『yellow』
「ミモザ」「99.99」「タマゴサンド」
本文
ゆで卵は夜食で食っても太らないらしい。チューハイだって焼酎で割ってるわけだからカロリーは低い。そんなことを考えながら深夜にキッチンに立っている。
『お腹出過ぎじゃない?』
行為の後に笑いながらいつも君に言われるから、ダイエットでもするかと思って最近は運動をしている。指摘する君はもういないのだから、続行する必要はないのだけれど、習慣になってしまったものは止めることは難しい。結局惰性が働いて、それまで考えたこともなかったカロリー計算を続けるのだろう。
黄色い缶を傾ける。クリアなのどごし、爽快感。これで9%あるのだから恐ろしい。しかし酔っ払ったところで迷惑をかける人間はいないので、今夜はグビグビ飲むことにする。
鍋の湯が沸いたので、冷蔵庫から出したばかりの卵を入れる。
玄関の近くにはミモザが飾ってある。しかし、二、三日前の美しい色彩は失われ、黒ずんで俯いている。君から貰った花をゴミに出来ないまま、放置している。何一つ捨てられる気がしない。畢竟、断捨離なんて言っている連中は満たされているから、何でもかんでも捨てられるに過ぎないのだ。私にとって、彼女は血で、肉で、精神なのだ。別離には耐え難い剥離と出血が伴う。彼女との思い出を形作る全てから苛まれたとしても、そのままでいることを私は選んだ。痛みでも、寄り添ってくれるだけありがたい。
八分経った。卵を取り出し冷水に浸す。六個は少し多かっただろうか。まぁ明日の朝食にすればいいか。二人でいることに慣れ過ぎていて、つい分量を間違える。
缶が空になった。冷蔵庫を漁ったが、酒類は見当たらない。仕方ないので転がっていたウィスキーの瓶を拾ってグラスに注ぐ。
卵の殻を剥いて、まな板に移していく。インターネットでレシピを見ると、大抵百均でもいいから卵カッターを使えと書いているが気にしない。切り口が均一でない方が食感に変化があって良いと思う。
ということで包丁で微塵に切っていく。ほの温かい滑らかな肌に包丁を立てて切り刻む。黄身が姿を現す。
菜の花の様な人だった。その笑顔は、日常のちょっとした不満なんて簡単に忘れさせてくれる。いつでも君は僕を菜の花畑のような淡い幸せに導いてくれる。君と歩く夜の道が本当に好きだった。頬を撫ぜる風、細い君の指先、楽しそうな声。世界がそれだけになってしまって、孤独を二人で独占しているようだった。
バターをレンジで溶かして辛子と混ぜる。それをパンに塗りこむ。辛子は気持ち多めに。泣きたい夜はそうしている。
卵はマヨネーズで和える。いや、太るじゃん。こんなところまで来て気付いてしまった。ふふ、っと誰とも共有出来ない笑いを漏らす。
タマゴサラダを挟んで冷蔵庫で十分寝かせる。どうしてタマゴサンドが食べたかったのだろう。考えずとも答えは知っていた。
私はただ、鮮やかな黄色に会いたかっただけなのだ。黒くなったミモザを捨てるために。
『あなたといても楽しくなくて、それが辛いの』
どこからすれ違い始めたのか、今となっては分からないけれど、多分破綻は必然だった。決められた終わりのために彼女は花を用意し、私は料理をこしらえた。
夏の終わりが恋の終わりなんて、安直なラブソングみたいだけど現実なんてそんなものだろう。
目を閉じれば、私はいつでも菜の花畑にいる。その色彩が少しずつ褪せていくのが悲しくて仕方ない。君がいないことを当たり前にするためにこの夜はあるのだろう。
「いただきます」
冷蔵庫から取り出したタマゴサンドに口をつける。口の中に広がる幸せを噛みしめながら、君がいた過去と君がいない未来を思った。
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yellow
初公開日: 2019年10月14日
最終更新日: 2019年10月14日
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「ミモザ」「99.99」「タマゴサンド」
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