結局、仕事が終わるのは定時より少し前。あれだけ早退しようと息巻いていたのに、余計なことばかり考えていたら、いつも通りの時間になってしまった。最近、三十五という年齢のせいで親族からは事あるごとに結婚に関して突っつかれる。そのせいで前は気にならなかった世間との差異にも、心を擦り減らすようになった。件の後輩の発言だって、以前の獄なら気にならなかったのに。
「じゃあ、お疲れ様」
パラパラと返事が返ってくる。それを背中で受け止めながら、獄はエレベーターを待つ。この後、十四と会う。そう考えただけでせっかちになってしまう自分が情けない。でも、それだけ十四が恋しくて仕方がないのだ。擦り減った分を埋めてくれるのは十四だけ。自分は誰でも良いわけではない。十四だけ。十四でなければ嫌だ。女であれば誰でもいいと、そう思っているあの男とは違う。
外に出ると昼過ぎまでの雨の名残で、アスファルトは乾ききっていなかった。湿って鼠色に染まったアスファルトを暗くなった空が、更に鈍色にさせる。日が完全に沈んだら、真っ黒くなってしまいそうだ。革靴の底で思い切り踏み締める。朝に比べれば靴の中に充満していた湿り気も幾分マシになった。微かに残る不安感も十四の顔を見れば、すぐに治る筈だ。
十四がいたのは、獄の事務所からそんなに遠くないカフェだった。打ち合わせなんかで使われるような少し高めの価格帯のチェーン店。その片隅で、十四はノートと睨めっこしている。
「待たせたな」
「ひとやさぁんっ!」
こちらを見るなり大声を上げるものだから、早足で歩み寄り軽く小突いた。店内の視線が集まっていることに本人も気づいたようで慌てて小さく身を縮こめる。
「ご、ごめんなさいっす! 獄さんの顔見たら、嬉しくなっちゃって……これが条件反射ってやつっすかね?」
「本当、お前は犬みてえだな」
「犬じゃないっす! 獄さんの彼氏っすよ!」
「ああもう分かったから」
静かにしてくれ、とお喋りな唇に人差し指を当てて制した。フニッとした感触を指先から感じ取る。よく手入れされた唇は色味も良ければ
だめだ、ちょっと一回配信停止します。
お付き合いいただきありがとうございました。