「魔術師になれる教室だぁ?」
「しー!しー!パーカー、声でけえ!」
「きょーも十分うるさい」
早朝、神社の石段の下にて。
柳川 恭はいつものように近所の神社までトレーニングに訪れていた。いつもなら石段を上り、神社に参拝してからトレーニングを開始するのだが今日はその前に境外社に祀られている友人――通称『パーカー』のところに寄り道していた。ついこの間耳にした情報を話したくて仕方なかったのだ。ちなみに石段の下なのは「まだ龍神様に挨拶してないから!」という恭の言い分によるものである。
心底何言ってんだコイツ、という視線を向ける友人を意に介さず、恭は先日聞いた「魔術師になれる教室」の話を続ける。
「……きょー、あのさあ」
「ん?」
「お前何年『ヒーロー』やってんの?マジでそれ信じてんの?ばかなの?」
「パーカーに馬鹿言われた」
「ていうかそれ行く気なの?怒られない?」
「行く!だってさーもしかしたらさー、『ウィザード』になるのは無理でも必殺技っぽいの撃てるようになるかもしれないじゃん?かーめーはーめー!みたいな」
「……、りょーさーん!きょーがばかなこといってるー!」
「あ、ちょっと!」
むう、と眉を寄せた友人がぱたぱたと石段を駆け上がっていく。慌てて後を追いかけようとして思い留まったのは、先日のとある事件以来「暫く恭ちゃんが持ってて!心配だから!」という言いつけによりスマホのストラップに収まっているチェシャ猫のキーホルダーを気にしたからだ。『彼女』はこの神社には入れない。
ややあって友人がぐいぐいと箒を持ったままの神主を引っ張ってきた。なんですか、と友人に困った顔をしていた神主――中御門 陵は石段下の恭の顔を見てああ、と声を上げる。
「おはようございます、柳川くん。上がってこないので今日はトレーニングお休みかと」
「おはよーございまーす!ちょっとパーカーと喋りたくて!先にご挨拶と思ったんだけど今日はアリスちゃん一緒だから」
「ああ、成程。……で?何ですか馬鹿なことって」
「馬鹿なことじゃないっすよ!」
むう、と不貞腐れた顔をしながらも、恭は先程友人にした話をもう一度話し始める。黙って聞いていた陵の表情はどんどん困惑していき、話し終える頃には大きな溜め息ひとつ。
「……その件、茅嶋さんに話しました?」
「え?言ってない」
「何でですか!?」
「えっ何でそんなびっくりするんすか。『ウィザード』関係のことならまあ律さんの耳に入ってるでしょ」
「そんな当然みたいな顔して……。……ところで今茅嶋さんは?」
「この前のお仕事でやらかしたので強制的に休暇っす。今回は3日くらいって」
「ああ、いつもの」
「そう、いつもの」
恭の一言に、陵は納得したように頷いた。時折神社にも「ちょっとリフレッシュ」なんて言いながら泊まりに来ることがある。そういう時の彼は大体疲れ切った顔をしているので、何だかんだと言いながら宿泊させているのだが――結局のところ持ち込んで仕事をしていたりする。リフレッシュになっているのかどうか怪しいところだ。
彼がその状態ということは、その相棒である恭も休暇中ということで。つまりは野放しだ、と思いながら、陵はチェシャ猫のキーホルダーに目を向けた。ん?と首を傾げた恭がすぐに気付いて、アリスちゃん、と呼び掛ける。途端、ふわりと現れるのは一人の女子高生。明らかに機嫌の悪い顔をしている。
「アリスちゃんは良いんですか?柳川くん、怪しいところに行こうとしてますが」
「……だってきらきらした瞳で『魔術使えるようになりたい!』って言うんだもの……そんな馬鹿な話ある訳ないでしょうって私には言えなかったのよ……昔から憧れてたのも知ってるし……」
「御年25歳に甘過ぎません?」
「えっアリスちゃんも馬鹿な話だと思ってたの!?ひどくない!?」
「だから私を連れて行かないなら行かせないって言ったでしょう?」
「えー大丈夫だっていけるって、ワンチャン使えるようになるって、律さんびっくりさせるんだー」
ふふん!と胸を張る恭に、3人は顔を見合わせて。
同時に吐かれた特大の溜め息に何で!と恭が騒ぎ出すまで、あと数秒。
*
やる気満々、ノリノリの恭には悪いが、聞いてしまった陵としてはそんな怪しいところに恭を一人で行かせるわけにはいかない。こっそり律に連絡を取ると、盛大な溜め息が返ってきた。
『ああもう……本当に申し訳ないんだけどうちの馬鹿お任せしてもよろしい……?』
「構いませんけど何で野放しにしてるんですか」
『いやもういい大人だし俺が散々魔術の話はしてるしいい加減そんな馬鹿な話にも引っかからないと思ってたんだよね。その調子じゃ憂凛ちゃんにも行ってないな』
「大方魔術を使えるようになってから見せて吃驚させたいとかそういう感じじゃないんですか、柳川くんのことですから」
『ははー……馬鹿ー……。……ほんっとにごめんね、でもその教室あからさまに怪しいから、何かあったら連絡してくれる?俺は動けないけど適当に手回すことくらいは出来るし』
電話越しの律の声は疲れ切っていた。流石にお前が一緒に行けとは言いづらい雰囲気で、陵としては引き受けるほかない。いつもと同じような状態なのであれば、万が一が起きたところで今の律がまともに戦えるとも思えない。ここは保護者代理を任されておくべきなのだろう。
そんなわけで――今日行ってみるつもりだ、という元気な恭と2人、訪れたのは雑居ビルの一角だった。様々なセミナーが行われているらしいビルの中に、同じようにその教室が行われている。中に入れば受付の女性がにこやかにこんにちは、と出迎えた。穿って見ているせいもあるのだろう、その笑顔が陵にとっては胡散臭く見える。
「受講者の方ですか?」
「はーい。初めてなんすけど!」
「ああ、入会希望の方ですね」
鴨が葱を背負って来ているようにしか見えない。受付の女性が書類を出すなりすぐに書こうとする恭の首根っこを捕まえる。悪徳商法や詐欺にあっさり引っかかっていいカモにされそうな雰囲気があり過ぎる。もっとも、本当に悪徳商法や詐欺なのであれば恭の場合「何か変な感じがする」という野生の勘で回避してしまうのだろうが。どうしてこの教室が回避されていないのかは謎だ。
「何なかみー?」
「そういった書類は書く前にきちんと説明を聞かないと駄目ですよ、それに書類の内容もきちんと読んで下さい。下の方に小さい字で何か書かれていたりしたらどうするんですか」
「えっめんどくさい……ぶんちゃんにチェックしてもらお……」
む、と眉を寄せた恭はそのままぱしゃりと書類の写真を撮る。ひょこ、とスマホの上に現れた白いもやもやが書類を精査しているのを見ていたら、自然と疲れた溜め息が出た。甘やかされている。大丈夫だろうか。とにかく心配になってしまう。
白いもやもやが書類を確認している間――とはいえそれは他人には見えていないのだろうが――受付の女性が入会書類の説明を始める。1日体験コースが1000円、いくつかの継続受講コースは期間に合わせて1万円からかなり高額のコースまで用意されているようだった。
「……いきなり継続コースとか入ったら怒られるなこれ」
「当たり前でしょう」
「ゆりっぺに内緒で5万とかのコースはいったら尻尾びたんびたんされるのが目に見えてる……。なかみーも書類書く?」
「私は受講する気はないんですけど。見学は可能ですか?」
「見学ですか。それでは1日体験コースと同じという扱いになりますので1000円ですね」
「じゃあそれは恭くんに払ってもらうとして」
「俺!?何で!?まあ払う……払うけどぉ……なかみーお金出さないの?」
「受講するのはどなたでした?」
「はい。……何でなかみーついてきたのか分かんない……」
むう、と不貞腐れながら、白いもやもやの「書類に問題ないで!」という言葉と共に恭は書類に向き直る。何だかんだと必要事項を記入すれば、そのまま中へと案内されることになった。
教室はそれなりに盛況ではあるようだった。何やら魔術を使おうと呪文を唱えている人や、何かよく分からない儀式をしようとしている人が見える。アクティブスペースといってここで魔術を使う実践を行っている空間だという説明がされて、そこで眉を寄せたのは恭の方だった。
「……ねえなかみー、狭くない?」
「急に何言ってるんですか」
「こんなに狭いとこで魔術を使っていいものなの?律さんビルごと吹っ飛ばしそう」
「まああの人は……、というか柳川くんはそういうことは分かっているのにどうしてここに来ようと思ったんですか……」
「えっ使えるようになるかなって」
何故そこは信じるのか。ツッコミを入れたところで恭に通じるとは思えない。
物置とトイレ、給湯室を通り過ぎ、続いて案内されたのは座学を行っている教室だった。大体が中高生だろうか。時折大人が混じっているのは恭と同じ感じなのだろう。深く考えてはいけない。そこでふと視界に入ったのは、席に座ってセルカ棒を立て、授業を録画しているらしい青年。あ、と声を出す前に、相手がこちらに気付いた。
「く、組長!?何で?何で組長がこんなところに!?」
金髪で黒いマスクをした青年――先日、律と共にキブレに呼び出された事件の際に出会った『ウィザード』の青年、YoutuberのSUWAこと諏訪坂 綴。律と共に名乗りはしなかったものの、やはりどこかで変な縁は出来てしまっているらしい。
「……組長なの?」
「まあ色々あって組長です」
「何で組長なの?」
「……まあ色々ありまして。彼は同業者ですよ。本名を名乗ると面倒なことになる可能性があるということで。ちなみに君の相棒さんは若頭です」
「ぶっ」
噴き出した後、恭は口を押えて蹲ってしまった。小刻みに痙攣している。爆笑しそうになっているのを必死で堪えているのだろう。ひょこひょこと近づいてきた綴が恭を見て首を傾げ。
「ゆあいず舎弟?」
「……しゃてー?」
「組長は連れてる若い子って言ったらチンピラか舎弟なのでは」
「ああ、この子は若頭の舎弟ですよ」
「若頭の!?」
「舎弟だっけ……?」
「話を合わせておいてください」
「あっじゃあはい、よくわかんないけどしゃていです」
本当によく分かっていない。綴の表情がどこか恭を馬鹿にしたものに変わるのが見て取れる。あまり細かいことを言うと話がややこしくなるな、と陵は今日何度目かの溜め息を吐いたのだった。
*
教室で始まった座学はまるでライトノベルのようだった。
攻撃魔術がどうだ、防御魔術がどうだ。四大精霊というものが存在して。黒板に書かれる説明を真面目にノートを取っている中高生の横で、恭は既に爆睡中だ。時折頭を小突いて起こしてはみるものの、座学を聞くつもりは全くないらしい。
「……だってさーこういう話ってさー……り……えっと若頭?に散々聞いたことあるけどよく分かんなかったよ……」
「おや。内容としては同じものですか?」
「違うと思うけどー……寝てたな……みおみおが聞いてた」
「でしょうね」
律がするであろう真面目な魔術の話を恭が聞いていられるとは思えない。授業は進み、やがて終盤なのだろう、講義を行っていた講師から質問はありますか?という言葉が出た。既に再び夢の世界に入っていた恭を起こしはしたものの、恭は欠伸を連発している。聞く気がない。
「ねむたい」
「柳川くんが受けたいって言ったんでしょう」
「だってこんな話聞いて使えるようになるなら俺とっくに使えると思うんだよな?時々座学されるもんな?何言ってるか分かんないけど」
何故それが分かるのにこの教室に来ようと思ったのか。陵は頭を抱える他ない。
ちらりと綴の方を見れば、一応起きてはいるようだった。つんつん、と脇腹をつつく恭に鬱陶しそうな表情が向けられる。
「寝てたら瞼描いてやろーと思ったのに」
「寝てないし!ていうか舎弟年下のくせに生意気だな!?」
「えっそうなの?俺より年上?」
「……SUWAくん何歳でしたっけ」
「はたち!」
「えっ俺25」
「またまたあ。戸籍上そうなってるってだけの話っすよね」
「戸籍上……?えっ戸籍上ってなに、戸籍って年齢変わるの?」
「本気で言ってるんですかそれ」
「えっ組長まで!?だって戸籍上の年齢って都合で変わるもんでしょう」
「いや戸籍に書かれているのは実年齢でしょう……」
何故ささやかな会話から別問題が勃発するのだろう。こんな25が居てたまるかという綴の言葉に同意はするが、だからといって綴より年下に見えるかといえばそれはまた別問題である。
やれ10年前は高校生だっただの組長は40に見えるだの言い合っている恭と綴に遠い目をしつつ、授業はアクティブスペースへと移動する。どうやら教室の座学とアクティブスペースでの実技は入れ替えのようで、アクティブスペースに居た人たちが教室へと移動していった。座学で学んだことをベースに魔術を使えるように訓練しましょう、という言葉に恭が首を傾げた。
「……何か学んだっけ?」
「柳川くんは最初から最後まで寝てましたね。」
「それにさー、り……えっと若頭が呪文唱えるのってあんま見ないから……」
「若頭はね、若頭というジャンルですからね恐らく。『ウィザード』界隈には詳しくないですが」
「なかっ……組長聞いてたでしょ?何かかっこいい呪文唱えたりして!」
「しません。」
見学というテイで25歳の保護者をしているだけなので巻き込まないで欲しいと心底思う陵だった。
徐に瞑想を始める綴にやいやいと絡みに行く恭を眺めつつ、陵は周囲の様子を観察する。皆思い思いに呪文を唱えたり瞑想をしたりしているが、実際に魔術を使えていそうな人間は一人もいない。何より最初に恭が口にした通り、こんなビルの中で本当に魔術が使えるようになったら大ごとになりかねない――と思ってしまうのは、陵も律の魔術を見慣れているからかもしれなかった。あの威力は出来れば食らいたくはない。良くても悪くても死ぬ。
観察している間に綴に適当にあしらわれた恭は黙々と筋トレを始めていた。トレーニングメニューが一人だけおかしい。とはいえ、基本的に物理的な戦法を取っている恭にとってはそれが一番なのだろう。顔が不貞腐れているどころか「暇」と言いたげだ。来たいと自分で志望して来た手前、帰ると言い出さないだけマシかもしれない。
そんなことを考えつつ、さてこれからどうしようか、と考えていた矢先。
「あれ」
「わっ!?」
急に部屋が暗くなる。恐らくはただの停電だろう、何の力も感じなかった。わーわーと騒ぎになる中、スマホを取り出した恭がその明かりを頼りにそのまま陵の着物の裾を掴む。はぐれないように、ということだろう。……何故か綴も反対側の裾を掴んでいるが。セルカ棒につけられたスマホが懐中電灯となって周囲を照らしてはいるが、光量は然程ない為アクティブスペースを何となく照らすのが精一杯のようだった。
「なあなあ舎弟、これ両方から引っ張ったら組長の着物大変なことになるのでは?」
「いやその時は俺が離すし。何でなっ……組長脱がそうとするの」
「真剣必殺みたいになるじゃないですかやめてください」
「やだかっこいい!やってやって!」
「まさかの」
くだらないことを言っている間に、ぱっと電気が戻って――視界に入ったそれに、陵は眉を寄せた。あちこちで上がる悲鳴、状況に気付いた恭が真っ先に声を上げる。
「静かに!騒がないで、一旦落ち着いて!」
流石に律と共に仕事をして場数を踏んでいるだけあって、それなりには動じなくなっているらしい。わあ、と声を上げる綴を無視して、陵は悲鳴の原因へと足を向ける。
教室とアクティブスペースの間。そこに、めった刺しにされた刺殺体が転がっていた。
*
「大丈夫だよ、吃驚したよなー。あの人警察のひとだから心配しなくていいよ、おうち帰りたいよな、ちょっと辛抱してね、大丈夫だからね」
アクティブスペースの隅に集めた人を宥める恭の声を聞きながら、陵は死体を検分していた。教室にいた人間も物置にあった資材を使って死体を隠し、アクティブスペースへと移動させている。教室に集めた方がいいのではないかという陵の意見に首を振ったのは恭だった。密室になる可能性がある場所に人を集める方が危ない気がする、という意見で、そこは恭のカンを信用することにした。確認したところビルから出ることは可能だったので、出入り口から遠い教室に集めるのは確かにまずいかもしれない。勝手に警察の人扱いされたものの、それは恐らく普段もそうして対応しているということなのだろう。状況がまとまり次第律に連絡を取るべきかもしれない。
よくよく刺殺体を観察する。恐らく陵たちが教室から出てアクティブスペースに出た際、入れ替わりにアクティブスペースから教室へと入っていった生徒のようだった。急所が分からなかったのか、心臓の周りを何度も刺されている形跡がある。抵抗もしたのだろう、体のあちこちに傷が見受けられた。刺殺体である分、これは恭には見せない方がいいだろう。一通り検分してから再度死体を隠して、恭にあらましを報告する。
「……うー。り……っ、若頭に報告入れた方がいいよねこれ」
「そうですね、そちらの方が色々とスムーズでしょうし。お願いします」
「あっ組長俺も電話していい?」
「電話で何するんです?」
「連絡するの」
「誰に?」
「保護者」
「……保護者って誰です?20歳」
「え?えっと……ホントに保護者なんですぅ……僕嘘吐かないいいスライムだよ、悪いことしないよ信じて!」
「はい駄目です」
「なんでー!」