僕は目を覚ました。となりに、あるはずのぬくもりを探る。それは、確かに、本当に、「あるはず」だった。しかし、僕の信じていたぬくもりは、なかった。
「……」
 僕は身を起こす。
 ギシリと、鳴ったのはベッドのスプリングか、僕の身体だったか。
 そんなことはどうでもいい。冷え切ったとなりのシーツを握りしめる。シワになるのも気にしない。どこへ、君は、僕に黙って、どこかへ行ってしまうのか。寝起きのぼんやりとした頭で考える。
「……」
 もう春になるというのに、早朝は嫌に寒い。
 こういうものを、僕は君と共有していきたいんだ。
 握りしめていた手をゆっくりと離し、シワを伸ばす。ひんやりとした床に、足をおろした。君も、この冷たさを感じただろうか。
 君のぬくもりが懐かしい。君の両目が、腕が、脚が、頬が、八重歯が、僕をいちいち刺してくるのだ。その快楽を、僕は知ってしまった。それがもう懐かしい。
 僕はぺたぺたと音を立てて歩き始める。きっと、君もこうして、ぺたぺたと歩いたのだろうね。
 そう考えると少し笑えて、僕は歩みを速めた。あの残像が脳みその奥でチラついた。
 そうだ、君はきっとそこにいる。少し考えれば分かることだったのに。僕は毛布を抱えて、ついには走り始めた。君に会う。そのためだけに、僕の足はついている! そう叫んでいるような足音に、やはり僕は笑った。
 ドタドタドタと、いつもの僕なら絶対に立てない音を立てて階段を駆け上がる。僕をこうしたのは君なのだから、責任を取ってほしいね。
 果たして、探し人はそこにいた。
 けたたましい足音に驚いたのだろう。逆光のなかでも、振り向いた両の目が見開かれているのが分かる。
「お師さん?」
「ずいぶんと早起きだね、影片」
「お、おん。なんや目、覚めてもうて。え、どうしたん、ほんまに。お師さん、走って来たのん?」
「そうだよ」
「なんで?」
 彼が、影片が首を傾げる。朝焼けが、ずいぶん大げさに、そこを照らしている。
「起きて、いるはずの僕がいなければ、君はどうする?」
「んあ、探す」
「そういうことだよ」
「……」
 影片は、理解したのか、していないのか分からない表情をした。理解はできた、けれど、納得はできていない、ような。まったく、本当に手のかかる子だ。
「影片、僕は寂しかった。となりに君がいないから」
「……」
「ベッドのとなりは冷たくて、とても独りだった。だから、君を探しにきた」
「……」
 いつもは、ぴいちくぱあちくとうるさい口は、閉ざされたままだった。
「愛する君を」
「あんなに走って?」
「うん」
「その毛布、抱えて?」
「そうだよ」
 影片は、また首を傾げた。いよいよ朝焼けが強くなり、逆光で表情は見えない。
 影片の表情を探るように目を細める。けれど、影片は僕に背を向けてしまった。
「影片?」
 僕は、影片のとなりに、ようやく立った。朝焼けが、彼の美しさを器用に濃くしている。
 それが僕には、どうにも悔しい。
「んふ、んふふ」
 当の本人は身を抱えるようにして、嬉しそうに笑っていた。八重歯がチラつく。ああもう。
 僕は影片と僕を毛布で包んだ。サンルームは光を大量に取り込んでいたけれど、まだ寒かったのだ。本当に、包んだ理由はそれだけだ。
 それだけ、ということにしたい。
「なぜ、笑っているのかね」
「んふ、やって、お師さん子どもみたい」
 無邪気に笑い飛ばされる。
「いつでも一人になるとすぐにここへ来る君に言われたくないね」
「ここ、大好きやねん。お師さんがたくさん、お師さんの思い出がたくさん見える」
 僕は影片の肩を腕で引き寄せた。
「僕の思い出?」
「おん。ほら、あっこにはお師さんがちっさいころに遊んだ湖、森やろ、あの道はお師さんが転んで泣いちゃったところ、ほんでここも、お師さんの思い出の場所。お師さんがたくさん」
 君が本当に愛おしそうに、僕の思い出をなぞるから。ああ、本の表紙の気持ちが分かったような気がするよ。なぞられるのは、「こそばい」ね。
「僕がいれば、そんなもの必要ないだろう。僕を愛でたまえ」
「必要やもん。過去は、かえられへん。だから、とっても大切」
 影片が僕を見た。会話が、ふわふわと浮ついているように感じた。掴めそうで掴めない。影片、君は誰の過去の話をしているんだ。
「ふん。大切なのは否定しないよ。けれど、今、現在を疎かにするのはどうかと思うね」
「おろそか、に、してるつもりはないんやけど。えっ、あ、お師さん」
「何かね」
「もしかして、過去に嫉妬してる?」
「……」
 どうとでも捉えたまえよ。君がそれで笑うのなら、そういうことにしてあげてもいいよ。
「んふふ、ほんまにかわいいお人」
「そろそろ騒がしいその口、塞いであげようか」
「いやや、怖いこと、言わんといて」
「……」
 何も伝わっていない。それもまあ、君らしい。
 そのとき、強く風が吹いた。カタカタとサンルームのガラスたちが鳴いた。そして、ガラスでしか守られていない透明なここは、一気に春へと連れていかれた。
 桜の花びらが、無遠慮に僕らの視界を遮る。うすいうすいピンクがパラパラ、儚いような顔で僕らを遮っている。存外、強いものだ。儚いふりをしているだけなのだ、君は。とても上手に。
 きっと、庭に咲いている桜だろう。もう枯れてしまったと思っていたが、これほど花びらが飛んでくるということは、まだまだ元気らしい。
「うわ、わ、すごい」
「春だね」
「桜、こんなにきれいに見えたの初めて」
「そうかね」
「んあ、お師さんと見てるからかなあ」
「……」
 ニコニコと笑って、恐れずに愛を放つ。まるでそれは「桜が綺麗ですね」だ。どこかの文豪が言ったものを、すこしだけアレンジしたような。
「お昼は、桜の下で食べようか」
 僕は気の利いた返事も思いつかず、ただそう言った。それでも影片は、朝焼けに負けない笑顔を僕に向けた。
「おん! あ、そのときは桜と子どものころのお師さんのお話、聞かせてな」
 悪気なく君が言う。ふん、嫉妬していたと気づいたクセに、どうしてこうなのだろうね。
「本当に、その口、塞いであげよう」
「んあ! 針と糸、持って来てるんっ? ん、んん」
「……」
 僕はその口を塞いで、ついでに僕の口も塞いだ。そうして、さっさと離す。
「まだ起きているには早い。僕はもう一眠りするよ。君は好きにしたまえ」
 毛布を影片にあずけて、僕は足早に階段へと向かった。
「あ! さっきの、口を塞ぐっていうのも、チューのことやったん?」
「……」
 ああ、もう、そういうことだよ。なんとでも思いたまえ。
 そうして、ふにゃふにゃと笑って、「嬉しい」などと恥ずかし気もなく言って、僕のとなりにいるべきなのだ、君は、影片みかは。
 それが僕の最愛で、幸福なのだから。君の愛だってそうだろう。
 そういうことに、しておいてくれたまえ。
                                         おしまい
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ななし@4d5771
なつのさんこんばんは~なつのさんの宗みか大好きです😭作業配信ありがとうございます
41:36
なつの
わあ~!こんばんは!遅い時間にありがとうございます!とっても嬉しいです!書きます!
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向き
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しうみか書くぞ
初公開日: 2020年04月03日
最終更新日: 2020年04月03日
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コメント
BLです。何かお題があったらください