『昼寝、告白、12月、酸っぱい、化粧』よーし、やるぞ~
これを原稿にすればいいのか…?
身を起こして伸びをすれば、ぱきり、と音が鳴った。広いとは言えないソファで縮こまっていたせいだろう。きっと。天井に近い位置にある時計を見上げれば、時刻はまだ昼過ぎ。まだまだ今日は長そうだ。
ココアでも飲もうか、とキッチンへ向かえば、ちょうど降りてきた母に声をかけられる。良く寝ていたわね、なんて言うくらいなら、この十二月の肌寒い季節にソファで寝こけている息子にブランケットくらいかけてくれたってバチは当たらないだろうに。冷え切った腕をさすりながら、冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップに注いで電子レンジへ突っ込んだ。
光を浴びて回転する様を眺めつつ、寝ている間に来ていたメッセージを開けていく。友人からの食事の誘いに諾、と返して、これからの予定を立てる。待ち合わせまで大分時間がある。何をしようか、と考えながら、棚下に保管してあるココアの粉を取り出した。電子レンジが仕事終わりを知らせる。
熱くなったマグカップをそう、と持ち上げ、スプーンでふた匙すくった粉をくるくるとかき混ぜた。甘く色づいていくのを見つめながら、もらった手袋はどこにやったっけ、とぼんやり考えた。
待ち合わせの駅前にある水の出ない噴水の前で、マフラーに顔を埋めながら、コートの中で身を縮める。五分もしないうちに、待ち合わせの相手がやって来た。
「待ったか?」
「いんや。で、どこよ」
「郵便局の路地入ったとこ。鶏が美味いらしい。先輩に教えてもらった」
「へえ。そりゃ楽しみだ」
軽くウェーブのかかったプラチナブロンドを寒空になびかせ、颯爽と雑踏を進んでいくその背を追いかける。この口ぶりだと、腰まであるストレートの髪をマフラー代わりにしている寒がりな先輩は既に店にいるのだろう。
ひらがなで豪快に店名が書かれた暖簾をくぐると、小さな居酒屋だった。カウンター席と、テーブル席がふたつだけあるその隅で、見覚えのある男が酒を呷っている。
「お疲れさんです」
「ああ、お疲れさま。生でいいよね?」
返事もきかずに大将、生ふたつね、と勝手に注文するやたらと顔の良い先輩の手には猪口がひとつ。その肩から流れる白銀の髪をうっとおしそうに払うくらいなら、せめて結ぶか、いっそ切ればいいのに、とはいつも思っている。絡まれることはわかり切っているから口には出さないが。
「燗っスか」
「そう。この時期だし、飛び切りもいいかなって思ったんだけど、やっぱり上くらいがいいよね」
機嫌よく酒を呷る先輩に曖昧に返し、後で違う銘柄を頼もう、と決意した。丁度良く届いたビールで、とりあえず日ごろの疲れを癒すべく乾杯をする。
「そういえば、先輩、このあいだ告白されたらしいじゃないですか」
「へえ! センパイも隅に置けませんねえ。誰っスか?」
「ほら、あの総務課の美人」
「うわ。美男美女」
「どう思ってるか知らないけど、断ったからね」
バッサリと切って捨てるその言い草に、残念そうな声が出るのは仕方がないだろう。あんな美人そういないのに。勿体ない。揃って怪訝な声を上げていれば、ため息混じりに続けた。
「あんな化粧臭い女はごめんだね」
「アンタは今、モテない男を全員的に回した」
「まあ……わかる気もしますけど」
「お前もか! これだから顔の良い野郎は!!」
ジョッキを勢いよくカウンターに叩き付けて管を巻く。呆れた目をされても気にしない。ぐだぐだとしゃべっていれば、いつの間に届いていたのか、突き出しに混じっていた梅干を口に突っ込まれた。あまりの酸っぱさに閉口する。
「全く。静かに飲めないの?」
「お前、何で彼女いないんだよ」
「オレだってカノジョ欲しいっつーの!」
切実な叫びは、この顔面偏差値が天元突破している連中に全く理解されない。有能な上司と同僚に囲まれる身にもなってほしい。自分ではない予定を聞かれるんだぞ……辛い。
* * *
「カーーーット! チェック入ります!」
うなだれたところで、終了の合図がかかる。カウンターから身を起こし、三人そろって監督の元へ向かった。チェックもすんなりと終わり、OKが出される。
「お疲れさまでした」
「なんというか、流石だねえ。普段から仲が良いんだろう?」
「ええ、よくしてもらってますよ」
「そうそう。僕たち仲良しです。ね?」
「……ええ、まあ……そうですね」
話をしている後ろで、次のシーンのための小物がどんどんセットされていく。次は満足して店を出るシーンだ。毎回出てくる料理がどれも美味しいので、捨てるのは忍びなく、終了後につまませてもらっている。
「にしても、今は普通なのにねえ……」
「お前、そういう役ばっかだよな」
「俺が選んでるんじゃないんだけど……?」
モテないけれどそこそこ重宝される男の妙な性癖。アブノーマルにも程があるというか、悪趣味というか、なんというか。ああ、これは放送を見られたらまたタマが拗ねる。そんなことを予想しながら、ウキウキと準備に取り掛かる監督の後ろ姿を眺めた。
* * *
「あーあ。アンタにはガッカリだよ。オレ、楽しみにしてたのになァ」
ぴちゃり。手に持ったナイフから滴る赤が、足元に広がる水たまりに跳ねる。さらさらと長く美しいプラチナブロンドが、水たまりの中で真っ赤に染まっていく様に、うっそりと笑みを刷いた。
おしまい!!!!!!!!!