訪れた日が悪かったといえば、悪かったのだと思う。
ルチルは新たに入手した安眠グッズを片手に、ミスラの部屋を訪れる。
此処まではよくあるいつもの光景だ。
なんでもない日常の、なんでもない習慣。
しかし、今日はノックをしても一向に中から出てくる気配がない。
いないのかとも思ったが、部屋の中から何かが落ちるような音が聞こえ、ルチルは首を傾げる。
入ってほしくない時は貼り紙でもすればいい。
いつぞやの彼の言葉が脳裏を過ぎり、ルチルは入ることを宣言して扉のノブに手をかけた。
もしかしたら体調を崩している可能性もある。確かめなくては。
意を決してノブを回せばあっさりと開かれるミスラの部屋。
ルチルは「お邪魔します」と一声かけ、足を踏み入れた。
そこで目にした光景にルチルの目がぎょっと見開く。
「ミ、スラさん……?」
ルチルの足はピタリと止まり、吸い込まれるようにそれを見つめた。
扉に背を向け、部屋の中心で立っているミスラの姿。
足元にはよくわからない呪術の魔法書や道具が無造作に転がり、その首が気怠そうにルチルの方を振り向く。
「――何か用ですか、ルチル」
異様なオーラ、とでも言えばいいのだろうか。
いつもより低い声と温度の感じられない眼差し。
それでも妙な艶と野生の獣じみた威圧感を放つミスラは、その纏う空気でルチルの肌をピリ、と鋭く刺した。
思わず息を飲む。出直した方がいいだろうか。
そんな考えも一瞬浮かんだが、いくらなんでもこんな状態の彼を放っておくわけにはいかない。
ルチルは胸に手を置き、拳を軽く握った。
「えっと、もしかしてお取込み中でしたか?」
いつも通り振る舞おう。
なんでもないようにルチルが笑顔を見せたが、彼は何も言わない。
数秒の沈黙が落ちた後、男の長い足がゆっくりとルチルに近づいた。
配慮のない距離感でミスラと目を合わせるには、首を多少なりとも倒す必要がある。
何も言わずただ見下ろしてくるのも中々無遠慮なことだ。そのうち教えた方がいいかもしれない。
しかし今注意する、という気は不思議と起こらなかった。
それどころか甘く気怠そうなミスラの表情や、心の奥を観察されているような視線にルチルも何故か目が離せずにいる。
ふと見つけた目の下の隈は以前より少し薄くなっている気がした。
「少しは眠れたのでしょうか?」
手を伸ばしたルチルは、相手の目元を親指で優しくなぞった。
前はこの場所にもっと色濃く隈が刻まれていた筈だ。
もし眠れたのであればルチルは嬉しいと思う。
眠れなくて辛い思いをしているのは知っていたから。
目尻をさり、と撫でたところで不意に掴まれる手首。
「え、ぁ」
そのまま口元まで運ばれ、止める間もなく、指三本に食らいつかれる。文字の通りぱっくりと。
ぎょっとしたが痛くはない。甘噛みだ。
困惑してもう一度ミスラに視線を戻せば、ギラギラとした熱を帯びる視線がルチルを射抜いた。
指の上を這い回る厚い舌。涎が床に垂れることなど気にしないとでもいうように、沢山の唾液がルチルの指を濡らす。
ハ、と我に返って手を引き剥がそうと力を込めた。が、強く掴まれた手首はビクともしない。
まるで獲物の味見をする獣そのもの。
やがてミスラはゆっくり口を離すと、手首を掴んだままルチルを見下ろす。
唾液に濡れ艶めかしさを放つ唇を舌がぺろっと一舐めすると、熱に煽られるまま掴む力を強くした。
「あなたでいいです」
その言葉の意味は無理矢理連れ込まれたベッドの上で知ることとなる。
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初公開日: 2020年04月08日
最終更新日: 2020年04月08日
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