コメント・ハート大歓迎です!
すごくゆっくりしたペースで書くとは思うんですが、気長に見てもらえると嬉しいです。
途中で配信切れちゃったりすると、その都度URLが変わっちゃうみたいなので、もし「あれ」って思った時は一度Twitterの確認をお願いします
それと、今から書くのはあくまで原型みたいな文章なので、あとで投稿した文章と違うことになってるです
愛すべき誘拐犯の忘れ癖 3
目を覚ました時には、あれほどに愛おしいと思っていたその人の姿も、名前も忘れてしまっていた。
微かに耳に届く雨の音と、見慣れた天井。繭の中にいるような淡い感触を伴う微睡みから、少しずつ鶴丸の意識は浮上する。そうして水面を柔らかく突き破り、元の世界へと戻ってきた時には、夢の中での出来事をすっかり手放してしまっていた。
枕元のスマホを手に取る。時刻は午前六時前。朝……、と認識して、頭のどこか遠いところで家が静かであることに納得する。彼が目を覚ますには、まだ早い時間だ。
……会いたい、と不意に強い想いが込み上げた。
輪郭すら朧げだけれど、夢のせいに違いなかった。不思議と懐かしくて、幸せな夢。そんな自分の気持ちに手を引かれるようにして、ベッドを降りた鶴丸は自室を出て、まだ薄暗く冷たい廊下を歩いた。
壁の向こうから聞こえてくる雨の音は、思っていたよりも強くて、息を潜めて泣くような少しだけ哀しい響きを伴っている気がした。
雪に覆われたこの世界が一度、しん、として静まり返ると、最初から何も無かったのだと思わせるような空虚さを見出してしまいそうになる。実際、大気を微かに揺らしていた数多の生命の囁きはひっそりと立ち消えて、この世界のどこにもいやしなかった。
それでもこの場所では、小さな身体の彼らが軽やかに走り回り、青年の成りをした彼らも時にじゃれ合いながら研鑽を重ね、時にぶつかり合い、時に慈しみ合っていた。
その全てを最初から見ていた。失くすにはあまりに惜しい、かけがえのない世界。皆、旅立っていくのを見送ってきた。
そして今、自分は最後の一人を見届けようとしている。
「君を置いて先に行くのが心苦しい」
そう言って抱き締めてくれている彼は、真白の戦装束に身を包んでいる。最後の最後まで残ってくれようとしていた。けれど初期刀である自分が、最後まで全て見届けたいのだと言ったら、心ならずも、という様子で認めてくれたのだ。
「……不思議だよね。後悔しないようにあれからたくさん一緒に過ごしたはずなのに……全然足りないや」
笑ってお別れしよう。そう思っていたのが、後から追ってくるように悲しみばかり込み上げてきて。笑おうにも、胸の奥でつっかえて全然笑えないし、埋めた胸から顔を上げることもできない。
もっと、一緒にいたかった。
「……本霊に還る時、」
「その話はしないで」
彼の言葉を思わず遮る。
自分たち分霊が本霊へと還る時、この身に宿した記憶は全て呑みこまれて失われるだろうと、主から聞いている。それをわざわざ愛する人の口から聞きたくはない。
「ああ、いや……違うんだ。どうせなら未来の話を少し、と思ったんだ」
「……未来?」
「せっかくだ。希望ぐらい持っていきたいだろう?」
そろそろと胸から顔を上げる。ああでも、きっと今の自分は情けない表情をしている。けれど彼は、金色の瞳に優しい光を灯してこちらと目を合わせてくれた。
「もし許されるなら、君と過ごした日々も、君への想いも全て俺のものとして携えていきたいんだ。次もまた、君との縁を辿って君のそばへいけるように」
穏やかな語り方。まるで幼い子供に言い聞かせるみたいに。
「あ……今本当にそんなことができるのかって疑っただろ? 俺の執着心を舐めないでもらおうか」
「ふは……執着心って」
「こりゃあ意地でも君に驚きをもたらさなくちゃならんな」
言い方が可笑しくて笑うと、向こうも小さく笑った。
「……未来、ね」
「次は何がしたい?」
「一緒に現代遠征したいかなぁ。可愛くて美味しいスィーツ食べたり、 さんに似合う服選んだり」
「約束しよう」
「お花見も一緒にしたい。ここに来て、 さんまだ桜見てなかったでしょ」
「ああ。月見で一杯も、結局できんまま終わってしまったしなぁ」
「花札はもうやらない」
「えー」
「だって、いっつも負けるし」
「まだコツを掴めてないだけだろ。あれは度胸と駆け引きが物を言うんだぜ。本来君向きの遊びだ」
「それこそあんたの領分でもありますけどね」
「よく分かってるな。その通りだ」
彼はまぁまぁ、と宥めるように頭をぽんぽんと撫でた。いつもと変わらぬ温かい手つきに泣きそうになった。
「また遊んでくれ」
「……うん」
約束は、たくさん生まれた。
霊力も何も交じらない、ただ希望という微かな光でできたまじないは、今にも感触を失って消えてしまいそうだった。
でもこれが、彼と繋がっていられる唯一の糸なのだ。
少しでも取り零したくなくて、胸の内でひし、と抱いた。
「……もう、行く?」
「ああ。……清光」
名を呼ばれて、そっと顔を引き寄せられる。彼から授けられた口づけは、庭に降る雪のように淡くて、この上なく愛おしいものだった。
「……いつまでも、君を愛している」
衣擦れの音と共に、温もりが離れていく。静かに立ち上がった彼を追いかけて、加州は座り込んだまま見上げた。
見つめ続ける二人の間で、それ以上交わす言葉は何も無い。彼が立ち去る間際、開いた襖の向こうから清らかに透き通った冷気が入り込んで、加州の頬を撫でる。
ほとり、と襖が二人を柔く隔てた音に、涙の落ちる音が入り混じった。
しん、とした静寂に部屋は今度こそ満たされた。
――そう感じたのも束の間。加州以外に誰もいなくなった部屋が、音も無くさらさらと床から崩れていく。あっという間に光が彼方へとさらわれて、暗闇にぽつりと取り残された時。
遠くから、誰かの小さな泣き声が聞こえた。
どうして置いていったの、と。声を伴わない思いが不意に胸を強く打った。
初期刀だから。お前だけはどうしても還せなかったって、あなたは言ったけれど。でも置いていかれたって、また主としてあなたに巡り逢えることなんかもう無いって、分かってる。
……忘れられたらよかった。でも心から可愛がってくれたあなたを、忘れられる訳がない。俺を愛してくれたあの人のことだって。
それでもあなたは、「生きろ」と俺に望んで、いなくなった。
頑張ったけど……ねぇ、主。俺はもう、こんなに寂しい気持ちを抱えていたくない。俺ばっかり過去に置いていかれるのは耐えられない……
涙が勝手に溢れて、ぽっかりと空いた心の虚にぱたぱたと降っていった。その時になって、初めて自分が泣いていることに気がついた。
ああ……そっか。
そしてこれらの想いが、かつて自分の中にあったことを思い出すと、ぽつりと小さな火が灯るように、遠い日の出来事が記憶に蘇る。
今にして思えば、それが全ての始まりだった。
主、長患いしてて亡くなったんだっけ。
*****
――……目を覚ますと、心配そうに覗き込んだ鶴丸と目が合った。美しい満月色。ぼんやりと夢見心地で見つめているうちに、抱いていた感情が静かに形を失って、ただ漠然と悲しいだけの靄に変わった。
夢を見ていたんだ。
そう思うと同時に、目尻から頬に伝っていった温かい物の存在に気がつく。何が何だかよく分からなかったけれど、無性に目の前の人が恋しくなって、加州はその首に縋りついた。
鶴丸は優しく抱き返してくれた。
「……嫌な夢を?」
尋ねられて、説明しようとしたけれど……既に遠い彼方に行ってしまった夢の内容は曖昧で、説明しようにも言葉が見つからない。
「上手く、言えないんだけど、」
「うん」
「……すごく悲しい夢だった」
鶴丸は無理に聞いてこようとしなかった。言葉で元気づけようとする代わりに、加州の心が落ち着くまで寄り添おうとする思いやりが感じられた。
……でも、ずっと甘えている訳にもいかない。
「仕事、行くよね」
「気にしなくていい。少し早く目が覚めたんだ」
「……朝ごはん作らなきゃ」
ありがとう、と首に回した腕をほどくと、背に回された手もそろそろと離れていった。起き上がると、部屋の冷たい空気がすぐさま加州を取り巻いた。
十一月の終わり。季節は冬に差し掛かったところだ。加州の中では、出会ってからもうすぐで一年が経とうとしている。
――鶴丸の中では事実上、二ヶ月前に出会ったことになっている。
彼のことを見れば、大好きだなぁ、と想う気持ちが強く湧く。けれど同時に込み上げてくる痛みは、最早自分ではどうにもできないほどに悲しく胸を刺し荒らすのだ。
……そんな暗い気持ちを彼には見せたくない。
「リビングで待ってて」
辛いのは鶴丸さんも一緒なんだから、俺は笑っていなくちゃ、と。
そうやって隠すうちに、どことなく距離を置くようになってしまったことについては、まだ気づかないようにしている。
*****
(ここからスタート)
過去の自分が、何度も記憶を失くしているという。
その実感を持たないまま鶴丸は、一年近く前までのことなら鮮明に思い出せるという奇妙な状況に陥っている。
仕事のことは分かる。気の置けない同僚のことも、自分が何のために闘っているかということも。身の回りの環境は、それなりに把握できているはずだ。
なのに、共に暮らしているあの子のことだけ、何一つ覚えていない。
何故思い出せないのか。組織の人間も首を捻るばかりで原因の解明には至っていない。歴史修正主義者の手勢にこの身を切り裂かれる度、記憶を失う。手がかりがそれしかなかった。
何か書き残していやしないかと手記も読み返したが、過去の自分たちの喜びや悲しみをただ遠くに感じるばかりだった。
……前の俺たちは、随分と寂しそうにしている。
まだその段階に至っていないだけなのだろうか。不思議と今の鶴丸自身は、彼らほどの不安や悲しみを感じたことはなかった。
その話をふと隣の長谷部に零すと、
「確かに。……随分と顔色がよくなった」
しみじみとそんな返答が返ってきた。
「そんなに前の俺は酷かったかい?」
助手席側の窓を眺めながら尋ねる。透明なガラスの向こうで、水滴が幾つも筋を描きながら滑り落ちる。
「危なっかしくて、見てられなかった」
「……ふむ」
手記を書き始めた頃の自分も、読んでいて分かるほどに自棄的なものを纏っていたが……長谷部が言うのだから恐らく相当だ。
「……思うに、」
交差点に差し掛かって、長谷部が車のハンドルを切る。道を曲がった車は雨の降りしきる中をゆったりと走行していく。
「お前の自虐めいた使命感や凝り固まっていた諦めみたいなのが、かなり薄らいできてる。あの子……加州と暮らすようになってからだ。お前に相当気持ちを注いでるからな。寂しいと思う隙を作らせなかったんだろ。だからお前が覚えている範囲の中でも、寂しい瞬間があまりないんじゃないか?」
ああ、と合点がいった気がした。
そうかもしれない。そう思えるだけのことが本当に幾つも、幾つも思い当たる。
食事にしても会話しにしても、彼の濃やかな心遣いと愛情はいつだってこちらに伝わってくる。家の様子一つ取ったってそうだ。いつも明るく清潔に保たれているし、どんな時間に帰ってきたって必ず何らかの形で彼の出迎えが用意されている。
加州が作ったアルバムだってそうだ。あれには楽しそうな思い出が数々残されているから、よく手に取って読み返している。
長谷部に言われるでもなく、愛されていることは実感している。
でもそれが自分の意識しない部分にまで及んで、かつての自分たちが抱いていた寂しさを打ち消しているというのは、何だか目の覚めるような意見だ。
……ふと、こうして何度も一目惚れする相手があの子で、本当によかったと思った。
「……申し訳なくなるな。そうやってしてくれたことが山ほどあるだろうに、当の俺が全部忘れてしまってる」
せっかく積み上げてきたものが呆気なく崩れ去っていく。そんな光景を、あの子は何度も目の当たりにしてきたのだろう。かつての自分たちも忘れてしまうことを酷く怖がっていた。けれど忘れられる側にも、一体どれほどの気持ちをもたらしてしまっただろうと考えてしまう。
目を覚まして、初めて見た時にあの子が浮かべた笑みには、辛そうなものが滲んでいたから。
「お前……」
「え」
「今の話聞いてたか?」
ツートーンほど下がった声音が這うように鶴丸の耳に届いた。びっくりして運転席を見たら、長谷部が剣呑な目つきでじろりと鶴丸をねめつけていた。
「お前が思い詰めたらそれこそあの子の望まないことになるだろうが。全く。一体何を聞いてた? あんまり情けないこと言うなら殴るぞ」
「おわーやめて暴力怖い」
「組織をあげて原因究明に力を注いでるんだ。あまり先のことを考えるな。今の時間を大事に過ごせ」
一息に捲し立てた長谷部は、ふん、と鼻を鳴らして鶴丸から視線を逸らした。
「……そうだな」
行きたい方に行け、と言って力強く背中を押してくれる。
長谷部は、本当にいい奴だ。
「ありがとうな」
「礼を言われるような話じゃないな」
ぶっきらぼうに言葉を返してから……何だかバツが悪そうな表情を浮かべて、彼は首の後ろをポリポリと掻いた。
「……実を言うと」
「ん?」
「俺もお前と少し似た経験がある」
「……というと?」
この男が失敗談の類を漏らすなど珍しい。興味深い思いでつい身を乗り出したら、ぐっと手のひらで思い切り顔を押し退けられた。酷い。
「……宗三と初めて会った時にな」
「ほお、宗三が」
「俺自身は、あれが初めての出会いだったと思ってるんだぞ? 運命の番だったんだ、それぐらい分かってるつもりだ。けどあいつは……俺に何回も会ってるなんて言うんだ」
「……いや、長谷部。まさか」
あんまりにもその言い草が自分と重なったものだから、物凄く嫌な予感を感じて長谷部を見つめた。違う! 断じてそれは違うぞ! と声高に否定された。
「それはない、絶対に。あいつとの思い出ならそらで全部語れるからそれはない」
「君……そんな」
「……ただ、確かにそれ以前に会った覚えは無いんだ。それに聞いても答えてくれなくてな。挙句『こんなイイ男を覚えてないなんてあなたサイテーですよ』って」
「うん」
「殴られた」
「ぶはっ」
思わず吹き出して大笑いしてしまった。
「笑うな! あの淡々とした感じで即行振られた俺の気持ちが分かるか!? 運命の番に殴られて道路に這いつくばったこの、俺の、気持ちが!」
「あっはっはっはっは」
あんまり面白くてしばらく笑いが止まらなかった。あの宗三が、長谷部相手にそんなことをしていたとは。確かに彼ならやれるだろう。
「……やっぱり話さなきゃよかった」
「はは、は……はー……いや、君たちはいい仲だと思う。ちゃんと言いたいことは言い合えてるんだろ」
「まぁ……そうだな」
宗三といえば、あの子ともとても仲がいいと記憶している。鶴丸よりも前から付き合いが長いと聞いているから、気心も知れているはず。
「……お前たちも、言葉に表して色々話しておくんだぞ」
「……ああ」
やっぱり長谷部は察しがよくて、鶴丸が考えようとしたことを先に言った。
そうなのだ。話さなくてはならない。
あの子がどこか距離を置こうとしている感じがするのも、きっと気のせいではないだろうから。
*****
今日はここまでにします!
ありがとうございましたー!!