膨大な魔力とオレを求める声に応じてみれば、そこにいたのはあまりになんでもない、普通の人間だった。そいつは召喚陣の中心に立つオレを見て、玩具を見るガキのように目を輝かせ、隣にいるどこか見覚えのある少女に抱き着いていた。
しかし、オレは目を疑った。魔力を感じたから期待していたのに、見た感じそいつの魔術回路は小枝に等しいほどのか細さしかない。人理を救うというから助けてやるかと思ったのに、そいつには守るための強さも救うための技術もなさそうだった。
なんだこれは。話が違う。だってお前はどう見たって、“守られる側”の人間じゃないか。何の力もなく、願いもなく、ただ“一人しかいないから”という理由だけで、お前が戦わなければならないのか。
ムカついた。ただひたすらに苛ついた。召喚されたからにはその力になって戦おう、でもお前は後ろに引っ込んでいればいい。オレたちに任せていればいい。力のない民草は、オレたちのような者に守られているべきなのだ。
父上はいるか。オレはそれだけ問うた。オレがいれば人理の修復など容易い。魔術王だかなんだか知らないが、すぐにぶちのめして座に還る。
あんな貧弱なマスターといたら戦闘に集中するのも難しいだろう。此度の召喚は退屈なものになりそうだ。戸惑ったようなマスターの横を通り過ぎ、オレに宛がわれるという部屋に向かう。これだけきつく当たれば、オレにかかわろうとは思わないだろう。他に仲良しこよしで契約しているサーヴァントがいるかどうかは知らんが、弱い奴をマスターだなんて呼ぶのはごめんだ。契約上そうであっても、オレのほうが断然に格上なのだから。
*
しかしそれはオレの誤算だったことを知る。そいつは適当にあしらおうが無視しようが、足繁くオレのもとに来て魔力リソースや様々な素材を運んできた。それを使えば霊基がどんどん身体に馴染み、最初は重かった身体が思い通りに動かせるようになってきた。
そしてなんとなく、あいつがオレを見た瞬間に顔を輝かせた理由がわかってきた。あいつはたまに、オレではないオレの話をすることがある。マシュに窘められて口を押さえることもあるが、要するに違うオレとかかわったことがあるらしい。まあきっとあいつの表情と話しぶりからして、そのオレは獅子奮迅の活躍をしたんだろう。それは容易に想像できる。しかし混同されては困る。ここにいるオレは、こんなちっぽけな、何の力もない奴に喚ばれたことに苛ついているのだから。
ある程度まで霊基が馴染んだところで、オレはあいつに呼ばれてクエストに行くことになった。初めてあいつの指揮下で戦うことになる。全く期待はしていないが、お手並み拝見といったところか。――と思ったら、またこいつはオレの想像を裏切ってきやがった。
話を聞けば平和な時代と国に生まれ、争いも何も知らない軟弱者のくせに、それぞれのサーヴァントの特性を知り、活かし、的確に指示を出してくる。それは天性の才か、これまでの旅路で培ったものか。どちらかは知らないしどちらだって構わないが、思ったよりこいつの指示に従って動くことは心地良かった。――まあ、思ったより、っていう程度だが。
「モードレッド! お願い!」
「――っは、任せな!」
そもそも願われるより前に分かっている。オレは魔獣との間合いを一気に詰め、巨大な牙が剥かれる前にその脳髄を一撃でかち割った。びしゃり。返り血でオレの顔を、鎧を、身体をどっぷりと濡らして、魔獣は断末魔の咆哮とともに地に伏した。
とはいえ、数多の英霊がこいつと契約して付き従っている理由は何となくわかった。そもそも人理の危機であり、それを防ぐために喚ばれているっていうのが大きいだろうが、それでもこの貧弱な奴に反英霊のような奴でさえ契約に応じているのはこいつがどんなときでも前を向いていられる人間だからだろう。英雄ってのは、そもそもそういう人間が生きる未来を創るために生きて死んだ奴らだ。
――しかし。
「さすがモードレッド! ありがとう!」
そいつはにこにこと暢気な笑顔で近づいてくる。全身をべったりと、臭い魔獣の血で汚したオレにも、一切の躊躇いを見せることなく。そして伸びてきた手を、オレは払いのけた。汚れた手と乾いた手がぶつかり、べちゃりと醜い音を立てる。剣なんて握ったことのない細くて白い手を、酸化しかけの黒い血が侵した。
「……触んな。ぶん殴られてェのか」
それでもオレは許さない。守られるべき民が震える足で立ち上がり、血と硝煙で汚れた戦場を駆け、無残な死と屍に向き合い続けていることを。我々が守らなければならないその身体と心が、どす黒く侵され続けていることを。
だから、オレ達とともに勝利の凱旋をするべきではない。オレ達と対等に立つべきではない。
一刻も早く、無垢な民であるこいつが、戦場に立たずに済むようにしなければならない。
それがきっと、英霊として喚ばれたオレたちの役目なのだ。
――それさえも全て間違っていたことを知るのは、苛つくことにもう少し先の話。