221Bの部屋に帰ると、まずオレンジ色の灯りがいくつも目に入った。これと同じ風景をジョンは見たことがある。川辺でそんな風なロマンチックなイベントを、夏頃にしている前を通りかかった。ジョンは半袖を着ていて、早足のまま横目で見ているだけだった。サラと来たいな、と思ったのを覚えている。断じて、221Bで見るような光景じゃない。
物音がしなかった。探偵はどこにいるのか…ジョンはそうしないといけないかのように息を潜めて部屋に入った。カーテンは中途半端に開いていて、目を凝らして探偵を探す。ロウソクは数えないでもゆうに10本はあるだろうか。どこでこんなものを調達してくるのだろう。キッチンの方を覗くように首を長くして見ても、人の気配はない。
「ジョン」
「わ!」
ジョンはその場から大きく一歩飛び上がり、踏み外した。よろけてこける前にグイと引かれその場に留まる。
「なにをこそこそしている」
「なにって…君こそ…」
気配を感じなかった。そう言うのが悔しくて、ジョンはロウソクを見回した。
「どうしたんだ?これ」
まだジャケットを脱いでいないのを思い出す。背中に冷や汗をかいていたが、この暗さならわからないだろう。脱いだ服をソファにかけ、ジョンは背もたれに体重を乗せた。
シャーロックはいつものガウン姿に、見れば裸足だ。今、背後から来たよな?ジョンは記憶を辿る。どこいってたんだ?というジョンの表情を無視して、探偵はその場でくるりとターンをしてみせた。いやにご機嫌だ。
「ジョン。踊ろう」
「……は?」
「曲は昨日君が15回も間違えて鼻歌を歌っていたものでいい」
ジョンは瞬きをして首を捻る。オレンジ色がひらひらと視界に入り、探偵の言葉を繰り返した。
「踊る?」
「そうだ」
わかるように説明をしないのはいつものことだ。これが現場ならため息がいくつか聞こえてくる。でもここにはただのジョンと、ただのシャーロックしかいない。
一応、ジョンはため息を吐いてみる。効果はないだろう。そうやってやってきた。白いセーターの裾をなんとなく上げる。
「ジョン」
だめ押しのように手を引かれる。あのなあ、こういうのが誤解されるっていってるんだ。探偵は頓着しない。まるで自分たち以外などいないかのように振舞う。
「…いいけどさ。間違ってるなら訂正しろよな」
「そのままでいい」
手をとってから、しまった、シラフで帰ってくるんじゃなかった、とジョンは後悔したが今更だ。探偵の方が背丈も手も大きい。どっちがどっちという役割はないダンスだったが、どうもリードされているような気がして下から睨んだ。
「‥なんだその顔は」
「べつに。ダンスの相手にケチつけるなよ」
シャーロックは笑うと目も口も細く伸びる。テレビで見るキツネよりももっと縦に長い。シラフで男と踊るなんていやだ。でも黙って踊るのはもっといやだったから、ジョンは鼻歌を歌った。シャーロックも鼻歌を真似ている。歌なんかうたうんだな。新しい発見だ。音痴かなと少し疑っていたのだ。
シャーロックの背後のロウソクがゆらゆらと揺れている。小さなぽつんとした灯りだけが僕らを囲み、見つめている。
歌って、揺れていると楽しくなってくるから不思議だった。あまり体を寄せるのもと思い少し距離を開けたのに、しっかりと握られた手が気になったのは始めだけだ。
視線をどこにやっていいのかわからないでいるのに、ちらりと探偵を見上げると目が合う。変なやつだよな、きみは。
「ジョン」
「ん?」
「停電したらやることリスト、に加えよう」
瞳の中にひらひらと入るオレンジ色はジョンをみている。
(…変なやつ)
ジョンも、キツネのように笑うシャーロックをみつめていた。
おわり!
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