後ろ姿を追いかけていた。
身長的には直助よりさほど大きいというわけではないが、先輩という意味ではとてつもなく大きな、大きなその人を。
いつか隣に立ちたいと思って。
走って、走って。
手を伸ばして。
それでもまだ――到底、追いつけない。
「くっそー……また負けた!」
「たりめーだろ」
フンと鼻を鳴らし、一紗がスポーツタオルで汗をぬぐう。そんな何気ない仕草すらも、人の視線を奪ってしまうほどの色気を含んでいた。
今日の勝負はワンオンワン。直助も善戦はしたものの、やはり実力の差があったのか、最終的にはそれなりに点差が開いてしまい、ゲーム終了となった。
何をしても、直助は一紗に勝てない。
タレントとしても、ひとりの人間としても。
悔しかった。
歯がゆかった。
年の差、経験の差。それはわかっているけれど。
早く大人に、という気持ちこそがまだまだ子供であることの表れなのだと、直助は未だ思い至っていない。
「いい加減、諦めろよ。お前が俺に勝とうだなんて百年はえーっての」
「まだ、わかんないって! よーし、次は——」
「ハァ? 一回だけっつっただろ」
気怠げに部屋から出ようとする一紗に食い下がる直助だったが、これは軽くいなされてしまう。
お願い、もう一回だけ! しつけーって言ってんだろ、と押し問答を繰り返し、一紗の体にしがみついて。まるで夏のセミのような格好となった直助に、ついに一紗の方が折れた。
「あーっ、たく、しつこいんだよ、お前」
直助の頭を押さえつけながらも、そこまでの力は込められていない。
いつもこうだった。
結局のところ、一紗も直助のことを邪険にはしないのだ。絆されている、といってもいいだろう。なんだかんだで優しいところもあると、寮で共に生活するようになって直助は知った。
——これも、『大人の余裕』というやつなのだろうか。
「で? 次は何がしてーんだよ」
言ってみろ、と一紗がぶっきらぼうに尋ねてくる。
「え……えーーっと……?」
こんなにも簡単に、しかもこちらの希望を聞いてくれるだなんて思っておらず、直助は突然勢いを失って言葉に詰まってしまった。
「んだよ、決めてもいねえのに勝負しろだなんて、やっぱりお前はバカだな。バ、カ」
「な……っ、バカって言った方がバカなんだからな!?」
「はいはい、バーーカ」
直助の挑発など気にも留めていないといった様子でもう一度。強調されるその言葉にいちいち反応してしまう直助は、未だ青い。
わかってる。
わかってるんだ、そんなこと。
けれど『三つ子の魂百まで』という言葉の通り、直助のこの性格はもうどうしようもなかった。煽られればカッとなってしまうし、熱くなりすぎれば周りが見えなくなる。
孝明のようなカリスマ性を。
凰香のような冷静さを。
二葉のような優しさを。
一紗のような——かっこよさを。
親友の優馬だって、年の割に落ち着いているし、直助よりも飲み込みが早い。
メンバーのいいところ、優れている点を見出しては、直助は羨ましいと思っていた。
優馬は直助のことを褒めてくれるけれど、直助自身は満足できてはいない。
もっと早く、追いつきたい。
「——で? 結局勝負すんのか、しねえのかどっちだよ。俺はお前と違って暇人じゃねーんだよ」
一紗の言葉で直助は思考の海から浮上する。
「勝負は……いいや。俺っ、もっと一紗みたいになりたい! どうしたらいいか、教えてくれ!」
「一紗……?」
「一紗、さん!」
直助が呼び捨てにした途端、責めるような視線で睨んできた一紗。彼は直助が『さん』付けで呼ばないとひどく不機嫌になるのだ。『さん』を付けて初めて、会話が始まる。
「ンな漠然としたこと言われて、こーしろ、あーしろなんて言えるかっての。これだからバカは」
はあ、とため息を吐かれてしまった。確かに要求がぼんやりしすぎではある。直助にも自覚はあった。
「な、なんての……? かっこよくなるコツ……みたいな?」
『かっこいい』。無自覚のうちに一紗をそう評していることに直助は気づいていない。しかし一紗の方は、そうではない。
少しだけ気を良くした彼は、直助の頭をぐりぐりと乱暴に撫で付けながらフっと笑って。
「お前にははえーよ」
それだけ言って、一紗は直助の前髪を掴んで強引に引っ張って上向かせ、晒された額に唇を触れさせた。
「こーいうの、できるようになったら、な」
ぱっと前髪から手を離し、直助を解放する。
ぽかん。放心する直助を放って一紗はそのまま部屋から出ていってしまった。
ブラックコーヒーのように苦い対応をしたかと思えば、突然砂糖みたいな甘いことを平気でする。
コーヒーと砂糖が合わさって、ちょうどいいほろ苦さ。
——ああ、やっぱりまだまだ、追いつけそうにないな。