今日も星が美しい。坂をのぼる途中で立ち止まり、夜の青に散らばるちいさな光の粒を見上げた。あのいっとう強く輝いているのがデネブ、アルタイル、ベガ。積極的に見つけようとしているわけではないが、どういうわけか目に入る夏の星座だ。ならばあちらに見える星団は天の川か。そこに沿った形で大きく羽を広げる、あの星座は。
 あれはそうだ、はくちょう座ではなかっただろうか。細くしなやかな首、知性を宿した頭、そして雪のように白く澄んだ体軀と、雄大でどこまでも自由な翼。先日ここからいなくなったあの少女のような。
 坂をのぼり切った先、到着した場所は墓地だ。僕の右手と左手にはそれぞれビニール袋が提げられている。アルヴィス勤務の宿直担当以外、島民は寝静まっている深夜だ。日中やかましく騒いでいる蝉すら沈黙を守っているかわりに、そこかしこからカエルが存在を主張していた。
 暗がりの墓地は人を寄せつけない雰囲気がある。あやかしの類いだとか、幽霊だとか、そういう非現実的なものが出没するための格好の餌食にされている。僕は怪談が苦手なわけではないが、意気揚々と肝試しできるほどでもない。深夜の墓地はたしかにおそろしかった。しかし今日の僕はそんなものに追い立てられたりしない。なぜなら墓地よりも、死んだ人たちの魂や骨よりもおそろしいのは、この僕自身だからだ。
 墓石に囲まれた通路を進み、ひとつの墓石の前で歩みを止める。目の前には「羽佐間家之墓」と刻まれていた。つい先日いなくなった少女、羽佐間翔子のために建てられた墓だ。そなえてある花はみずみずしく、代えられたばかりのようだった。彼女がいなくなってからまだそれほど時間は経っていない。毎日誰かが墓参りに訪れているのだろう。
 両手に提げた袋をおろし、彼女の前で片膝をつき手を合わせる。彼女の骨はここに眠っていない。この墓石には何も入っていない。それでもたしかにここが彼女の墓だ。肉片ひとつ遺体が見つからなかったのは、決してフェンリルで燃え尽きたからではない。遙か上空へと彼女が、その名の通り羽ばたいて行ったからだ。ばらばらに砕け散ったであろう機体は、いつかの計画のときに海へと漂着したように、きっとまたこの島へ帰ってくると信じている。
 この墓石に彼女が眠っていなくとも、空に浮かぶ月が僕の輪郭を明確に照らし、はくちょう座が背中を見下ろしている。僕がいまから行う罪を、咎めるでもなくその場に焼き付ける。羽佐間、僕が見えているか。君は本当に良くやってくれた。君のおかげでこの島は無事だった。間に合わなくてすまなかった。止めてやれなくてすまなかった。戦ってくれてありがとう。君がいてくれてありがとう。
 立ち上がり、生けてある花を掴み上げ茎をへし折った。花びらをむしり、握りつぶし、足元や墓石の上に散らばせる。花立
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やさしい墓荒らし
初公開日: 2020年04月02日
最終更新日: 2020年04月02日
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