幼少期から女手ひとつで俺を支え続けてくれた姉は自らの手を離れて世界で一番気に食わない男の元へと嫁に行く。そんな近い未来を思い描いてみても今では存外痛みもなく、むしろ自分でも驚くほど自然に受け入れられていた。認めたくはないがその理由にも俺は薄々気付いていた。
 ◇◇◇
 不眠症の街の夜も仄かに柔らかく感じられてきた。終電前の街に蔓延るネオンライトや表通りを忙しなく横行するキャッチは季節など忘れて今日も動き回っているが、冬真っ只中のそれに比べれば少しだけ解凍されほどけた空気が肌を撫でた。コートのポケットに突っ込んだ指先も以前ほど凍てついてはいない。吐く息がほんのりと白かった。こんな街ではろくに星も見えないけれど、それでもこの街を星空みたいだと言うあの女の横顔を思い出した。きっとあいつは今日もあの場所で待っているんだろう。
 街の入り口へと続く裏の路地を通り過ぎて表通りへ左折すると、予想通り今となっては見慣れた小さな人影が立っていた。チャイナだった。
「オウ」
「待たせたかィ」
「べつに」
 自販機の青白い光に反射する白い顔とともに、こちらに振り返ったチャイナの唇は真っ赤だった。普段と同様に化粧っ気のない幼さの残る顔に、今日は赤い口紅だけが小さな唇に塗りたくられている。それは何ともアンバランスな風貌だった。
カット
Latest / 25:35
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知