満月だ。とても大きな。
「今日は明るいね。帰りの廊下もあかりいらないぐらいじゃない?」
「今年最大の満月らしい。……それよりも主、どうか手を動かしてくれ」
換気のために開け放った障子を覗き込むようなその満月はなんだか笑っているようにも見えた。
「明日が期限だろう、この里の報告書は」
「月見酒したいね〜」
「これが終わったらそうしよう。支度をさせる。君は目の前のことだけ考えてくれ」
どうか、と。近侍の膝丸はそれしか言えないようだ。手元の紙面から目をそらさない。ペンも止まる様子はない。ガリガリ、カツカツ。ペン先が机にぶつかる激しい音が上がる。
「見て。桜が月明かりに照らされてるよ。綺麗だね」
どうしてもこの景色を共有したい。この修羅場の少しの癒しだ。膝丸の袖を少しだけ摘んで揺する。眉間の皺をぎゅうっと深くして目を細めて私を睨む近侍。批難するようなその視線に負けじと「ほら、」とさっきよりも強くその腕を揺らした。ペン先が紙面をいたずらに走らないようにそれが手放されたところで私の勝利だ。勝利Aぐらいだろう。この膝丸相手に上出来だ。
間抜けにへらへらと笑うのは得意だ。そんな私の顔を見て諦めた膝丸は渋々といった風にとってつけたように体を捻った。
「……ほう」
大きなその月に照らされた膝丸はとても綺麗だ。自分のボキャブラリーの無さに悲しくなるほど綺麗だ。もっと他に表現の仕方があるはずなのになにも出てこない。薄荷色した髪が透けてその下にある瞳が煌めいた。この夜の中にある光が全部この膝丸を引き立たせるためにあるようだと思った。
「月が、綺麗だな」
「え?」
ぽつり。落としたように呟いた言葉は聞き落としたわけではない。ちゃんと聞こえた。この夜に凛と響くような声だ。きちんと聞こえた。
「それ、意味知ってたりする?」
私の時代では有名だ。気まぐれ。ただの気まぐれだ、聞いたのは。