0日目
しゅーじとかもう絶対会えないじゃん野戦病棟の最前線でしょ連絡とかしてる余裕なくってさ、生存確認も怪しくてしほちゃそわそわしっぱなしでもうどうしようセンセイはバカやってフラグ立ててるくらいが丁度いいのに、なんでこんなに不安なのって、迷惑にならないように毎日決めた時間に電話し続けて、やっと電話が繋がって、しほちゃホッとして、私、先生の何かになりたい、ってポロっと言っちゃって、毎日戦場に揉まれてボロボロになってたしゅーじは、じゃあ付き合うか、ってポロっと言っちゃって、付き合うだけじゃダメ、法的拘束力が欲しい、ってしほちゃが呟いて、じゃあ結婚するかっていう交際ゼロ日で結婚に至るさかしほ。。。
ずっと意地張ってツンケンしてた二人が世界的危機に見舞われて好きとも言わずに結婚を決める、そんなめちゃくちゃならぶすとーりー。。。
1日目
結婚の遣り取りした電話の次にしゅーじと繋がった電話で、バベルの俺の部屋のデスクの引き出しに俺の家の合鍵と大きい封筒が入ってるから、着替えと一緒に持ってきてくれないか、ってしゅーじに頼まれるしほちゃん。
しほちゃん次の日すぐにバベルに行って合鍵と封筒持ってしゅーじの家に行くの。
しゅーじの家には来たことあったけど、こんなお遣いは初めてで、ちょっとだけドキドキしちゃう。
なんか本当に結婚するのかな?なんか勢いとか流されてみたいな遣り取りだったけど、本当に結婚するの、私たち?みたいな。
何かあったわけでもないし、付き合ってたわけでもないし、本当に急に電話でそんな話になって、冗談みたいに結婚するってなったけど、アレから何かあったわけでもないし、そもそも顔を合わせて話をしたわけでもないし。
今はそんな状況じゃないってわかってるけど、でも、先生も疲れてるみたいだったからちょっとおかしかったのかもしれない。
そんなこと考えながら荷物纏めてしゅーじが派遣されてる感染症指定病院へ向かうの。
で、しゅーじに指示された通りにグリーンゾーンの際の受付のとこで荷物と封筒と渡して手続きしてたら、レッドゾーンの扉が開いてしゅーじが出てくるの。よっ!て片手ヒラヒラさせてさ。
でも、見るからにボロボロでドアの向こうは異常なんだってヒシヒシ伝わってくる。
ゾーン分けの中間のところで、しゅーじ宛の荷物が消毒されていくなかで、しゅーじが封筒だけ待ってくれ、彼女に差し戻してくれって言うの。
そのなかには俺がしんだ時に関する書類が入ってる。もし、受け入れてくれるなら、みなもとの名前が書いてある欄全てを君の名前に書き換えてくれないか、ってレッドゾーンからグリーンゾーンへの内線通してしほちゃんに伝えるの。
しほちゃんハッとして封筒の中身確認したら、しゅーじが死んだ時どうするとか保険とかの書類が入ってて。
それにサインするってことは、本当に俺の奥さんになっちゃうってことだけど、どうする?って。
もし、しほちゃんが本当に俺と結婚する気があるんなら、婚姻届にサインして持ってきてほしい。俺もサインするから提出をお願いしたい。俺は本気だ。って。
なんなの。何よこのプロポーズ。ふざけないでよ。こんなの絶対許さない!って言いながら、しほちゃん書類にどんどんサインしていくの。
二重線引いて訂正印押して名前を書いて。
お願いどうか死なないで。無事で私の元に戻ってきて。って祈りながら。
好きとかそんな甘いものは一切ない関係だったけど、確かに自分達の間には他人とは違う絆があって、それを法的な形にしただけかもしれないけれど、間違いなく私と先生は他の誰にも邪魔されない絆がある。好きなのかどうかはわからないけれど、この気持ちには確かに何かしらの愛が乗っている。私が先生を生に繋ぎ止めることができるならって書類全部に名前を書いて受付に渡す。
婚姻届は明日持ってくるわ。先生こそ本当にいいのね?って内線で繋がりながらガラス越しに先生を見つめる。
君に俺の全てを預けられるなら何より心強いもんはねぇよ。君こそ本当にいいのか?
そっちこそ。生きて私の元に帰ってこなかったら許さない!
ハハハ、ってしゅーじは笑うけど、急に真面目な顔して、俺と結婚してくれ、しほちゃん。って。
しほちゃん泣きそうになりながら、はいって返事する。
2日目
しゅーじとバイバイしてすぐに役所に行って婚姻届貰ってくるしほちゃん。
すぐに実家に帰ってママに証人欄書いてもらう。
私、バベルの賢木先生と結婚するからって。
あら、意外と早く纏まったのね、って紫穂ママ。
どういうこと?ってしほちゃん聞き返すと、いつかあの先生とそうなるんだろうなってパパとも話してたのよって紫穂ママ。
しほちゃんドキリとして黙々と自分の欄を埋めていく。
自分のことをよく知ってくれている人がそんな風に自分達のことを見ていたなんて驚き。
紫穂ママに、どちらの苗字を名乗るのかはあなたたちに任せるわ。なんて言われて、改めて自分達は結婚するのだと思い知る。
今は大変な時期だろうけど、ちゃんと二人で乗り切るのよ、って紫穂ママに背中押されて、うん、って感極まるしほちゃん。
次は急いで皆本くんのところへ向かって承認欄を埋めてくれるようにお願いする。
皆本くんはもちろん驚き。君たち付き合ってたのか!?って。
付き合ってないけど結婚するの。
これ以上、先生と見えない繋がりのまま関係を維持していくなんてできない。だから結婚するの、って皆本くんに訴えるしほちゃん。
いや、確かにそれは結婚に値する理由だけど、本当にそんなので決めてしまっていいのか?結婚っていうのは一生涯を共にしてお互いのことに責任を持つってことなんだぞ?
わかってる。だからこそ先生と結婚するの。私が先生を自由にしなせたりしない。しほちゃん強い目で皆本くんに訴える。
皆本くんもそんなしほちゃんに圧されてそうかわかったって証人欄書いてくれる。
ありがとうってしほちゃん笑って婚姻届を受け取る。
あとは明日これを持ってまた病院に行けばいい。
3日目
次の日、また約束してた時間に婚姻届持ってしほちゃんはしゅーじを訪ねる。
グリーンゾーンの受付のところで待ってたら、またしゅーじが出てきて、記入済みの婚姻届をしゅーじに渡してもらえるように受付に伝える。
何だかこれじゃあ私が先生に結婚せがんでるみたいだなと思いながら、書類が消毒されてしゅーじの手元に渡るのを見守る。
しゅーじ婚姻届受け取って、内容確認してサインする。
サインし終えて、もう一回じっくり内容確認してから、婚姻届をしほちゃんに差し戻す。
書類が消毒されて、しほちゃんのところに戻ってきて、また内線で通話。
ありがとう。書類準備してくれて。大変だったろ?
別に、書類取りに行って書いて持ってきただけじゃない。
でも、何の挨拶もしてねぇのに、証人欄書いてもらうのとか、大変だっただろ。今は無理だけど、必ず挨拶に伺うから、宜しく伝えといてほしい。
挨拶って、そんな。
要るだろ。結婚するんだから。
笑いながらしゅーじはしほちゃんに伝える。
それに、名乗る姓は賢木でいいのか?三宮じゃなくていいのか?俺は別に三宮でも構わないんだぞって真面目な顔で言うしゅーじ。
別に、どっちでもいいってママも言ってたし、私も大して気にしてないわってしほちゃん答える。
なら尚更ちゃんと挨拶に行って話しに行かなきゃなんねぇだろって答える。
話し合わなきゃいけないことがいっぱいあるんだろうけど、俺、ここを出れてもしばらく誰とも接触できねぇから。ちゃんと顔つき合わせて話できるの、かなり先になると思う。それまで書類の提出待ちたいんだったら、しほちゃんの好きにしていいから。今日はゴメン、あんま時間ねぇんだ。また次の時に!
バタバタと去っていくしゅーじを見送るしほちゃん。
消毒された婚姻届を受け取って、しゅーじのサインをなぞる。
透視して見えてくるのは、淡々とサインしているしゅーじの姿だけ。
それ以上のものがみえなくて、先生本当に勢いで決めちゃってない?大丈夫?ってしほちゃんちょっと不安。
まぁでも落ち着いたら離婚すればいいだけの話。今は先生の安否を確認できる立場でいたいからって、そのまま役所に婚姻届を提出しにいく。
ちょっとだけドキドキしながら提出したら、窓口の人に、おめでとうございます!って言われて、ああ、おめでたいことなんだ、ってしほちゃんハッとする。
諸々の手続はちゃんと話し合ってからにするとして、提出だけして帰る。
しゅーじに合鍵返すの忘れてたなと気付いて、定時連絡の時にどうすればいいか聞こうといつもの時間に電話をする。
そしたらしほちゃん持っててよ。結婚指輪の代わりに受け取って、と笑うしゅーじ。
いいの?と思わず聞き返すと寧ろそんなんしかあげられなくてごめんなって謝られる。
革のゴツゴツした男物のキーホルダーが付いた鍵を握り締めて、しほちゃんが、ちゃんと取り返しに戻ってこないと許さない!それまでちゃんと預かっておくから、私のところに帰ってきて!と訴える。
しばらくしゅーじは黙って、わかったって答える。
じゃあさ、しほちゃんもなにか頂戴よ。何でもいいから。できれば身に付けられるもの。
わかったわ。明日持っていくから。
明日も来てくれるの?
先生が望むなら。
ありがとう。待ってる。
通話を終えて、明日先生に渡すものを準備し始めるしほちゃん。
明日また先生に会えることを祈って。
4日目
しほちゃん、しゅーじに渡すものを持って今日も病院へ。
約束の時間に受付で待っていると、しゅーじがレッドゾーンから出てくる。
受付に物を渡して消毒に回してもらってしゅーじの手元に渡るのを見届けて内線通話。
しほちゃん、これって。
みなもとさんが一番最初に作ってくれた私のリミッターよ。
身に付けられるものがいいって言ってたから、私のネックレスに通してきたけど問題だった?
星のペンダントトップが付いたネックレスに通された、小さな指輪型のリミッター。
いや、これ、大事なものじゃないのか。
大事だからよ。それに、先生、みなもとさんの思念が読める物の方がいいでしょ?
だからそれを選んだの。先生を繋ぎ止めるにはそれくらいのものじゃないとダメかなって。
……そうだな。確かに強力だ。しほちゃんだけじゃなくてみなもとの痕跡もしっかり感じるよ。ありがとな。
そう言ってその場でネックレスを着けるしゅーじ。
まぁ、死ぬ気はねぇけど、何が起こるかわかんねぇ事態なのは確かだから。毎日来てくれてありがとな。あと電話も。本当に救われてる。
え?
毎日電話くれて俺に会いに来てくれるから、医者からただの人間に戻れる。本当に助かってる。
そ、そんな、大袈裟よ。
ここじゃ24時間フル稼働で医者だから。しほちゃんのお陰で人間でいられるんだ。本当にありがとう。
もし、しほちゃんが面倒じゃなければ、続けてほしい。
え、えっと……別に、いいよ。こんなことで、いいなら……
ごめんな。こんなこと頼んで……いつもだったらみなもとに頼むんだけどさ。
……なら、みなもとさんに私から頼んであげようか?
いや、しほちゃんがいい。君に続けてほしいんだ。
で、でも……
もう君は俺の奥さんだろ?君より他人を優先していいのか?
でも、みなもとさんは、先生の、大切な人じゃない。
そうだけどさ。君っていう俺の全部を任せられる存在ができたんだ。俺は君を選ぶよ。
センセイ……
今日も電話待ってる。コレ、ありがとな。大事にする。
うん……
しゅーじの後ろ姿を見送りながら、改めて、自分達の関係性が変わったことを認識してドキドキするしほちゃん。
自分ばっかりドキドキして、変な感じ。
ドキドキが収まらないまま帰って電話の時間までフワフワ過ごす。
いざ電話の時間になって、緊張してダイヤルできない。
そうこうしてる内にしゅーじから電話が掛かってくる。
慌てて電話に出るしほちゃん。
ゴメン。電話都合悪かったか?
ううん!そうじゃないの!ちょっと掛けるタイミング逃しちゃっただけ!
そっか……毎日ゴメンな。負担だったか?っていうか昼間の話も重かったよな?ゴメン。
そ、そんなことない!私にできることがあるのなら何だってするわ!センセイの奥さんになるんだから!
しゅーじ無言。
つい口走っていた「先生の奥さん」という言葉に気付いてしほちゃん顔真っ赤。厚かましかったかも。どうしよう。だって結婚はしたけど書類上の話で私たちの間には何もない。先生も日常を取り戻したら、冷静になるかもしれない。
しほちゃん。
しゅーじの静かな声が電話越しに聞こえてくる。
無事、ここを出られたら。一番に君に会いに行っていいか?
え?
電話越しじゃなくて、生身の君に触れたい。生きている君を感じたいんだ。
しゅーじから発せられた言葉に、しほちゃんはときめきよりも、しゅーじの仕事の過酷さを思い知る。
大丈夫。大丈夫よ、先生。私は生きて、明日も、明後日も、必ず先生に会いに行くわ。だから、大丈夫。
思わず口から出たしゅーじを励ます言葉。
色んな面を見てきたけれど、こんなしゅーじを知るのは初めてで、励まさずにはいられなかった。
……ありがとう。しほちゃん。
必ず、明日も行くから。
何も用事がなくたって、先生に会いに、病院まで行くわ。
だから、先生も、負けないで。
しゅーじのいる現場がどんな過酷な現場か想像もできない。自分の励ましが正しいのかもわからない。でも励まさずにはいられなくて、大丈夫、と繰り返していた。
黙って聞いていたしゅーじが答える。
ありがとう。しほちゃん。明日も、待ってる。
じゃあまた明日、と通話を終える。
まさか、先生と自分が、明日を約束するような間柄になるなんて思わなかった。
とくとくと鳴り続ける心臓を抑えつけながら、眠りに就いた。
5日目
バベルの任務で薫と葵と皆本に会う。
薫と葵は何も知らない。皆本に心配される。
あれから、大丈夫なのか?賢木も、無事なのか?
あまりにも普通の世界と、賢木と喋っている時に感じる現場との差。
大丈夫よ。先生も、何とか無事みたい。
どうしたの?先生って今病院派遣だよね?
何かあったん?
ううん。ちょっとね。
……話してないのか?紫穂。
話すどころじゃなかったのもあるけれど、確かに二人に話していなかったことに気付く。抵抗していた訳じゃないけれど、隠している意味もないと口を開く。
私、先生と結婚したの。
へぇっ?!け、結婚ッ?!驚く二人。
何かあるなとは思ってたけど、まさかそんな仲になってるとは。
ホンマやわ、まさか付き合ってたなんて。
……付き合ってないよ?
ハァッ?!電撃婚?!
驚いてる二人に言われて、確かにそうだなと納得する。
でも、先生は今普通の状態じゃないし、冷静さを取り戻したら離婚するかもしれないし。
ハァッ?!?!ちょっと待って全然話についていけないんだけど!
嘘やろ紫穂!?ノリで結婚決めてもたんか?!
二人に迫られて、考える。
ノリと言われればそうかもしれないけれど、私は確かに先生の何かになりたくて、結婚にOKした。これはノリと言ってしまっていいのだろうか。確実な立場が欲しくて、先生にそれを求めたら、返してくれたものが結婚だった。果たしてそれは、その場の勢いだけのものだったのだろうか。
紫穂なりに考えて、賢木と結婚を決めたんだ。僕たちがどうこう言えることじゃないよ、二人とも。それに、二人は納得して夫婦になるという選択をしたんだ。二人にしかわからない事情もある。それを横から口出しするのは野暮だよ。
まぁ、確かに。紫穂と先生、やっぱ同じ能力者やから特別、みたいなとこあったもんな。
確かにねー。そう考えると結婚してもおかしくないのかも。
さっきまでとは一転して結婚に納得する二人。親友の二人にまで結婚をすんなり受け入れられて、紫穂ちゃん驚く。そんなにも自分達は何か特別に見えていたのか。ここでも他人に指摘されてしまってソワソワしながら過ごす。
任務を終えて、すぐに病院へ向かう。ガラスを隔てた向こう側は、戦場なんだと改めて心が苦しくなりながら賢木が出てくるのを待つ。
現れた賢木は笑ってみせてはいるが、より一層疲弊した表情をしている。
会いに来たよ、先生。
紫穂ちゃん、何と言えばいいかわからなくてそれだけを呟く。
先生は笑ってありがとうと答える。
負担掛けてゴメンな。紫穂ちゃんを巻き込んで、ゴメン。
そういう遠慮止めなさいよ!私たち夫婦なんでしょ!
弱っているしゅーじにしほちゃん思わず叫ぶ。
しゅーじ、辛そうに顔を歪める。
……紫穂ちゃん、俺さ、今、ICUにいるんだけど。もう手遅れだってわかってたんだけど、何とかしたくて、俺の力使ったんだ。そしたらさ、呼吸が楽になったよ、ありがとう先生って、患者さん笑ってさ。そのまま、息を引き取ったんだよ。俺、何してるんだろうな。俺は皆を救いたくてここにいるのに。俺、一体、何やってるんだろうな。
しゅーじ、声を震わせながら、目元を覆いながら、紫穂ちゃんに語り掛ける。紫穂ちゃんしゅーじの話を聞きながら、泣きそうになるのを堪えてしゅーじに訴える。
先生は!その力で人を救えるお医者様よ!その人だって、先生のお陰で、最期は苦しまずに逝けたんだから、先生の力は役に立ってる!そんな、自分で自分を否定しないで!
紫穂ちゃん、しゅーじの心に届いているかはわからないけれど、必死になって訴える。
しゅーじ、唇を噛み締めて、グッと涙を堪えながら無理矢理笑う。
ありがとう、紫穂ちゃん。ありがとう。情けないとこ見せて、ゴメンな。
いいの。私、先生の奥さんだもん。
自然と口から出た言葉。自分でも驚きながら、でも、それが自然になっていることを受け入れている自分もいる。
それに、先生はちょっと情けないくらいがちょうどいいのよ。
ふん、と励ます為にも冗談を口にする。
しゅーじはそれにくしゃりと笑って、そっか、とだけ答えて、そろそろ時間だ、と帰っていく。
紫穂ちゃん、電話の時間まで、自分はしゅーじに何をしてあげられるだろうと考える。
答えは見つからないまま電話の時間。
電話を掛けると、いつもは数コールかかる着信が、2、3回のコールでしゅーじに繋がる。
先生?今大丈夫?
ああ、大丈夫だよ。あのさ、紫穂ちゃん。
表情の読めない平坦な声でしゅーじは続ける。
明日、病院、来なくていいから。
え?
俺、明日、一度家に戻ることになったから。だから、来なくていい。身体、休めろって、リーダーが。
そ、うなんだ。
電話も、いいよ。休みの日まで、悪いから。じゃあ、またな。
えっ?ちょっと先生?!
しゅーじに一方的に電話を切られてしまう。しゅーじの様子がおかしい。紫穂ちゃん、しゅーじの様子を見に行くことに決める。
6日目
紫穂ちゃん、しゅーじの家へ。
何となく、エントランスのインターホンを押しても追い返される気がして、いけないことだとは理解しつつも解禁してエントランスのロックを解除する。
以前来た記憶を頼りに、しゅーじの部屋へ向かう紫穂ちゃん。
しゅーじの部屋の前で深呼吸して、しゅーじに電話する。長いコール音の後に、電話が繋がる。
もしもし、センセ?
……電話、掛けるなって言ったよな、俺。
淡々と、聞いたことがない静かな声でしゅーじが答える。
……ごめんなさい。
思わず謝る紫穂ちゃん。
しゅーじのピリピリした空気が電話越しでも伝わってくる。でも、ここで怯んで帰ってしまったら、ここに来た意味がなくなってしまう。自分がしゅーじを繋ぎ止めたいと決めた結婚の意味もなくなってしまう。紫穂ちゃん勇気を振り絞って、しゅーじに向かって告げる。
先生、あのね……玄関ドアのところまで、来て
震える声を叱咤しながら、しゅーじに伝える。しゅーじ、は?って聞き返してきて、いいから!と紫穂ちゃんごり押しする。
まさか、来てるのか?
ええ。今、玄関の前にいるわ
バタバタとドアの向こうで人が動く気配がする。ひたりと冷たい玄関ドアに手を当ててしゅーじが来てくれることを祈る紫穂ちゃん。
……なんで来た
しゅーじの冷たい声が電話越しに聞こえてくる。
……ほっとけないからよ
紫穂ちゃんの言葉に、荒々しく舌打ちを返すしゅーじ。イライラした様子が伝わってくる。
……余計なお世話だって言ってるんだ。帰ってくれないか
……帰らない
しゅーじの溜め息が聞こえてくる。それでも紫穂ちゃん譲らない。
……そこに居ても、ドアは開けられないぞ。俺は保菌者かもしれないからな
わかってる。でも、こんな状態の先生をほっとけないよ
紫穂ちゃん必死になって訴える。
ドア越しなら会えるわ。私たちなら、こんなドア意味を為さないでしょ?
お願い先生ドアに触れて、と心から祈りながら紫穂ちゃん解禁する。しゅーじ、恐る恐るドアに触れて力を発動させる。
ドア越しのサイコダイブ。隔たりだったドアの向こうにお互いの存在を感じとる。見るからに弱っているしゅーじの様子に、紫穂ちゃん心打たれる。しゅーじに手を伸ばして思わず抱き締める。
先生!
紫穂ちゃん言葉にならない。しゅーじから伝わってくる、現場の悲惨さ。しゅーじが置かれている状況。昨日聞いた、最期を迎えた患者さんのこと。いろんなことが伝わってきて、思わず涙が溢れる。
昨日、看取った患者さんさ、病院に運ばれてきた時にはもう人工呼吸器つけなきゃいけない状態でさ、声、聞いたことなかったんだよ。もうさ、助からないってなって、人工呼吸器を外して、他の患者に回すことになって、俺、どうしてもさ、傷だけでも綺麗にしてあげたくて、力使ったんだ。そしたらさ、初めて声聞いてさ、感謝されてさ、俺、何もしてあげられなかったのに。俺の手、握って、笑って、息を引き取ってさ。俺、本当に、何のためにここに居るんだろうって、苦しくて。
しゅーじ、話ながら、身体を折って紫穂ちゃんに縋る。膝をついて、紫穂ちゃんの肩に顔を埋めて、次第に涙声になっていく。
もう、現場は、おっついてなくて、トリアージしないと、回らなくて、俺が、その役目を担ってて、俺の判断で、命が、選択されるんだ。俺、患者を救うために、医者になったのに、俺が、患者を、殺してる!
ぎゅう、と紫穂ちゃんにしがみつきながらしゅーじ叫ぶ。深層で触れ合ってるから、紫穂ちゃんにもしゅーじの辛さがヒシヒシ伝わってくる。お互い涙が止まらない。
でも、俺がこの仕事をしなきゃ、もっと沢山の命が失われるかもしれない。でも、俺は全員救いたい。でも、そんなことは無理だってこともわかってる。俺は、俺は!何もできない自分が悔しい!
しゅーじの悲痛な想いに、紫穂ちゃんぎゅっとしゅーじを抱き締める。
先生。大丈夫だよ、先生。昨日の患者さんも、先生に感謝してる。それに、先生が、一番辛い仕事を皆に代わってやってくれるから、現場の皆も、患者さんたちも、救われてる。何もできてないなんてことない。先生がいるから、救われる命が、たくさんある。
紫穂ちゃん一生懸命しゅーじを励ます。精一杯の言葉を重ねて、しゅーじを繋ぎ止める。
辛いときは、泣いていいんだよ。先生だって、お医者様の前に人間なんだから。誰の前でも泣けないのなら、私が一緒に泣いてあげる。先生の気持ちに全部触れられるのは、この世で私だけなんだから。先生の背負ってるもの、一緒に背負えるのは、私だけだわ。だから、先生の辛いのも、一緒に背負ってあげる。私が、隣にいてあげる。だから、先生は、自分の選択を信じて。先生が、自分の選択を疑ったら、救われる命も救われない。先生は、先生を信じて。私も、先生を信じてるから。
紫穂ちゃん、力ないしゅーじをぎゅっと抱き締める。紫穂ちゃんにすがるように抱きついていたしゅーじ、少しずつ落ち着いてきて、顔を上げる。紫穂ちゃん、しゅーじの頭をそっと撫でて、少し痩せた頬を撫でる。
私に全部預ける覚悟はできてるんでしょ?なら、私はそれを受け止めるだけよ。私が、先生の全部を受け止めてあげる。
紫穂ちゃん、しゅーじに向かって笑い掛ける。しゅーじ、また泣きそうになりながら紫穂ちゃんの手を取る。
……ありがとう、紫穂ちゃん。それから、ゴメン
いいのよ、先生。だって、私たち、夫婦なんでしょ?
……そうだったな
しゅーじ、情けない顔をして笑う。そんなしゅーじを紫穂ちゃんは優しく抱き締める。
紫穂ちゃんが、俺の奥さんでよかった
ポツリ、としゅーじ呟く。
支えてくれて、ありがとう
そう言って、しゅーじ、ゆっくりと立ち上がる。その顔は少し吹っ切れたようで、紫穂ちゃん安心する。
先生は、私の知ってるなかで、一番のお医者様よ。私が保証するわ
ありがとう、ありがとうな。紫穂ちゃん。
二人で笑いあって、サイコダイブから浮上する。
電話での音声遣り取りに切り替わる。
直接会えないのが、残念だ
仕方ないでしょ。事態が落ち着いても、しばらくは会えないんでしょ?
ああ、しばらくは自宅隔離だ
……これからも、毎日会いに行くし、電話もするわ。それくらいしか、私にはできないから
……それに、めちゃくちゃ救われてるんだよ。俺。本当に。今日も、昨日、あんな冷たい断り方したのに、来てくれてありがとうな。本当にありがとう
しゅーじの心の籠った言葉に、紫穂ちゃんぎゅっと胸が潰れるような感覚に襲われる。胸が苦しい。
いいの。私が、先生を支えたいって思ったんだもの
心からの本心をしゅーじに伝える。ありがとう、ゴメンな、と繰り返すしゅーじを慰めて、また明日ね、と伝えて紫穂ちゃん家に帰る。
また戦場に戻っていくしゅーじに心を痛める。でも、自分がぶれたらしゅーじも崩れるかもしれない。しゅーじに隣り合う存在でいられるようになろうと誓う。また明日、笑ってしゅーじに会いに行けるように。
7日目
紫穂ちゃん、いつもの約束の時間に受付でしゅーじを待ってる。昨日のことがあったから、少しだけソワソワ。
しゅーじ、レッドゾーンから出てくる。いつも通り、内線で会話。
「おはよう、紫穂ちゃん」
紫穂ちゃんと目を合わせて、笑うしゅーじ。紫穂ちゃん、その笑顔にホッとして笑いかける。
「おはよう、センセ。今日は元気そうね」
「……昨日はありがとうな、ホント。マジで。生き返った」
「……大袈裟よ」
ちょっと照れる紫穂ちゃん。しゅーじは真面目に紫穂ちゃんに感謝を伝える。そんなしゅーじに紫穂ちゃんちょっとだけドキドキ。自分は自分にできることをしたまでだ、と自分に言い聞かせる。
「あ、そうだ。ここのリーダーがさ、何とか人員配置工夫して、スタッフ全員、三日に一回でもいいから、必ず家に帰れるようにしよう、ってことになったんだ」
「三日に一回」
「帰れるだけマシだよ。俺なんか、二週間ぶりくらいに昨日家に帰れたんだぜ」
はは、と笑いながら言うしゅーじに、本当に現場の過酷さを改めて思い知る紫穂ちゃん。このゾーニングの向こう側は、想像を絶するような世界が待ってるんだとしゅーじの身を心配する。
「大丈夫だよ。医者ってかなりタフなんだぜ。俺だって前線で戦ってる医者なんだ。身体はまだまだ心配要らねぇよ」
身体は、というしゅーじに、やっぱり相当メンタルは来てたんだなぁ、と察する紫穂ちゃん。
「身体が元気でも、心がボロボロじゃ意味ないわ」
ぎゅっと痛む胸を押さえながら、呟く紫穂ちゃん。しゅーじ、眉を八の字にして笑う。
「心配かけて、ゴメン。昨日、君が居てくれたから、かなり浮上できた。アリガトな」
「……私は自分にできることをしただけ、だよ。あんな状態の先生をほっておくなんて、できなかった」
「うん、本当に救われた。だから今日もここで戦えてる」
本当にアリガトな、と告げるしゅーじに、紫穂ちゃん顔が朱くなってくる。もう充分、もう充分感謝は伝わってるから、大丈夫。赤くなった顔を手の平で隠しながら答える。紫穂ちゃん、話を誤魔化すように、しゅーじに話題を振る。
「そういえば、三日に一回家に帰れるって言っても、外に出られないんでしょ? 何か必要なものあるなら用意しておきましょうか?」
「あー……確かに。そうしてくれると助かるけど。いいのか?」
「いいわよ。別にそれくらい」
「じゃあお願いできるか? でも、家の中には入らねぇ方がいいと思う。気を付けてるけど、万全じゃねぇかもしれねぇし。家の前に、置いといてくれればそれでいいから」
「……時間指定してくれれば、そのタイミングで置きに行くわ。それならいいでしょ?」
「その方が確実だけど……そこまでしてもらっていいのか?」
「私がいいって言ってるの! もうちょっと甘えなさいよ。私、一応、先生の奥さん、なんだし……」
言いながら、かぁ、と頬が朱くなる紫穂ちゃん。そんな紫穂ちゃんにつられて、しゅーじも顔が朱くなる。
「お、おお。じゃあ、お願いします……」
必要なものは帰る前日の電話で伝える。時間は実際に帰宅してからメールで遣り取りする。その二つを決めて、また夜の電話で、とバイバイする。
その日の夜の電話。しゅーじ、メンタルを立て直すためにまた帰宅指示が出たことを紫穂ちゃんに伝える。数日は短いスパンで家に帰らされることになりそうだ、と笑うしゅーじに、紫穂ちゃんはそれだけ疲れてるってことよ!と怒る。しゅーじ、そっか、そうだな、と納得して、この夜のシフトが終わったら強制的に帰らされることになると思うと紫穂ちゃんに告げる。
「何か、食べたいものとか、あるなら持っていくけど?」
「あぁ……昨日の今日で、申し訳ないから、いいよ」
「遠慮しない!!! 先生はもっと人に甘えなきゃダメ!!!」
「うぅ……はい……じゃぁ、プリンとか、買ってきてもらえると、嬉しい……」
「わかった。どこのメーカーとか希望があるなら聞くけれど?」
「普通にコンビニに売ってるプリンでいいよ。急なお願いだし、明日持ってきてくれ、っていうのに、そこまで我儘言えない」
「……わかったわ。持っていく。時間はちゃんと明日知らせてね。絶対よ!」
「わかってる。家に帰ったら、すぐメール入れるよ」
紫穂ちゃん、しゅーじの様子に安心して息を吐く。するとしゅーじ、クスリと笑って。
「本当にアリガトな、紫穂ちゃん」
優しい声で告げる。紫穂ちゃん、また顔真っ赤になって、も、もう寝るから!おやすみなさい!また明日!と無理矢理電話を切る。紫穂ちゃん、ドキドキが止まらない。深呼吸して何とか心臓を落ち着ける。明日、また先生に会えるだろうか。少しだけそわそわしながら眠りに就いた。
8日目
しほちゃん、しゅーじから、午後2時に来て、ってメールを受け取って、その時間に間に合うようにしゅーじのマンションの近所のコンビニに向かう。デザートコーナーでどのプリンにしようか迷う。甘いものを食べるのは知っているけど、先生の好みは知らない。どうしよう。一生懸命考えて、自分が好きでよく食べるプリンと、シンプルな焼きプリン、生クリームのトッピングが乗ったプリンを選んでレジへ向かう。会計を済ませてしゅーじのマンションへ向かうと、ちょうどいい時間。エントランスで呼び出しボタンを押すと、しゅーじが応答して、今開けるから待ってて、って言われる。すぐにエントランスのドアが開いて、エレベーターに乗り込む。自然と弾む足取り。そわそわしながらエレベーターが到着するのを待って、エレベーターのドアが開くと、ひとつだけ深呼吸をしてできるだけゆっくりと廊下を歩いていく。今日も会えるのかな、ってちょっとドキドキしながら、しゅーじの部屋のドアの前に立つ。電話するべき?インターホンで呼び出せばいい?どうしよう?ドキドキそわそわしているうちに、携帯が鳴って慌てて画面を見ると、しゅーじからの電話。
「紫穂ちゃん? どうした? 迷った?」
「……つい一昨日来たばっかりなのに、迷うワケないじゃない」
「いや、でも、遅いから何かあったのかなって……」
普段通りの落ち着いたしゅーじの声に、紫穂ちゃん急に冷めてくる。
「……今、もう、部屋の前にいるわ」
ドキドキしてるのは私だけ?っていうかなんでプリン持ってくるだけでドキドキしてるの?私……ただのお遣いじゃない……少しだけ胸が痛い。小さな声で電話に応答しながら、ふぅ、と修二に聞こえないように溜め息を吐く。
「そうなのか? じゃあ、部屋の前に置いておいてくれ。紫穂ちゃんが離れたら部屋の中に入れるから」
アリガトな、と伝えてくる修二。え、それだけ?って少しだけガッカリする紫穂ちゃん。でもなんでガッカリしてるの?お遣いを果たしたんだからガッカリすることなんて何もないのに。
「……ねぇ」
思わず呼びかけてしまう紫穂ちゃん。呼びかけたものの、なんと続ければいいのかわからなくてソワソワしちゃう。
「? どうした?」
いつも通りの修二の声が聞こえてきて、紫穂ちゃんちょっと悲しくなる。会えるかも、なんて期待していた自分がバカみたい。
「……今日は、元気、なの?」
やっと出てきた当たり障りのない会話にホッとして修二の返事を待つ。
「あぁ、あれからちゃんと休めてるから。気分転換もできてるし」
「……そう、なんだ」
自分が修二にしてあげられることなんて、あまり無いのかもしれない、と紫穂ちゃん悲しくなる。でも、修二が続けた言葉にドキリと心臓が跳ねる。
「紫穂ちゃんがプリン持ってきてくれるって思ったらさ、かなり気分転換になったんだ」
嬉しそうに笑う修二に、紫穂ちゃんドキドキ。
「……先生の好みに合うかわからないけど。コンビニのプリンだし」
「ゆっくり甘いものなんて食べる時間なかったからさ。嬉しいよ」
修二の言葉に、なんだ、嬉しいのはプリンか、とがっかりする紫穂ちゃん。いやいや、なんでガッカリしてるの。そりゃそうでしょ、食べたいって言ってたんだから、プリン食べれて嬉しいのは当然じゃない。自分に一生懸命言い聞かせて、プリンをドアの横の取りやすい位置に置く。
「……じゃあ、プリン、置いとくね」
今日は、電話越しの会話だけか、と思いながら、紫穂ちゃん、ドアから一歩離れる。
「ああ、ありがとうな」
ちょっとだけ、しょんぼりした気分を味わいながら、とぼとぼと廊下を戻っていく。修二の部屋から5メートルくらい離れたところで、がちゃ、ってドアの音が聞こえて、ハッと後ろを振り向くと、マスクをした修二がドアの隙間から顔を覗かせてる。マスクしてるけど、久々に何の隔たりもない環境で、修二に直接会えて、紫穂ちゃん気持ちが昂る。ぎゅっと胸元を押さえて修二を見つめていると、修二、マスクを指に引っ掛けて顔が見えるようにしてから、紫穂ちゃんに向かって笑ってバイバイって言ってくれる。久し振りの肉声に紫穂ちゃん嬉しくなってバイバイって小さく手を振り返す。マスクを戻してそのままプリンの袋を手に取った修二を見届けると、感情の昂ぶりが抑えられなくなって紫穂ちゃん顔が朱くなるのを感じながらゆっくり歩き始める。チラチラ後ろ振り返りながら歩いてると、ずっと修二がドアの隙間から見てくれてて、エレベーターに乗り込むまで見届けてくれてる。エレベーターに乗り込む前に、改めて修二を見つめると、もう一回手を振ってくれて、紫穂ちゃん、綻ぶように笑って小さくバイバイしてエレベーターに乗り込む。ドアが閉まる前にもう一度バイバイして、修二に笑いかける。エレベーターのドアが閉まって、はぁ、と溜め息を吐く。紫穂ちゃん心臓がドキドキうるさい。なんだこれなんだこれ。なんでこんなにキュンキュンしてるんだろう。ただのお遣いをしただけなのに。プリンを買って、修二の家に届けただけ。ただ、それだけなのに。なんでこんなに甘酸っぱいんだろう。キュンキュンうるさくて痛い心臓を落ち着けながら家路に着いた。
9日目
いつも通り、約束の時間に受付で修二を待っていると、修二がレッドゾーンからやってくる。
「おはよ、先生」
「おはよう、紫穂ちゃん」
元気そうな修二の様子にホッとする紫穂ちゃん。
「昨日はプリン、ありがとうな」
「別に、買って持って行っただけだし」
「久々に甘いモン食って生き返ったわ。本当にアリガト」
「口に合ったんならよかったわ。あれくらいのお遣いなら、いつだってするわよ」
「助かる……またプリン頼むよ」
「……私、先生の好みって知らないわ」
ぽつり、と呟く紫穂ちゃん。修二、少しだけ考え込んで答える。
「甘いものは大抵何でも食うな」
「そういうことじゃなくて……プリンにもいろいろあるじゃない。硬いのとか、焼いてるのとか……」
「あー、そういう……でも、ホント何でもいいんだ。今は贅沢言ってらんねぇし、食えるだけ幸せ」
眉を八の字にしながら笑う修二に、紫穂ちゃんピンとくる。
「もしかして……皆本さんのプリン?」
「……ご名答。紫穂ちゃんもよく知ってると思うけど、アイツの作ってくれるモンは市販品以上だろ?」
「確かにそうね……皆本さんの手料理ばかり食べてると、舌が肥えちゃって仕方がないわ」
「だろ? だから市販品は何でもいいんだよ」
それって皆本さん以上のモノなんてないから諦めてるってことでしょ?心の中でそう思いながら紫穂ちゃん頷く。
「わかったわ。でも何かこだわりがあるならちゃんと教えて。こんな時くらい、我儘になってもいいと思うわ」
「……そっか。そうだな。ありがとうな。俺の奥さんはできた奥さんでホント助かるよ」
「何それ」
「ホントホント。超素敵な奥さん」
修二の言葉に照れて真っ赤になりながら、紫穂ちゃん、書類の上だけだけどね、と自分に言い聞かせる。
「次に家に帰るのは二日後になると思う。また連絡する」
「わかった。じゃあね」
「ああ、また電話で」
修二小さく手を振ってレッドゾーンに戻っていく。紫穂ちゃん、それを見送ってからすぐに皆本に電話を掛ける。
「皆本さん、お願いがあるんだけど」
「どうした?紫穂」
「あのね、賢木先生のために、何か甘いもの、作ってあげてくれないかな?」
皆本さん、事情を聴くまでもなく快く快諾してくれる。二日後に先生のところへ持っていくことを伝えると、二日後の朝までに用意しておくよと皆本さん。ありがとうと伝えて電話を切る。
これは修二の為になるだろうか、と思いながら紫穂ちゃん電話の時間まで過ごす。
電話の時間になって、紫穂ちゃん修二に電話を掛ける。すぐに繋がる電話。
「紫穂ちゃん?」
「先生?今大丈夫?」
「大丈夫だよ。電話ありがとうな」
「ううん、ヘーキ。それより二日後、ちゃんと休めそう?」
「ああ。今のところ。っていうか、何とかシフト通り仕事回せるように皆頑張ってるから。俺たちがちゃんと休んで仕事のクオリティ保たねぇと、助かる命も助けられない」
修二の真剣な声。紫穂ちゃん胸がぎゅっとなる。先生に任された仕事の大変さに心が苦しい。
「私に出来ることがあったら、何でも言ってね」
「もう充分してもらってるよ。紫穂ちゃんがいてくれて、本当に助かってる」
「私、何もしてないわ」
「こうやって、気遣ってくれるだけでも、充分ありがたいんだよ」
修二の優しい声に、紫穂ちゃんドキドキ。
「また明日、会いに来てくれるだろ?」
「うん」
「本当に、それだけで充分なんだ。ありがとうな」
紫穂ちゃん修二に何も言えない。また明日って言う修二に、また明日って返して電話を切る。
ただ毎日会いに行って電話をするだけで本当に修二を支えられているんだろうか。少しだけ不安になって溜め息を吐いた。
10日目
紫穂ちゃん、また病院へ。本当に自分がここに来ることは意味があるのか。不安な気持ち。
でも、レッドゾーンから出てくる修二の笑顔を見ると、やっぱりホッとする。
「おはよう、紫穂ちゃん」
「……おはよう。先生」
「ごめんな。今日あんまり時間ねぇんだ。わざわざ来てもらってるのに、ごめん」
「いいよ。本当に、来てるだけ、だし」
「ホントにごめんな。顔見れて安心した。明日は家に帰れるから、また夜の電話で!」
じゃあな、と足早に行ってしまう先生。紫穂ちゃんその背中を見送りながら、先生の顔を見て安心できているのは自分の方だ。と気付く。先生の無事を確認して、ホッとできているのは自分の方。ひょっとしたら、毎日こうしてここに通うのも、先生に電話を掛けるのも、自分のためなのかもしれない。先生のため、と言いながら、先生の無事を確認して安心を得ているのは自分の方。書類上の夫婦として、先生を自分に繋ぎ止めて。先生に理由が欲しいとせがんだ自分は、ひょっとしたらかなり強引だったかもしれない。それでも、今は、先生の無事を知ることができるなら、この立場を利用するだけ。紫穂ちゃん先生の合鍵をぎゅっと握り締める。
夜の電話の時間。明日は皆本さんと一緒に先生の家に向かうことになった。先生の家に向かう時間はまだわからないから、朝皆本さんの家に行ってから一緒に先生の家に行くことになっている。
約束の時間よりも少し早めに修二から電話が掛かってくる。
「もしもし紫穂ちゃん?今大丈夫?」
「大丈夫?何かあったの?」
「いや、時間できたから今日は俺から掛けてみようかなって」
「……よかった。びっくりするじゃない」
「ゴメン。それでさ、明日なんだけど、また、何でもいいから適当に甘いもの買ってきてくれねぇか?それから、何か肉の総菜。適当でいいから」
家に何もねぇんだ、と疲れた声で言う修二。
「いいよ。じゃあ行く前にスーパー寄っていくね。何か食べたいものが思いついたらメールしてくれればいいから」
「ありがと。助かる。サンキューな」
「いいよ、これくらい」
じゃあまた明日メールするな、と通話を切る。もう充分元気そうな修二に紫穂ちゃんホッとする。
皆本に、明日修二の家に行く前に買い物がしたいからスーパーに寄りたいというメールを送る。
すぐに皆本から了解の返事が来る。明日は早いから、余計な事を考えずに早く寝てしまおう。
11日目
紫穂ちゃん、朝から皆本さんの家へ。すると皆本さんの家からすごくいい匂いが漂ってることに気付く。
「おはよう皆本さん。今日は付き合ってくれてありがとう」
「大丈夫だよ、今は大変な時期だからね。僕にも手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
皆本さん、エプロン姿でキッチンから出てくる。
「それより、何だかすごくいい匂いがしてるけど?」
「ああ、昨日スーパーに寄りたいって言ってただろ?だから、多分賢木、食に飢えてるんだろうな、と思って」
準備してたんだ、と指差したのは、テーブルの上に所狭しと並べられた皆本お手製の総菜と甘いもの。
「出来合いのモノよりいいかなと思って。日持ちするものを多めに作っておいた」
これだけあれば充分だろ、と皆本は満足そうに笑う。紫穂ちゃん、何故かわからないけどちょっとだけモヤモヤ。でもきっと先生は大喜びするはず。でもやっぱりモヤモヤする。惣菜を詰めたパックを纏めている皆本の手伝いをしていると賢木から今日は十三時でお願いしますとメールが入る。
紫穂ちゃん、皆本さんと総菜の残りを食べて、皆本の車で一緒に修二の家に向かう。
エントランスでインターホンを鳴らして紫穂ちゃんだけで応答する。皆本が来ることは伝えていない。皆本の作ってくれた食事を用意していることも伝えていない。きっと驚く。
少しだけ悪戯を仕掛けるような気分で修二の部屋を目指す。
修二の部屋の前に着いて、紫穂ちゃん修二の携帯を鳴らす。
「もしもしセンセ?」
「紫穂ちゃんか?今日もわざわざありがとうな、扉の横に置いておいてくれるか?」
「今日はサプライズもあるわよ」
紫穂ちゃんスマホを皆本に渡す。
「やぁ賢木」
「み、皆本ッ⁉」
どたどたと玄関に向かってくる足音が聞こえる。
「無理してないか?みんな心配してるぞ」
「皆本?そこにいるのか?マジで?」
「ああ、紫穂に頼まれてね。君の好きなもの、たくさん作っておいたから、それ食べて元気出してくれ」
「ウソ、マジで。うわー、めっちゃ元気出る―……」
紫穂ちゃん、二人の会話をサイコメトリーで聞いてる。何だかムカムカ。楽しそうな二人のやりとりに、やっぱり私より皆本さんの方が嬉しいんじゃない、と心の中で叫ぶ紫穂ちゃん。
紫穂ちゃん皆本から荷物を受け取ってこの前プリンを置いた場所に置く。
皆本の手を引いてドアから5メートルくらい離れる。皆本からスマホを奪って修二に告げる。
「そんなに嬉しいなら直接会話すれば?ドアから離れたわよ」
イライラを隠し切れずにブツリと電話を切ると、修二がドアから顔を覗かせてこちらを見ている。
ムカムカした気持ちをそのままに、フン、とそっぽを向いて、皆本を前に押し出す。
「私、先に行ってるから。二人でゆっくりどうぞ」
「え、紫穂ちゃん?!」
「紫穂?!」
「私のことはお気になさらずー。ごゆっくりー」
二人に背を向けてつかつかとその場から去っていく。皆本の車に凭れて、皆本が戻ってくるのを待つ。今日で婚姻届を提出して丁度一週間。新しい自分たちの戸籍の書類も整った頃だろう。やっぱり、早計だったのかな、と悲しくなる紫穂ちゃん。書類上の夫婦。婚姻の手続きしか済ませていないけれど、本当に結婚するのならこのままではいけない、手続きを進めていかなくてはいけない書類もたくさんある。でも、いっそこのまま、何もなかったことにできる今の状態のままにして、先生が目を覚ました時のために準備しておくのもいいかもしれない。紫穂ちゃん、皆本に用事ができたから先に帰るとメールして、役所へ向かう。離婚届を受け取って、そのまま歩いて帰る。
大丈夫か?という皆本のメールに、明日は皆本さんが病院に行ってあげてほしい、と返事して薫達と住む家に帰った。
12日目
今日は皆本が病院に行っているはず。先生もその方が嬉しいんでしょ。一日の限られた時間の面会なのだ。会いたい人と会った方がいいに決まってる。ふん、と鼻を鳴らしながら、トントンとリズムよく包丁でニンジンを切っていく。千切りにするために薄く切られたニンジンが、まな板の上に広がっていく。
「ねぇ紫穂。今日は病院行かなくていいの?」
「エエのん?紫穂は着いていかんで」
「いいのよ。先生も皆本さんが来てくれた方が嬉しいみたいだし」
私が料理をしているところを覗き込んでいた二人が、顔を見合わせて首を傾げている。
「でも、先生、紫穂に来てほしいって言うてはったんやろ?」
葵ちゃんが不思議そうに問いかけてくる。それにぎゅっと眉を寄せて不機嫌を隠さずに答える。
「昨日皆本さんと一緒に先生の家行ったんだけど、先生、とっても嬉しそうに皆本さんとお喋りしてたから。皆本さんお手製の作り置き惣菜もあるってわかったらもう聞いたことないくらい大喜びしちゃってね。あの二人本当に仲がいいとは思ってたけど、先生、結婚する相手間違えたんじゃないかしら?」
思い出しただけでもイライラしてくる紫穂ちゃん。イライラをぶつけるように包丁を扱う。そんな紫穂ちゃんを見て、また二人顔を見合わせる。
「それってつまり…」
「嫉妬しちゃったんだ?」
ダン、と勢いよく包丁が降りる。ニンジンの薄切りを作っていたはずなのに、手元には拍子木切りできそうなくらいに分厚いニンジンの切れ端。ひぇ、と声を上げる二人。
「嫉妬、なんて、私がするわけ、ないじゃない?」
二人ににこりと微笑みかける紫穂ちゃん。二人は震えながらも続ける。
「皆本の手料理にイラっとしたから、今、料理してるんじゃないの?」
二人の指摘にグッと言葉を詰まらせる紫穂ちゃん。確かに、昨日から感じているこの感情に名前を付けるなら間違いなく嫉妬だ。そして、皆本さんに対抗するように料理してみたりして、自分の取っている行動は正しく嫉妬からくる行動だ。自分には見せない顔を見せた賢木にも腹が立つし、賢木のことをよくわかっている皆本にも腹が立った。本当に、自分なんかではなく、皆本と結婚してしまえばよかったのだ、賢木は。
「…どうせ勝てないもん。でも、先生が正気に戻るまでは、私が奥さんなんだもん。私だって手料理くらい、準備できるわ」
わかっていたことだ。自分よりも皆本の方が賢木にとっては安らぎを与えられるであろうこと。わかっていたのに、やはり、自分を選んでくれたような気がして、嬉しかったのだ。これは、完全に、自分の思い上がり。賢木には自分なんて必要なかった。ただ、正気を保つためのツールでしかなかった。自分のためにこの立場を利用している気になっていたけれど、いい気になっていたのは自分で、勘違いしていたから、そうじゃないよと現実に突き落とされてしまった。自分だけが舞い上がっていて、悲しい。
「紫穂はさ…先生のことが、好きなんだね」
「…はぁッ!?そ、そんなわけッ」
「好きだからさ、悔しいんでしょ?皆本に負けたみたいで」
「そ、そんなこと…」
ない、と言い切れない自分がいる。私は先生が好きだったの?指摘に頭がぐるぐる。でもそう考えれば、自分が賢木に振り回されてドキドキしていたことに説明がつく。そうか。自分は賢木が好きだったのか。ボン、と赤くなる顔。
「もう、本当に紫穂は可愛いね。先生のお嫁さんなんて勿体ないよ」
「せやせや。あんな色男なんか止めといて、ずーっとウチらと一緒に暮らそ?」
冷やかしてくる二人に、赤くなった頬を隠しながら答える。
「…ダメ。私、もう、結婚しちゃったもん。書類上だけだけど」
本当に勿体ない!と叫ぶ二人をいなしながら、でも、きっと離婚するんだろうな、と昨日持ち帰った離婚届を思い出す。傷が浅いうちに書類を整えて、先生に渡してしまおう。先生もあの緑の紙を見れば、目が覚めるかもしれない。止まってしまっていた料理の手を進めながら、溜息をつく。
「まぁ、先生が紫穂振るようなことがあったら、私がお嫁さんに貰ってあげる!こんな美味しいご飯食べられるなら今すぐでも大歓迎!l
「あ!ズルい!ウチも紫穂と結婚する!」
「じゃあずっと三人で暮らそ!」
「それエエなぁ!」
笑い合う二人を微笑ましい目で見ながら、この二人となら、このズキズキと痛む胸もすぐに忘れられるかもしれないと思う紫穂ちゃん。三人で食卓を囲みながら、時間が過ぎていく。
皆本から電話が掛かってくる。
「紫穂。今いいか?」
「何かしら?皆本さん」
出来るだけ明るい声を出そうとする紫穂ちゃん。でもやっぱり少しイライラ。
「…あの、えっと…昨日はゴメン」
「何の話?」
「賢木の奥さんという立場の君を差し置いて、差し出がましいことをしてしまった。本当にゴメン」
「……いいのよ。先生の本当の望みは皆本さんだったんだし」
「それなんだけど、賢木もすごく反省してる。今日、君が病院に来なかったこと、すごく動揺してた」
「へぇ……大好きな皆本さんが会いに行ってくれたのに?」
「うっ……だから、本当にごめん。悪かった。そんなつもりはなかったんだ」
そんなことは知っている。賢木と皆本の間にある見えない絆に勝手に嫉妬したのは自分だ。それを、謝罪されてしまうなんて、なんてみっともないことになってるんだろう。
「いいのよ。皆本さんは悪くないもの。先生も悪くない。そもそも私たち書類上でしか夫婦じゃないんだし。そんなことで目くじら立ててる私が子どもっぽかったわ。ごめんなさい」
「紫穂……」
「気にしないで。先生が皆本さんに会いたかったのは本当だと思うの。だから、良ければ夜の電話もしてあげて」
「紫穂!」
「じゃあね。私の事は気にしないでいいから。またお料理持って行ってあげて」
「ちょっと待て紫穂!」
プツリ、と一方的に電話を切る紫穂ちゃん。電話が終わってから、深く溜め息。なんて醜くて惨めなんだろう。嫉妬でドロドロしている。先生のことが好きなんだとわかってしまったらもう止まれなかった。こんな結婚、絶対後悔する。この関係に縋りついてしまう前に、自分から離婚を切り出してしまった方がいいかもしれない。先生が無事に帰ってきてくれればそれでいいじゃないか。これ以上、傷が深くなる前に早く。そう思ったら身体は動き出していた。紫穂ちゃん実家へ。紫穂ちゃんママに離婚届の証人欄を書いてくれるようにお願いする。
「一応、準備しておこうと思って。書いてほしいの」
「あらあら、意外と根を上げるの早かったわね?いいわ。面白いから何も聞かずに書いてあげる」
その代わり、賢木先生には首を洗って待ってなさい、って伝えておいて?とうふふと笑う紫穂ちゃんママ。その表情に背筋が凍るのを感じながら、離婚届を受け取って、そのまま皆本の家へ。
「皆本さん、これ、お願いできるかしら」
「え! 紫穂、落ち着け」
「私は落ち着いてるわ」
「いや、落ち着いてないだろう! こんなの持ってくるなんて……」
「昨日のコト、私に少しでも悪いと思っているのなら書いてくれるかしら?皆本さん」
「……わ、わかった。本当に、昨日のことは申し訳なかったと思ってる……」
皆本、震えながらサイン。紫穂ちゃん、無表情で受け取って帰ろうとする。
「紫穂! 賢木は君を待ってるよ!」
心の中で、どうだか?、と思いながら、紫穂ちゃん黙って皆本宅を去る。家に帰って、いつもの夜の電話の時間。電話したって、どうせ、皆本さんじゃない私からの電話なんて、嬉しくないに決まってる……紫穂ちゃん、離婚届をテーブルに置いて静かに涙を流す。スマホが震える。ドキリとして画面を見ると、修二の名前。出ようか出まいか悩んでいるうちに、留守録に繋がる。すぐに切れる。もう一度着信。また留守録に。また切れる。さらに着信。紫穂ちゃん覚悟を決めて通話に切り替える。
「……紫穂ちゃん?」
恐る恐るこちらの様子を窺う修二の声。ポロポロ涙が零れてくる。声が出せない。
「紫穂ちゃん? 聞こえてるか? 今大丈夫か? 何か言ってくれないか?」
「……聞、こえてる、わ」
涙で震える声。修二の息を呑む音が聞こえる。
「泣いてるのか?」
「泣いてなんかないわ」
「泣いてるだろ?」
「泣いてなんかない!」
紫穂ちゃん涙声で叫ぶ。修二、沈黙。
「…本当にごめん。紫穂ちゃん。昨日は本当に悪かった。」
「先生が謝ることなんて何もないでしょう?先生が皆本さんと会えたら嬉しいのは、当たり前のことだもの。私だって、先生より薫ち