激しい雷雨の晩だった。
 #name2#が暮らす見窄らしい小屋は、大粒の雨に打たれて悲鳴を上げている。
 就寝の支度を終えた#name2#は、小屋が軋む音に不安を抱きながら、薪を焚いても底冷えする室内で温かい茶を啜っていた。
 #name2#は異邦人である。極東の島国から、ある女主人の屋敷で薬師として働く為に渡って来たのであったが、ある夜に屋敷にいた全員が殺され働き口が無くなってしまったのだった。そして地を流れ歩き、田舎町の森の外れに打ち捨てられた小屋を改築し、薬屋を営んで生活していた。
 襤褸の椅子に足を組んで腰掛けて、乾いた指先で本の頁を捲っていると茶によって臓腑が温められた事により微睡が訪れ、#name2#は「そろそろ眠ろう」と本を閉じる。寝床へ向かう為に立ち上がった刹那、入口の古びた木扉が外れんばかりの勢いでノックされ、下げようと手にしていたカップを驚きのあまり取り落としそうになった。
 彼女の小屋には、昼間は東洋の薬を求めた来客がそれなりにあるものの、夜半に訪れる者は一人としていない。皆獣が恐ろしくて日が暮れてからは森には立ち入らないのだ。
 無視をしても良かったのかもしれない。けれども、この襤褸小屋で居留守を決め込み眠りにつく度胸は#name2#には無かったのだ。
 肩にかけていた毛布の端を胸元に引き寄せ、未だノックの止まない扉の前へ立ち彼女はおずおずと、それでいて弱さを悟られないよう声を上げた。
「どなたでしょう。」
 扉の向こうからは返事が無く、彼女は不審に思ったが「もしかしたら誰かに襲われて助けを求めているのかもしれない」という懸念が過り、気は進まなかったがノブを回して扉を引き開いた。
 冷たい風と雨に濡れた森の匂いと共にやってきたのは、黒いローブを纏った大柄の人物であった。体躯からして男性だろうが、屈強な女性だって居る。
「…何か御用ですか?」
 怪我人では無かった事と其の風貌の威圧感に圧され、#name2#の声は雨音に消え入りそうな程に小さく漏れた。
「夜分に申し訳ない。旅をしている者だ。森で迷ってしまい宿がない。一晩泊めて貰えないだろうか。」
 柔らかいテノールを聞いて、#name2#はこの人物が男性であると確信した。彼女は、自身一人で暮らしている小屋の中に男性を上げる事に抵抗があったが、夜空を駆ける稲光と降り頻る雨、そしてずぶ濡れの旅人の姿を見て哀れになり、外よりは暖かい部屋の中へ旅人を招き入れた。
「身体が冷えているでしょう。お茶を入れますからどうぞ座っていてください。」
「申し訳ない。」
 #name2#は旅人を置いて、茶葉を取り替える為にティーポットを持って小屋の奥へと引っ込んだ。そして棚からもう一つティーカップを出して、ポットの中からふやけた茶葉を取り出して乾燥したカモミールを入れ、其れ等を木製の丸いトレイに乗せて部屋へと戻ると、水滴が滴る程に濡れていたローブとコートを手に持った美しい青年がテーブルの脇に立っていた。
 #name2#は驚愕した。重力に逆らう金色の髪の毛は獅子のようで、薪の火に濡れた紫色の瞳は惑星の美しさを持っている。これ程までに美麗な男を、彼女は生まれて此の方見た事が無かったのだ。
「ど、どうぞ。座ってください。」
 男は無言で頷き、促されるがままに椅子に腰を下ろす。#name2#は薪ストーブの上に置いていたポットの湯をティーポットに注ぎ入れ、彼女もまた彼の向かい側の椅子を引いて腰掛けた。
 ポットを傾けてカップに茶を注げば、湯気と共にカモミールの優しい香りが立罩める。緊張で手元が狂い、存外多めに注いでしまった黄金色を彼の側に押しやれば、疑う素振りも見せず持ち手に手を掛け唇に縁を添えた。
 #name2#には、旅人というのはもっと世捨て人の様な風体をしているという認識があったの彼の風貌に僅かに困惑していた。自身のカップを放って置いて、目蓋に縫い付けられた金の睫毛を伏せて茶を飲む彼を眺めていると、ふと彼が視線を上げたので、慌てて話題を探って言葉を絞り出した。
「夜の森に入るなんて命知らずですね。獣に出会さなくて本当に良かった。」
「狼がいるのか?」
 男はテーブルにカップの底を静かに着け、宝石の瞳で彼女の瑪瑙を見つめる。#name2#に話の続きを促しているのだ。その様をみとめた彼女は、望み通りに獣の話を聞かせる事にした。
「狼も居ますけど、獣は其れとは違います。…人を喰う獣。この地域ではThe FoggyForestBeastと呼ばれています。」
「霧の森の獣か。」
「獣は毎夜、霧と死臭を連れて現れては集落に住む娘達を森に連れ去って喰らい殺すんです。」
「人間の仕業ではないのか。」
「見た人間がいるんです。」
「伝承の類ではなく、獣は実在する。と?」
「勿論です。ここ2年で50人以上が殺されています。警察も猟師も獣の討伐に動いているみたいだけど…今も獣は狩りを続けています。だから貴方がドアをノックした時、獣に襲われた人が助けを求めにきたのかと思ったんですよ。」
 この森には獣が居る。腸を引き摺り出して貪る鬼畜が住う森なのだ。であるから#name2#は、夜に森へ侵入するという危険を冒した彼に驚いたし、扉を開ける前に警戒もしたのだ。とは言え、旅人であると知った今は、住人にとっては周知の事でも異郷から訪れた彼は獣の話を知らないのであるから其れも仕方のない事だと理解できた。
「そういえば、貴方は何故この地へ?此処には他の国に噂が届く様な有名な物なんて無いと思いますけど。」
「ある“者”を探している。この国に居ると聞いてきたが、ここに辿り着くまでにふた月も掛かってしまった。」
「お探しの人物は見つかりましたか?」
 男は#name2#から視線を逸らさない。只々じっと、紫の中心にポッカリと空いた暗い孔を#name2#に向けて押し黙っている。
「どうかしましたか?」
「異邦人の君が、辺鄙な地域の深い森の中で生活しているのは何故だ。」
 唐突に投げ掛けられた問いに面食らいつつも、#name2#はあるがままを口にした。彼は何も知らないのだ。ある程度隠して話しても問題は無い。
「この辺りには薬になる植物が多く生息しているので、採取の為に此処に住んでいます。私は薬師をしているんです。」
「薬の香りがするのは其れが理由か。」
「そうですか?鼻が慣れてしまって…。」
 恥入って微笑む#name2#に、男は薄く笑い言葉を続ける。
「では、薬に混じっているもう一つの匂いも気付かないのだろうな。」
「…何の話です?」
 其れ迄旅人との会話に輝いていた#name2#の瞳が、スウと細まり纏る。嬉々として自ら会話を持ちかけていた筈であるのに、今の彼女は「その話はするな」と言わんばかりに刺々しい雰囲気を纏っている。
「小屋に入った瞬間に確信した。うまく隠しているが獣の匂いがする。そして君の首や腕に張り付く傷跡。獣の爪で傷つけられたものだ。人狼の変身には痛みを伴うと聞く。その時についたものだろう。」
「これは薬草を採りに行く最中に茨で切ったものです。女性の住まいに入っておいて獣臭いだなんて、失礼じゃないですか。」
 彼女の発言は非常に自然で、至極真当な内容である。其れでも男には、#name2#の顔に張り付いた笑みと“用意されていた”ような言葉が、酷く白々しく見えていた。
「どうも、話が見えませんね。仮に私の小屋が獣臭くて、この傷が爪痕だったとして、それがなんだって言うんですか。何が言いたいの?」
「そう警戒するな。オレは君を狩る為に来た訳では無い。」
「…そうでしょうね。狩るだなんて。心当たりがありませんから。」
「愚鈍な住人達は騙せても、君の嘘はオレには通じない。」
「嘘なんてついてませんよ。」
「君は嘘をついている。夜に現れる獣について。」
 男の確信めいた物言いに#name2#の顔から笑みが消え、憎悪と嫌悪を隠そうともせずに彼を睨め付けている。確信があるのに突き付けない、自信を食った態度が更に#name2#を苛立たせていた。
「今宵は獣は現れないと君は知っていた。であるから、ドアを叩く者が獣に襲われた人間では無いという事も知っていた。」
「どうして?」
「君が獣なのだから。」
 #name2#はいっそう眼光を鋭くした後で、聞きたい言葉がやっと聞けた充足感に吹き出した。屋外のくぐもった雨音と雷鳴だけが響く室内でけらけらと笑い声を上げる彼女は、第三者から見れば酷く気味が悪いだろう。一頻り笑った後で乾燥した紅色の唇の隙間から細く息を吐き出して呼吸を整え、また笑みを貼り付けた#name2#は落ち着き払った様子で答えた。
「私が獣、ですか。真面目な顔で突拍子も無い事を仰るから、はしたなく笑ってしまいましたよ。それで、どうしますか?獣の私を如何なさるんです?」
「そう警戒しなくても君に危害を加えるつもりは無い。オレは警察でもハンターでも無いのだから。」
「態々こんな所に来て私の“正体”を暴いておいて、何もしないなんて話がありますか。自分が何者なのかくらい教えてくれても良いんじゃないですか?」
「極東から流れ着いた人狼の話を聞いて君を探していた。オレの血族も人狼、謂わば君の同胞だよ。」
えええええええんオチが思いつかねーな
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えふごのゆめしょかく(デイビット君)
初公開日: 2020年04月02日
最終更新日: 2020年04月03日
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