるのは俺の趣味じゃないし、いつもそのタイミングを計ったように写真に撮られてしまうのもただ運が悪いだけ。アイドルの俺にだって、プライベートくらい、認められたっていいだろ?
「……一体、いつになったら落ち着いてくれるのかしら?」
「いやー……俺を誘ってくるオンナノコが絶えないから仕方がないっていうか」
「……貴方の場合はそれだけじゃないでしょ? いつになったら、諦められるのかしら? って言い方をした方がいいかしら?」
真っ直ぐに俺を射抜く所長の目に居心地が悪くて、ごそ、と姿勢を崩す。何を、とは言わないくせに、的確に的を突いてくる所長の言葉に、グッと握り拳に力を込めた。
「……次からは、気をつけます」
ぼそり、と呟いた俺に、所長は、はぁ、と深く溜め息を吐いた。多分、きっと、バレている。俺が次を気をつけるつもりなんてないことも、それから、俺の内に秘めている想いと、あと、この行為の意味も。
わかったなら行っていいわ、と形だけの許しを得て、頭を下げて所長室から退出する。パタン、と扉が閉まった瞬間、ぺろりと舌を出して片目を瞑った。
止められるわけがないのだ。写真を撮られてしまえばこっちのもの。あとは好き勝手に週刊誌の記者に記事を書かせて、世間を賑わすだけ。その行為の裏に隠された俺の意図を包み隠すには、週刊誌の記者の妄想力は寧ろ有難いものでしかない。どんどん好き放題書いて、嘘で飾り立ててほしい。
「……賢木」
静かに響いた声に、仄暗い喜びが生まれて、心が震えた。何でもない顔をして、声がした方向へと振り返る。
「……なに? どしたの、皆本」
「どうしたの、って、お前……」
ハァ、と深く溜め息を吐きながら皆本が俺に歩み寄ってくる。へにゃりと笑いながら、皆本を待っていると、腕を掴まれて、ここじゃアレだから、場所を移そう、と引っ張られていく。それに逆らうこともなく、にこにこと着いていくと、また、はぁ、と溜め息を吐かれて。空いていた手近な小会議室に押し込まれて、がちゃり、と鍵の音が響いた。
「ヤダ、何、皆本クン、俺と密会?」
きゃ、と口元に両手を当てて冷やかすと、眉間に皺を寄せた皆本がギッと俺を睨みつけた。
「密会して、写真まで撮られたのは君だろう! 賢木!」
トン、と人差し指で胸を突かれて、大袈裟にイテテとリアクションを返すと、ふん、と皆本は腕を組みながらそっぽを向いた。
「……今度はモデルの子、だったか? 可愛くて、胸の大きい」
「……よく御存知で」
俺の返答に、やっぱり、と顔を顰めた皆本は、表情を隠すように俯いて告げる。
「……毎回言っていることだけど、君が、真剣に交際するっていうのなら、僕は何も言わない。でも、こういう、遊びみたいなのは、相手も、君も傷つくだけだ」
「……うん」
「……そろそろ身を固めたいのなら、僕は止めない。寧ろ、歓迎、する」
俯いて、苦しそうに告げられるその言葉に、俺の心の奥深くの暗い暗い闇の部分がじわじわと満たされていって、思わずにやけてしまうのを止められなかった。
「そんなわけねぇじゃん。俺が皆本クンを置いて、どこかに行くとでも思ってんの?」
後ろを向いている皆本にそっと寄り添って、ぎゅう、と後ろから抱き締める。皆本の肩にすりすりと額を寄せれば、ほっと身体から力を抜いた皆本が、優しく俺の頭を撫でてくれて。
「……なら、いいんだ。ゴメン。邪推だったな」
「ん、いーよ」
甘えるように、きゅう、と皆本の腰に腕を回すと、ポンポンと優しく腕を叩かれる。それを合図に、俺はえいやっと腕を解いて、皆本に笑いかけた。
「心配掛けてゴメンな! 今日はこの後皆で今度のライブの打ち合わせだっけ?」
「あぁ、そうだよ。第三会議室」
一緒に行こう、と誘われて、二人きりだった密室から出て廊下を連れ立って歩いていく。もうすっかり明るいいつもの穏やかな皆本に戻ったことを確認して、バレないようにホッと息を吐いた。
これは恋なんて簡単な言葉で片付けられる、そんな生易しいモンじゃない。
だって、俺はアイドルだ。
アイドルに、恋なんて要らない。