明るい陽射し
草の連なり。
所々に生える木。
土の匂いのする風。
蹄で大地を踏みしめて、さぁ駆けよ。
ここは動物達の楽園だ。
ふさふさの毛並みも、もふもふの尻尾も、鋭い爪と牙も、遠くまで見通せる目もある。
キリンさんこっちだよ、と軽やかに走りながら振り向くと、誰もいない。
見渡す限りの草原と照り付ける太陽の熱は不思議と感じないのが夢見心地で、動物も鳥も見当たらないのが不安を煽る。
オレはまた独りぼっちになっちゃったの?
三角は悲しくなって、気付いた。
キリンさんを呼んだのに、自分は人間の姿だ。
それは普通のことなのだけど、この時は何だかガゼルじゃないのがいけない気がした。人間の姿だからキリンさんは何処かへ行ってしまったのではないか。
「キリンさ……かず……」
泣きそうな声が漏れた。
走り出そうとして取り残された格好の三角は一歩踏み出しかけて立ち止まったまま。
「何処…?」
掠れた声が風に乗って消えていく。
同じ頃。
ガゼルさん待って、と追い掛ける一成はいつの間にか見失ってしまって愕然としていた。
草原を吹き抜ける乾いた風も流れる雲の影はただ綺麗だったけれど夢見心地で、動物も鳥も見当たらないのが不安を煽る。
オレはどこまでいっても独りぼっちなの?
一成は悲しくなって、気付いた。
ガゼルさんを呼んだのに、自分は人間の姿だ。
それは普通のことなのだけど、この時は何だかキリンじゃないのがいけない気がした。人間の姿だからガゼルさんは何処かへ行ってしまったのではないか。
「ガゼルさ……すみー……」
一念発起して誰とでも仲良くなれるスキルを磨いてきたのに。
結局誰もそばにいてくれないの。
「何処……」
濡れた声が風にさらわれて消えていく。
救いを求める声が届いて欲しい相手は一人、思い浮かぶ。
本当に大切で、大好きで、傍にいたい、傍にいてほしい人。
「そっかぁ、キリンさんじゃなくてかず、って言わなきゃね」
人間の姿で三角は呟いた。
「そうだよね、ガゼルさんじゃなくて、すみーって言わないとねん」
人間の姿で一成は呟いた。
そして、二人はそれぞれの部屋の自分のベッドで、ほぼ同じ時刻に目を覚ました。
楽しいはずの夢が突如として悲しい気持ちに満たされたことがよほどショックだったのだろう、目尻に涙の跡があることに気付いて、必要以上に荒い息をしていたみたいで喉もからからだ。
身体から水分が流れ出て渇いていると感じる。
三角がキッチンに行こうと部屋をそっと出たのと、一成がドアを開けたのが同じタイミングで、二人は小さく「あっ」と顔を見合わせた。
「かず」
「すみー」
ちゃんと現実世界で名前を呼んで、ふふっと二人で微笑み合うと全て通じてしまったみたいだ。
MANKAI寮のみんなは基本的に早寝早起きだから、寝静まっている皆に迷惑にならないように足音を立てないように目配せしながらキッチンに向かう。
きちんと整頓されたキッチンの明かりを点けて、こそこそと会話すると、内緒でいけないことをしているみたいだ。
「のどかわいちゃった」
「何飲む? そんなに寒くないけど、ホットミルクとか?」
とはいえ、一成も喉が渇いていたのでまずは何かジュースを飲みたくて冷蔵庫を開けてみると、果実から仕込んだレモネードがあった。
「すみーのイメージカラーだね」
果実入りのちょっと濁っていてボトルを揺らすと光を反射してゆらゆら渦を巻くのが見えるレモンイエローの液体。
三角用の三角形模様のグラスに注ぎ、自分の分はポップなランダム柄のグラス。
「かんぱーい」
グラスをカチンと合わせて一成はレモネードを一口、染みわたる酸味と仄かな苦みと甘味、レモンの風味と味を堪能した。
「おいしいね~」
「うん、でさ、すみー。すみーはどんな夢見たの?」
一成はもう確信していたので単刀直入に切り込んだ。
「んーとね、キリンさんと一緒に遊びに行こうとしたのに、振り向いたら誰もいなかったの。それでオレ、悲しくなっちゃって……やっぱりオレのこと、みんな独りにしちゃうのかなって。今はそんなことないって知ってるのに、へんだよね」
そっか、と一成は頷いて自分の番だと口を開いた。
「オレはね、ガゼルさんを追いかけてたはずなのに、気付いたら見失ってて……うん、オレもまた独りになっちゃったのかって泣きたくなった。今はそんなことないって知ってるのにね」
どちらからともなく、肩を抱いて肩に頭を預けて、こつんと頭を寄せ合ってしんみりと目を閉じた。
寂しいこともあるけれど、一人の時ももちろんあるけれど、それは独りとは違う。孤独じゃない。
それを知っていても、二人の心にある小さな隙間は似た色を湛えた水溜まりみたいなものだ。一人同士が出会って惹かれ合った今がある。それを確かめ合えば大丈夫。
「かず、おにぎり作ろ」
キッチンにはたくさん炊いて余らせたご飯が残してあるのを知っている三角が顔を上げて一成を覗き込み、そう提案した。
おにぎりを食べると心がぽかぽかになるよ。
「うん」
笑みを返す。
三角はそんな一成の顔を正面に回ってじっと見詰めた。
大きくて綺麗なアーモンド型の一成の双眸。くしゃっと微笑の形をしているけれど、目尻に涙の形跡があるのを見逃しはしなかった。
「かず、泣いてた?」
返事を待たずに瞼や目尻に唇を寄せてそっと口付ける。
しょっぱいけれど、一成の照れ笑いを見ると胸が高鳴るのだ。
「すみーは泣いてなかったの?」
オレは平気、と三角はご飯と水と塩を用意して、おにぎりを作る。
寮ではこうして好きな時に一緒にいられるし、部屋でも一人ではないから寂しくなることも独りになることもあまり無い。
でもさ、と一成は考え込んだ。
すみーがいないときに一人だったら、動物がそばにいてくれたらいいのにな。
「かず、寂しいの?」
「今は寂しくないよ。でも、そういうときにすみーみたいに猫さんとか動物と話せたらいいのになって」
ぎゅっぎゅとおにぎりを握り、三角は出来上がった順にお皿に置き、やがてぺろりと指を舐めた。無邪気な表情が少しだけ悪戯っぽく、それでいて大人びた色を帯びるそんな瞬間に一成はいつもどきどきしてしまう。
「猫さんなら庭にも遊びに来るし、オレもかずのそばにいるよ。猫さんとお話するならオレがいつだって通訳してあげる」
「そだね」
想い人はいつもそばにいるというか、一つ屋根の下に暮らしているのだけど、何か分身みたいなものが欲しい。
そう言うと、例えば?と三角は問い返したが、すぐにピンときたらしい。
「いいこと思いついた! オレ、かずにガゼルさんのぬいぐるみプレゼントする!」
「なる~! じゃあオレは、すみーにキリンさんのぬいぐるみプレゼントしちゃうよん」
二人リンクした夢を見て、同じ想いに胸を痛め、でも互いに思い合って同じ気持ちの籠った贈り物をする。なんて素敵なんだろう。
そうと決まれば明日は一緒に動物のぬいぐるみを探しに行こう。
それじゃあ、おやすみ。良い夢を。