屋敷では断ることも割にある手伝いの手を、此処では大人しく受け入れる。そうするようにと乞われたのはスリックの街を訪れるより前、過ごし慣れた悪魔屋敷の門先でのことだった。
 馬車へ乗り込もうと踏み出した爪先を止められ、その時はフルーレが膝を折ってくれたのだ。解けかけた靴紐をしっかりと結われ、わたしは思わず「自分でやるよ」と言ったのだけれど、彼はわたしを足元から見上げたまま首を横に振って見せた。
「いいですか、主様。マフィアのボスがしゃがみ込んで自分で靴紐を結んじゃだめです」
「そうなの……?」
「少なくとも、主様はいつもと違う環境で、いつもと違う役を演じるんですから。身の周りのこと全部、//部下//に任せるくらいがちょうどいいですよ」
「そうなの……」
 フルーレの言うことにも一理ある。貴族の集まる社交場での振る舞いは拙くも身に付いてきたが、今回の依頼で求められるのはそれではない。マフィアのボスを装おうというのに「自分でやるよ」では格好がつかない。
「ラト、主様のこと任せたからね」
 フルーレは自らが誂えた完璧な衣装を最後にじっくり確認して、同室の執事に──この依頼の間ばかりは裏組織の構成員となるラトに、言い含めるように念押しした。
「はい、任されました。それじゃあ、行ってきますね」
 弟分の心配顔をいつもの世話焼きとでも思っているのか、ラトはにこと笑って軽く頷いた。その胸元で傾いたネクタイピンを、フルーレはやきもきとため息を堪えて手直してやっていた。
 
カット
Latest / 29:54
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
ラト主 マフィア/犬/靴紐
初公開日: 2026年11月02日
最終更新日: 2026年11月02日
ブックマーク
スキ!
コメント
悪魔執事と黒い猫 ラト夢短編書きます。
※イベスト【夜明けを告げる者】スリックの街にいる時のお話捏造です。ネタバレ注意。